着々と職人への道を突き進む勇者?
「ふっふっふっ。遂に完成したぞ、怨霊を確実に成仏させるための新兵器がっ‼」
魔道具店の一室。老人と魔女の修行を終えている残念な少年は、魔道具の制作に使っている作業場を借りて、古びた教会に住み着いているスケルトンを成仏させるためのお祓いグッズをつくっていた。
「本当に、この短期間によくここまで出来るようになったねぇ」
完成させたお祓いグッズを誇らしげに掲げる残念な少年を見つめて、皺くちゃの魔女は感心するように頻りにうなずいた。
元々、魔道具の制作技術を教えていた魔女だが、残念な少年がやる気になってからは恐ろしい速度で修行は進み、現在では、ベテランである魔女の目から見ても、熟練の魔道具職人と遜色のないレベルに残念な少年は至っている。
むしろ、異世界の人間だからこそ、この世界の人間と違う発想で魔道具をつくれる残念な少年は、皺くちゃの魔女以上の腕があるとも言えた。
「ところで、その魔道具は何に使うんだい?」
今まさに、異世界から来た人間だからこそできる発想で謎の球体を完成させた残念な少年に質問を投げかける魔女。
「これか? これは、教会に住み着いてる強力なアンデッドを成仏させるための道具だ」
「教会?」
もがき苦しみながら浄化されていくスケルトンの姿を妄想し、ほくそ笑んでいる残念な少年の答えを聞き、首を傾げる老婆。
「そんなの、この街にあったかね?」
ボソッと呟く皺くちゃの魔女。
「え? 街の外にあるだろ、今にも崩れそうになってる教会が」
魔女の言葉に反応して、窓の外を指差しながら言う残念な少年。少年の態度を見て、しばらく考え込んだ魔女は、何かを思い出したかのように手を打つ。
「……ああ! そういえば、私がこの街に来たばかりの頃に、確かにやっていたわ! でも変だねぇ、あそこは持ち主が随分前に病気で亡くなって、廃墟になっていた筈なんだけど……」
不思議そうに腕を組んで考え込み始める魔女。その話を聞き、何か納得したように不敵な笑みを浮かべる残念な少年。
「なるほど。その時に死んだ牧師がスケルトンになって教会に住み着いていたのか。自分の家なら未練も相当あるだろうしな、道理でなかなか成仏しないわけだ」
間違った方向で納得して、頻りに頷いている残念な少年。
ここではっきりさせておこう。教会に住んでいるスケルトンは死んでもいなければ、アンデッドでもない、スケルトンの様な見た目の普通の人間である。
「あんなところに、誰かが住み着いているのかい?」
残念な少年の独り言を聞き、疑問を口にする皺くちゃの魔女。
「うん。その教会で死んだっていう男のアンデッドと、恐ろしい二重人格の不良シスターと、アンデッドに連れてこられた可哀想なお子ちゃま達が住んでるんだ」
メチャクチャな言い分を口にする残念な少年。もし紹介された本人がこの場にいたなら、とんでもないことになっていただろう。
残念な少年の訳の分からない説明を聞き、首を傾げる魔女。
「あれ? 確か、病気で死んだ教会の持ち主って女性だったはずなんだけど……」
「え?」
老婆の発言に目を丸くする残念な少年。
「いやいやいや! あのスケルトンはどう考えてもオスだぞ! あれで男装してるとか絶対にありえないから‼」
魔物であるスケルトンをオスと表現する残念な少年。
「まぁ、あの教会に人が住まなくなってから、かなり経っているはずだし。その間に余所から魔物が入ってきた可能性もあるからねぇ」
「あぁ、そういえば、遠くの国から放浪してきたとか言ってたな、あのスケルトン」
「……そのスケルトンは話せるのかい?」
残念な少年の話を聞き、ふと浮かんだ素朴な疑問を口にする老婆。
「うん。まるで普通の人間みたいにメチャクチャ話せる!」
「……それは、普通の人間なんじゃないかい?」
残念な少年の言葉に、的を射た意見を返す皺くちゃの魔女。ゴブリン爺ちゃんや白髪オーガなど、一応前科のある残念な少年を見つめて、老婆はそのアンデッドは歴とした人間ではないかと考えていた。
「確かに、教会に住んでた子供達にもスケルトンじゃないって言われた」
「……それは、やっぱりスケルトンではないということじゃないかい?」
「ん~。まだよくわかんないし、これ使っても成仏しなかったら、そういうことにするか!」
何とも楽しそうに謎の球体を掲げてから声を弾ませている残念な少年。そんな少年を見つめて、困ったように苦笑いを浮かべてしまう魔女。
「お願いだから、あまり人様に迷惑を掛けちゃだめだよ?」
「は~い」
残念な少年の腕を両手で掴み、小さくゆすりながら懇願する魔女。それに、軽い調子で返事をする残念な少年。ものすごく不安である。
「それじゃ、そろそろ冒険者ギルドに行ってくるね」
「ああ、もうそんな時間かい?」
老婆が手を離すと、椅子から立ち上がった残念な少年は今日の予定を口にする。
「最近毎日通っているみたいだけど、坊やは仕事熱心だねぇ」
感心したように微笑みながら言う魔女。ここ最近、残念な少年は毎日のように冒険者ギルドに向かい、依頼を熟していた。
「しょうがないだろ。だって、肝心の白髪オーガが実践しろとか言って修行させてくれないんだから」
褒められている筈なのに、なぜか文句を口にする残念な少年。少年の異常なオーバーワークに耐えられなくなった白髪オーガは、実践を口実にして、強制的に修行の時間を減らそうとしているらしい。普段の強気な彼からは想像もできない作戦である。
「そういってあげなさんな。剣鬼殿も年のせいかノイローゼ気味になっていて、今日も爺さんが面倒を見ているんだから」
どうやら、異常ともいえる残念な少年の修業を目の当たりにしていたために、過酷な戦場で鍛えていた筈の白髪オーガでさえも、ついに精神をやられたらしい。
「ふ~ん。まぁ、いいけど。とりあえず行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
自分の責任などと微塵も思っていない残念な少年は、老婆の発言を聞き流して店を出て行った。
「それにしても、あの魔道具はどうやって作ったのかしら?」
店を出て言った残念な少年を見送り、部屋に戻った後に老婆はポツリと口にした。
横で作業工程をずっと見ていた筈なのに、全く理解出来なかった。元は魔女自身が教えた技術にも関わらず、残念な少年のつくった魔道具は、魔女の理解できる範疇を超えてしまっていた。
「できれば、勇者なんかやめて、本当に職人になってほしいんだけどねぇ……」
天才という単語が魔女の頭に過る。誰もいない部屋の片隅に立ち、ボンヤリと窓の外を眺めながら魔女は独り言をつぶやいた。
「……まぁ、他人に将来を決められるわけはないんだけどね」
そんなことを言いながら、老婆は懐からペンダント取り出す。
そのペンダントには、全く同じ顔をした二人の少女の写真が入っていた。