これが所謂『見解の相違』というものなのだろうか?
「……とにかく、これ以上問題を起こすんじゃねぇぞ!」
「いやいや、そもそも問題なんて起こしたこともないし」
「ああ、もう! こいつ、チョー殴りてぇえー!?」
ヤレヤレとでも言いたそうに首を振る残念な少年のウザい態度に、険しい顔で固く握った拳を若干震わせている眼帯の男。
普通ならとっくに殴りかかっていてもおかしくない場面にも関わらず、口にするだけでまだ手を出していないのは、彼の強靭な精神のなせる業だろう。さすがは冒険者ギルドの長である。
「そんなことより、まだ仕事依頼の手続きは終わらないの?」
目の前で、殴りたい気持ちを必死でこらえているギルドマスターを無視し、残念な少年は受付カウンターの向こうに立つギルド職員の女性に話しかけた。
突然声をかけられたギルド職員の女性は、驚いたかのようにビクッと体を震わせてから、ギルドマスターに向けていた視線を外して、手元にあった冒険者カードを手に取った。
「はい。もう手続きは完了してますよ」
「ありがとう。流石、仕事が早い」
あからさまなお世辞を交えながら冒険者カードを受け取る残念な少年。
「おい、わかってんだろうな。魔物の死骸を持ってきたり、人間を狩って連れてきたりするんじゃねぇぞ。これ以上問題を起こすなよ」
「はぁ~、我儘だなぁ~。これだからハゲは……」
「ハゲに文句でもあんのかテメェは! それに何度も言ってるが、これはスキンヘッドであってハゲじゃねぇ!?」
再度注意をするギルドマスターに対して、面倒くさそうな態度で首を左右に振り、ため息を吐く残念な少年。
ハゲ呼ばわりされたことに反応し、自分の頭を指差しながらギルド内に響くほどの大声で叫ぶ眼帯の男。そんな彼の目を盗んで、物陰に隠れた冒険者やギルド職員の何人かが笑いを堪えていた。
「……フッ!」
そんなギルドマスターの発言を鼻で笑う残念な少年。ついに、強靭な精神力を持っていたギルドマスターもキレた。
「…………おい、そこでじっとしてろよ。一発ブン殴ってやる」
「お、落ち着いてください、ギルドマスター!」
「うるせぇっ‼」
鬼のような形相になった眼帯の男は、拳をポキポキと鳴らしながら、残念な少年の方にゆっくりと近づいていった。
それを見たギルド職員の女性は冷静になるように声をかけるが、すげなくあしらわれた。
「全く、ゴブリン爺ちゃんに白髪オーガ。不良シスターにハゲと、この街には短気な人しかいないのか」
「「「「「全部お前のせいだろうがっ!?」」」」」
この瞬間、ギルドにいた全ての人間の心が一つになっていた。残念な少年が名前を上げた人物にほぼ覚えがないにも関わらず、ギルドにいた全ての人の意見は一致していた。
それはすなわち『こいつのせいに決まっている!』という絶対的な確信からきた言葉であった。
「それじゃ、俺、もう仕事に行くから」
「‼ ちょっと待て、お前に聞きたいことが―――」
ギルド中の人間から反論されたにも関わらず、気にした様子もない残念な少年は、ブチ切れて呼吸の荒くなっているギルドマスターなど無視し、そのままギルドを後にしようとする。
少年が出て行こうとしていることに気付いたヤクザ風のシスターは、眼帯の男の介入もあり聞きそびれてしまった事を思い出して呼び止めようとした。
しかし、そう思った次の瞬間には残念な少年の姿は消えていた。相変わらず、まるで盗賊のような逃げ足の速さである。
「……クソッ! また聞きそびれた」
腰から下げている銃の表面を撫でながら、ポツリと呟くヤクザ風のシスター。
そんなシスターのつぶやきなど誰も気にせずに、冒険者ギルドの面々は『どうかこれ以上、彼が面倒を起こしませんように』と残念な少年の動向について願っていた。
少なくとも、この瞬間だけは、魔族などという不吉な単語を思い浮かべた人間は一人もいなかった。