冗談を真に受ける純粋な人も一定数は存在する
「なあ。スケルトンの遺産とかこのあたりに埋まってないの?」
「はぁ?」
無視すると心の中で決めていたにも関わらず、残念な少年の突拍子もない発言を聞き、つい反応してしまうヤクザ風のシスター。
「確かこの街って、大昔に人族と魔族の戦争があった場所なんだろ? だったらどっかにその時の遺産みたいのが埋まってるかもしれないだろ?」
「……お前、どんだけ昔の話持ち出してんだよ。そんなものあるわけねぇだろ」
「えぇ~。でも、生前のスケルトンの残した遺品ぐらいはあるかもしれないじゃん」
「……だから、私を勝手に死者扱いして話を進めないでください!」
残念な少年の言い分に対して、そんなことはありえないとため息をつきながら手を振るシスター。少年の元いた世界では、戦後、長い年月の経った後に埋蔵金や不発弾などが見つかることは確かにあった。
しかし、ここは少年の住んでいた世界とは違う別の世界であり、戦争があったのも何千年も前の話である。更に、仮にみつけられたとしても、掘り出したものに金銭的な価値があるかどうかも分からない。可能性としてはかなり低いだろう。
大人ならまず採用しない計画であるのは間違いない。
「良い考えだと思ったんだけどなぁ~」
「アホか、こっちは今マジメな話してんだから少し黙ってろ」
「……そうですね。やはり、ここを手放してしまうしか、方法はなさそうですね」
傍から見ていると漫才にしか見えないやり取りをしている残念な少年とシスターを見やり、深いため息を溢しながら辛そうに声を吐き出すスケルトン。
「え? よろしいのですか?」
「……こうなってしまっては、仕方ないでしょう」
「でも……」
イスから立ち上がりスケルトンを見つめるシスター。そんなシスターに無理矢理に笑顔をつくり答えるスケルトン。
「……元々、ここで孤児院を開きたいと言い出したのは私の身勝手です。今続けられているのも姪である貴女の助けがあったおかげです。これ以上私の我が儘に付き合わせて、迷惑をかけるわけにはいきませんよ」
「…………」
優しく語り掛けるスケルトンの方を向き、俯いてしまうヤクザ風のシスター。スケルトンが、この国で孤児院を開くことを幼い頃から夢みていたと知っているシスターは、そんな場所を手放すと決断し、今一番つらいであろうスケルトンの気持ちを察してしまい、押し黙ってしまう。
二人が俯いて黙り込んでしまい、どこか淀んだ空気が部屋に立ち込めてしまう。部外者は話しかけづらい環境が出来ている。
しかし、この部屋には、そんな空気を全く読まない、頭の可笑しい少年がいた。
「……ん?」
残念な少年は、俯いて黙り込むスケルトンの頭に聖水をゆっくりと垂らした。
急に肌から冷たい感触がして顔を上げるスケルトン。彼が視線を横に向けると、自分の頭の上で瓶を逆さにしている残念な少年の姿を見た。
「わ! な、何ですか!?」
「ちっ!」
慌てふためくスケルトンを前にして、はっきりと舌打ちする残念な少年。
「弱ってそうだから聖水を頭からかけてみたが、これでも成仏しないとはなかなか手ごわいアンデッドだ」
「……あなたという人は……」
空になった瓶を見やり「これでも成仏しないのか」と宣う残念な少年。呆然としてしまうスケルトン。そんな二人を目の前にして、怒りを爆発させるヤクザ風のシスター。
「テメェー、いい加減にしろ! そのフザケタ脳天に風穴開けんぞコラァー‼」
腰から銃のようなものを取り出し、銃口を残念な少年の方に向けて怒号を飛ばすヤクザ風のシスター。
剣と魔法のファンタジー世界には似合わない黒い光を放つ武器を目の前にして、目を瞬く残念な少年。銃口を向けられているにも関わらず、意外と冷静であった。
「おぉ。まさか、この世界には銃まであるのか」
「! テメェ、今―――」
残念な少年の発した言葉に、目を丸くするヤクザ風のシスター。驚愕するシスターの一瞬の隙を見逃さなかった残念な少年は、魔道具店で鍛えられた逃走力を遺憾なく発揮し、シスターが言葉を言い切る前に、教会の一室から脱出していた。
イスから音もなく立ち上がり、最短距離でドアに近づき、外に出るまでの全く無駄のない動き。熟練の盗賊のようにさえ見えた残念な少年の見事な逃走を目の当たりにしていたスケルトンは口をアングリと開け、間抜けな顔を晒していた。
銃口を向けていたにも関わらず、あまりにも隙のない動作で逃げた残念な少年を前に、呆然と立ち尽くしていたシスターは、少年がドアをバタンと閉めたことで漸く気が付く。
「……クソ、逃げられた」
「…………彼には盗賊の親戚でもいるのでしょうか?」
ドアの方を見つめて悔しそうに唇を噛むヤクザ風のシスター。同じようにドアを見ながら、思った事を口にするスケルトン。確かに、魔道具店で鍛えられているとはいえ、盗賊を連想する程に見事な動きだった。
「あの野郎、何でこの武器の事を知ってたのか聞きそびれた」
手に持っていた銃を見て疑問を口にするシスター。彼女の所持していた武器は、シスターの住んでいた国にしか存在しない異世界でも珍しい代物で、その武器に関わるごく一部の者しか名称を知らない程であった。
まして、性格はともかく、ただの冒険者である残念な少年が知っている筈はないとヤクザ風のシスターは考えていた。
「……あ。そんなことより大丈夫でしたか?」
暫く銃を見つめていたヤクザ風のシスターは、聖水を掛けられたスケルトンに声を掛けた。
「……ええ。いつもの事ですし、生者である私にとってはただの水ですから、問題ありませんよ」
「そうですか……あの野郎……」
「……むしろ、不思議なことに最近は体調が良くなっているぐらいです」
「え?」
心配して声をかけてくるシスターに、自分はアンデッドではないと念押しするかのようにわざわざ生者などという言葉を使って返事をするスケルトン。この場に残念な少年はいないにも関わらず。スケルトンの心には、相当深い傷が出来ているようだ。
いつもの事と言うスケルトンの言葉に、残念な少年に対する静かな怒りを小さな声で口にするヤクザ風のシスター。
「そういえば、少し前までは酷く咳をしていたのに、最近は治まっていますね」
「……ええ。毎日のように塩や聖水を掛けられて酷い目に遭っていますが、体調は良好なのですよ。もしかすると、悪霊のような何か悪い者にでも憑かれていたのかもしれませんね」
スケルトンの方を見ながらふと思ったことを口にするシスター。それに、苦笑いを浮かべながら返事をするスケルトン。
ここ最近、残念な少年が教会を訪れると、必ず塩か聖水を掛けられていたことを思い出し項垂れるスケルトン。
原因のわからない病で毎日のように辛い咳をしていたスケルトンは、いつの間にか咳も治まり顔色もよくなっていた。もっとも、幾ら顔色が良くなっても、アンデッドと呼ばれるぐらいに顔は怖いままであった。
「……まぁ、ある意味憑かれているのは確かかもしれませんね。死者ではなく、生者ですけど」
「…………あはは」
ドアの方を向きながらため息を溢すヤクザ風のシスターとスケルトン。もし悪霊扱いしたとしても聞き流すであろう残念な少年の姿を想像して、二人はまたため息を吐いていた。
そのころ、隣の部屋では壁に寄りかかり、聞き耳を立てている幼い子供達の姿があった。
「……スケルトンの遺産」
隣の部屋で、幼い少年の一人がボソリと呟いた言葉を、ヤクザ風のシスターとスケルトンが気付くことはなかった。