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幕間 残念な少年の去った後


「よくクビにならねぇよな、あいつ」


冒険者ギルド。残念な少年が立ち去った後、ようやく落ち着きを取り戻したギルドマスターに、ヤクザ風のシスターは声をかけていた。


「まあ、確かに、この業界では問題の多い奴ってのは珍しくないが、あいつは特別ヒドイからな。本当ならクビにする所なんだが、あいつの受けた仕事の依頼主の殆どから指名されちまってるせいで、したくても出来ねぇんだよ」

「は?」


シスターの質問に対して、ため息混じりに答えるギルドマスター。予想外の答えを聞き、キョトンとした顔になっている。


「例えば、前に猫探しの依頼を出してた婆さんは、あいつに猫の遊び相手をしてもらいたいからって毎回ギルドに来てるからな」

「え? その大量の猫の中から飼い猫は見つけられたのかよ?」

「いや」


ヤクザ風の口にした素朴な疑問に対して、首を振る眼帯の男。


「結局、自分の飼い猫がどれか判別できねぇから、全部の面倒をみることにしたらしい」

「ハァ! 街中の猫の面倒なんか婆さん一人で出来んのかよ! エサ代だけでも相当な額になるぞ!」


ギルドマスターの言葉を聞き、目を丸くするシスター。


「まぁ、エサ代の心配はいらねぇよ。言ってなかったが、その婆さんってのはこの街をつくった初代領主の血縁の人らしくてな、今の領主の次くらいに偉い立場にあんだよ。屋敷に住んでるくらいで資金面の問題はねぇから、その心配はない」

「いやいや、エサ代は良くても、面倒は見れんのかよ。猫一匹でさえ逃がしちまうような所なんだろ?」

「…………」


ヤクザ風のシスターの質問に対して、一瞬だけ沈黙するギルドマスター。まるで、何か目を背けたい事実を思い浮かべているかのようであった。


「一応、その心配もない。何せ、猫が自発的に働きに出るくらいだからな」

「……おい、今なんて言った?」


若干俯きがちになった眼帯の発した言葉に、キョトンとした顔になるヤクザ風のシスター。


「猫が働く?」

「俺だって信じたくねぇよ! だが、事実として、婆さんの飼っている猫どもが兵士や冒険者の仕事に同行してやがんだよ!」


頭を抱えてしまう眼帯の男。


ある時、屋敷に住んでいる老婆の飼い猫の何匹かが飼い主もいないのにギルドを訪れたのが事の始まりだった。


いつの間にか、捜索や探索の仕事に向かおうとする冒険者を見つけると勝手ついていくようになり、しかも、敵の発見や薬草の採取など、同行した冒険者の仕事に貢献するようになった。


そんなことが毎日あたり前のように続くようになった頃、冒険者ギルドにある情報が届く。その内容は、ギルドで起きている不思議な現象が街中で起きていたという事実であった。


つまり、猫達は冒険者ギルドだけでなく、街中の仕事の手伝いをしていたのである。それを知った時のギルドマスターの驚愕しきった顔を、その場に立ち会っていたギルド職員達は忘れることが出来ないだろう。


「どんな猫の恩返しだよ。どう仕込んだら猫がそんな行動にでるんだ?」

「そんなのこっちが聞きてぇよ! あいつに聞いても『さぁ?』としか答えやがらねぇんだからな!」


頭を掻きむしり混乱しているギルドマスター。かなり精神に負担がかかっているようだ。共感する部分があるのか、シスターが眼帯の男に向けている目に悲哀が籠っている気がする。


「おまけに、魔物の死骸に関しても、欠損や汚れなんかが殆どねぇから、買い取り担当の奴らが過労死しそうってだけで、それ以外の面ではメリットしかねぇんだよ」


実は、残念な少年の納品していた魔物の死体は、どうやって討伐したのか疑問に思う程綺麗で、無駄になる部分のない魔物の素材をほぼ完璧な状態で採取できていた。


その為、残念な少年に支払われる報酬以上に、冒険者ギルドにとって多大な利益になっているのである。


「何より、一番やばいのが、あいつが毎回連れてくる男共だ」


急に神妙な顔にギルドマスター。


「何か問題があるのか?」

「ああ。正直、この話はあんまり表沙汰にしたくねぇんだが、お前も冒険者歴が長いんだから、例の件に関わってるだろ?」

「ん? ……ああ、あれか」


ギルドマスターの質問に対して、少し考えこんでから頷くヤクザ風のシスター。


例の件とは、この街に魔族が潜伏しているという情報の事で、この街の冒険者は潜伏しているという魔族の捜索と、その情報源を秘密裏に探しているのである。


この情報は、冒険者ギルドに所属しているベテランの冒険者と一部の職員しか知らず、その中には、ギルドマスターとヤクザ風のシスターも含まれていた。


「最近、盗賊なんかの動きが活発になっている情報はあったんだが、例の件で人手を割いていたせいで幾つか取りこぼしがあったみたいでな―――」

「おい、ちょっと待て。まさか、あいつの連れてきた男達ってのは……」

「ああ。少なくとも堅気の人間じゃないのは確かだ」


驚愕するヤクザ風のシスターに、淡々とした調子で返事をするギルドマスター。


「マジかよ」

「信じられん話だが、事実だ。正直俺達のミスでもあるから、あまり表立って言いふらすことは出来ねぇが、あいつのやっているメチャクチャな行動が、結果的に冒険者ギルドの利益になっちまってんだ」

「…………」


言葉を失ってしまうヤクザ風のシスター。その後、何故か高笑いを上げている残念な少年の姿を幻視して腹を立てている。


シスターと同じ様なものを想像したのか、頭を抱えて深いため息をついている眼帯の男。


「……とにかく、まぁそんなわけで、あいつをクビには出来ねぇんだよ。どういうわけか、街の年寄りや餓鬼どもにもスゲェー人気がありやがるしな」


諦めたように肩をすくめた眼帯の男は軽い調子で言った。その時、ふと何かを思い出したかのようにシスターの口が動く。


「そういえば、その子供達の事でちょっと聞きてぇことがあるんだが?」

「ん? 何だ?」


キョトンとした顔になるギルドマスター。


「最近ここに出入りしている孤児がいると思うんだけど、見てないか?」

「孤児? ああ、あいつ等なら今日はまだ見てねぇぞ。それがどうかしたか?」

「! いや、別に大したことじゃない……」


首を傾げているギルドマスターの返事を聞き、視線をそらしながら若干俯いてしまうヤクザ風のシスター。


「そうか。それより、お前も仕事に行かなくていいのか?」

「……言われなくても、今から行くよ」


なぜか意気消沈しているヤクザ風のシスターは、声をかけてきたギルドマスターの言葉に返事をしながら、冒険者ギルドを出て行った。


「何だったんでしょうね、さっきの質問?」

「さぁな。それより、お前も立ち聞きしてないで受付の仕事に戻れ」

「はいっ!」


手を止めて二人の話に聞き入っていたギルド職員を注意する眼帯の男。


慌てて事務作業を始めるギルド職員を見ながら、先程の質問の意味を考えながらギルドマスターはシスターの出て行ったギルドの入り口を一瞥した。



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