幕間 白髪オーガとゴブリン2
「天災じゃ、あれは……」
とある酒場。昼間でまだ店を開けていないはずの酒場のカウンター席に座り、項垂れている白髪オーガが口にした。
「どうしたんですか、これは?」
いつもと違う様子の白髪オーガを見つめて、サングラスをかけた店長は、隣の席に座るゴブリン爺ちゃんに尋ねた。
「えっと、ほれ、前に話しとった小僧がおったじゃろ?」
「ああ。確か、泣き言ばかりですぐに逃げようとする頭の可笑しい少年でしたっけ?」
「そうじゃ」
頭の可笑しい少年と表現されながら、全肯定してしまうゴブリン爺ちゃん。
「その少年がどうかしましたか?」
「いやのぅ。どういうわけか最近、急にやる気を出し始めてな……」
「良かったじゃないですか」
「良くないっ!」
ダンッとカウンターに拳を振り下ろす白髪オーガ。そんな態度を目の当たりにして、後退りしてしまうマスター。
「え? やる気が全くないとか店で散々ぼやいていたのに、何か問題でもあるんですか?」
「…………」
当然の疑問を口にするマスターに、目を逸らして沈黙する白髪オーガ。その横で、困ったような顔をして頬を掻いているゴブリン爺ちゃん。
「やる気になったこと自体は、別に問題はないんじゃ。ただ、その、何というか、気合の入り方が異常でな」
「はい?」
言いにくそうにしているゴブリン爺ちゃんの発言を聞き、首を傾げてしまうマスター。
「異常なんてものじゃない。あれは狂っとる。努力の仕方だとか思考回路が普通の生物と違い過ぎる」
「……本当にどうしたんですか、ランスロットさん!?」
俯きがちになり、ブツブツと小さな声でしゃべる白髪オーガ。余りの変貌ぶりに驚愕して声を上げるマスター。
「え~っと……お主も昔、こやつに鍛えられたことがあるじゃろ?」
額を押さえながら唐突な質問をマスターに投げかけるゴブリン爺ちゃん。
「はい。昔バカやってた時に捕まって、刑罰と称して散々鍛えられましたよ」
苦笑いを浮かべながら、過去の記憶を振り返るマスター。実は、このマスターは若い頃、情報屋をやっていた時に、法に触れるようなことを多分に行っていた為に、騎士団に捕まったことがあるのだ。
その時に出会ったのが、騎士団長をしていた白髪オーガと、魔術師団長をしていたゴブリン爺ちゃんで、その縁が今も続いているらしい。
性根を鍛える為と称して、死ぬほど鍛えられた記憶思い出し泣きそうになるマスター。
「仕事でヘマをした時以上に死にそうな目にあいましたよ……」
「もしも、その時の訓練内容を二倍にしろと言われたらどう思う?」
「は?」
ゴブリン爺ちゃんの問いに、ポカンとした顔になるマスター。その後、当時、死にそうな思いをして行った特訓を思い出して、マスターは首を左右に振る。
「そんなの実行できるわけがないでしょう。ただでさえ死にそうな内容なのに、そんなことをしたら本当に死にますよ」
「それを二倍どころか、十倍以上にしてやっておるんじゃよ」
「ハァッ!?」
淡々と語るゴブリン爺ちゃんの言葉を聞き、目を見開くマスター。
「まぁ、きっかけはいつもみたいに泣き言を言いだすのを期待して、罰と称してこやつが言い出したことなんじゃが。その後、どういうわけか小僧は人が変わったように黙々と修業を始めるようになってな」
「はぁ……」
「今ではランスロットの考えた修行内容を超えて、かなりのオーバーワークを自分の判断でしとる始末じゃ」
「……えぇ~」
項垂れている白髪オーガの方を見つめてから、ため息を溢すゴブリン爺ちゃん。老人の発言を聞いてドン引きするマスター。
「まぁ、この際、気持ちの問題はともかくとして、そんな無理をさせて大丈夫なんですか? 鍛えるどころか、体を壊しませんかね?」
「……それが可笑しいんじゃよ」
マスターの素朴な疑問に、頭を抱えてしまうゴブリン爺ちゃん。
「儂らの目から見ても、普通の人間が行うのは不可能な内容を熟しとる。見立てではもうとっくに壊れている筈なんじゃ。なのに、隠しているというわけでもなく、ケガなんぞしている様子もなく普通に今も修行しとる」
「…………」
「しかも、メチャクチャ楽しそうに、今も量を増やし続けておるんじゃ。正直、これが一番タチが悪い」
「…………化物ですか、その子は?」
またも深いため息を溢すゴブリン爺ちゃん。老人の信じられない発言を聞き、開いた口が塞がらなくなるマスター。
「お主の言いたいことは分かる。そんな小僧の奇行をこやつはずっと間近で見てきたんじゃ。ノイローゼになってしもうても仕方ないじゃろ?」
「……なるほど、納得しました」
神妙な面持ちで、今も俯いている白髪オーガを見つめる二人。そんな二人の視線に気づかず、持っていたコップに口をつける白髪オーガ。
「……水のおかわりをくれ」
「え? 今日はお酒を飲まれないんですか?」
「…………当分、酒は見たくない」
店を壊すからやめてくれと自分がいくら止めても飲むことをやめず、趣味は酒しかないと豪語していた男が酒をいらないと言ったことに、仰天してしまうマスター。
白髪オーガの横で、驚きのあまりマヌケな顔を晒して硬直するゴブリン爺ちゃん。
「……それで、その子は今どうしているんですか?」
とりあえず、少し空気を変えよう考えたサングラスのマスターが尋ねる。
「ああ。今は、実践を経験させるという名目で、冒険者ギルドの依頼をさせておる」
水の入ったコップをマスターから受け取り、水をチビチビと飲みながら答える白髪オーガ。そんな普段とは違い過ぎる白髪オーガの様子を見て、若干頬を引きつらせるマスター。
「マクベスさんの修業はいいんですか?」
「もう教えることがないからいいんじゃ」
「え?」
ふと疑問に思ったことを口にするマスターに対して、即答で返したゴブリン爺ちゃん。淡々とした老人の態度に、面食らってしまうマスター。
「結局、教えた魔術は一つも使えんかったが、儂と婆さんの教えられることを全て身につけてしもうたよ」
「……本当ですか?」
「ああ」
目を丸くするマスターの問いに、首肯して答える老人。
「異世界から召喚された者の特性なのか、儂にもようわからんが、ある意味、あの小僧は『天才』じゃよ」
「ああ、あれは『天災』だ。碌なことを起こさん」
同じ発音の言葉を吐いている筈なのに、絶対に意味は違うなと感じるマスター。
自分が尊敬している二人の名将から『てんさい』と称される少年に興味を持ちながら、酒場のマスターは、カウンター席に座る二人と談笑しながらも開店の準備を進めた。