外面を偽っている人間は意外と多い
「……はぁ~……」
教会の一室。椅子に腰かけ、頭を抱えながら深いため息を溢すスケルトン。その横にあったイスに座り、鼻をほじっている残念な少年。
「どうした? ため息なんてついてると幸せが逃げるぞ」
「……誰のせいだと思っているのですか?」
吞気に頬杖をついている残念な少年を、恨めしそうな目で見つめるスケルトン。借金の取り立てに来た金貸しを追い返した後、スケルトンは帰ろうとする残念な少年を呼び止めて、つい先ほどまで事情を説明していた。
「ホント、何を考えてるのかわかんないよな、カールおじさん。いい大人のくせにすぐ怒って帰るとか、短気は損気っていう有り難い言葉を知らないのかねぇ~」
「……はぁ~……」
両手を肩から少し下の高さで広げてからヤレヤレと首を振る残念な少年。自分の所為だなどと全く考えていない少年の態度に、また深いため息を溢すスケルトン。
因みに、結局最後まで名乗らなかった特殊な髪形の男は、スケルトンの説明を聞いた後でも、残念な少年の中で『カールおじさん』と呼ばれるようになっていた。
自分がいくら否定してもアンデッド扱いしてくる少年に対して、言っても無駄だと既に悟っていたスケルトンは『カールおじさん』と言う呼び名については何も言わなかった。
「……とりあえず、先程も説明した通り、これ以上厄介なことにならないよう、今度あの方がこられた時は、十分に注意してください」
「いや、注意って言われても、俺、何もしてないしな」
「…………あぁ、本当に、頭が痛い」
キョトンとした顔になる残念な少年を前にして、頭を抱えるスケルトン。行動の全く読めない残念な少年に、スケルトンは完全に振り回されていた。
その時、部屋のドアを誰かがノックする。自然とドアの方に視線を向ける残念な少年とスケルトン。
「スケルト牧師はいらっしゃいますか?」
「……ええ。どうぞ入ってきてください」
澄んだ声にスケルトンが返事をした後、少しの間があってから、ドアをゆっくりと開けて見目麗しいシスターが入ってきた。
「……ん?」
部屋に入ってきた銀髪のシスターを見て、腕を組む残念な少年。その美しいシスターに何故か見覚えがあったからだ。
「ただいま戻りました。スケルト牧師」
「……お帰りなさい。シスターアンジェ」
丁寧な所作であいさつを交わすシスターとスケルトン。この時、残念な少年の頭に冒険者ギルドで出会った不良シスターの姿が浮かんだ。
考え込みながら二人の様子を見ていた残念な少年は、姿はまったく同じなのだが、自分の記憶にある人物像と目の前にいるシスターの態度が明らかに違うために、別人ではないかと思い始めていた。
「ところで、そちらの方は?」
「……ああ、彼はハルト君と言って、前に話した薬草をくれた少年だよ」
「どうも、多分はじめまして」
小首を傾げて尋ねるシスター。シスターの質問に答えるスケルトンの横で、妙な挨拶をする残念な少年。
「あぁ、その節はありがとうございました」
「いえいえ、それほどでも」
「…………」
優しい笑みを浮かべた美しい所作で頭を下げるシスターに、照れて頭を掻いている残念な少年。自分の時とは明らかに違う少年の態度を目の当たりにして、頬を引き攣らせるスケルトン。
「なあ、このメチャクチャ綺麗な人は誰だよ。スケルトン」
「…………は?」
「……だから、私はスケルトンではないと言っているでしょう!」
いつものようにアンデッド扱いしながら目の前にいるシスターが何者なのか尋ねる残念な少年。それを否定しているスケルトンを見ながら、先程までの澄んだ声とは違う、低いトーンで声を出すシスター。
朗らかな笑みを湛えた優しい雰囲気から一変し、眉間に皺が寄り周囲を威嚇するような雰囲気を纏い始めるシスター。
「……おい」
「はい?」
ドスの利いた声で話しかけるシスター。声のする方に視線を向けた残念な少年は、先程までと明らかに感じの違うシスターを目の前にして首を傾げてしまう。
「てめぇ、誰に向かってスケルトンとか抜かしてんのかわかってんのか?」
「………………えっと、どちら様ですか?」
「あっ? ふざけてんのか、てめぇ?」
イスに座る残念な少年の胸倉を掴み、片手で持ち上げるシスター。華奢な見た目からは想像もできない怪力である。
そんな危機的状況の中、鋭い銀色の眼光で睨んでくるシスターに、たっぷりと間を開けてから質問をぶつける残念な少年。意外と余裕がある。
今、少年の胸倉を掴んでいるシスターの姿は、先程までの落ち着いた雰囲気の美女とは全くの別人で、むしろ女暴走族、レディースを率いている総長のようであった。
「……なあ、スケルトン。ホント、この人は誰?」
「……えっと……」
またもスケルトンに質問を投げかける残念な少年。内容は同じなのだが、先程とは意味合いが少し違っている質問に対して、どう答えるべきかと悩むスケルトン。
「……私の姪にあたる子で、今はこの教会で暮らしているシスターのアンジェです」
「え、スケルトンの姪?」
「おい、さっきから人様を無断でアンデッド呼ばわりすんじゃねぇよ」
スケルトンの説明を聞き、目を丸くする残念な少年。またもスケルトンと口にした少年に睨みを利かせるヤクザ風のシスター。
「いやいやいや、何を勘違いしているか知らないけど。無断とかじゃなくて、本人もそう名乗ってるから」
「あ゛?」
「……はい?」
胸倉を掴まれたまま、慌てて首を振る残念な少年。それに反応してドスの利いた声を出すヤクザ風のシスター。
名乗った覚えなどなく、残念な少年が何を言っているのか見当もつかないスケルトン。しかし、ふとある事に気付くスケルトン。
「……ひょっとして、私がスケルトと名乗ったことを言っているのでしょうか?」
「ほらっ! 本人も名乗ってるじゃないかっ!?」
「……あぁ~、やっぱり」
しょうもない謎を解き明かして、頭を抱えるスケルトン。そんなスケルトンを指差して叫んでいる残念な少年。睨みを利かせながらも、可笑しかったのか、周囲が気付かない程一瞬だけ頬がピクッと動くシスター。
「……お前、耳がどうかしてんじゃねぇのか? 何をどう聞いたら『スケルト』が『スケルトン』に聞こえんだよ?」
「はぁ~、ヤレヤレ。今時の不良シスターは言葉も理解できないとは……」
「誰が不良シスターだ、コラァッ!?」
ため息をつきながら左右に首を振る残念な少年。腹の立つ態度をとる少年を前にして、ブチ切れるヤクザ風のシスター。誰がどう見ても、男子高校生をカツアゲする不良かチンピラにしか見えない。
「……とりあえず、落ち着いてください」
「そうそう。争いは何も生まないよ、不良シスター?」
「喧嘩売ってんのか、テメェッ!?」
何とかシスターを宥めようとするスケルトンだが、胸倉を掴まれているにも関わらず平気で煽る残念な少年。そんな少年の胸倉を両手で掴み、更に持ち上げるヤクザ風のシスター。その蟀谷にははっきりと青筋が浮かんでいる。
「……あまり大きな音を立てると子供達が起きてしまいますから、今は落ち着きましょう」
「………………チッ!」
別室で寝ている子供達を起こさないよう静かにするように言うスケルトンの言葉に、少年を持ち上げたまま熟考したシスターは、大きな舌打ちと共に無造作に手を離す。
その時、先程まで宙に浮いていた残念な少年はドカッという音を鳴らしてイスの上に落ちた。
「スケルト牧師。なぜこんな男がここに居るのですかっ!?」
残念な少年の方を指差して叫ぶシスター。詰め寄ってくるシスターを前にして、言い淀むスケルトン。
「……いや、まあ、その、色々と事情がありまして」
煮え切らない態度ではぐらかそうとするスケルトン。彼は知っていた。たまに荒い口調になるシスターが意外と生真面目な性格をしていると。
だからこそ、ここで金貸しの男を追い返した話をすれば、余計にややこしい事になると理解していたスケルトンは、どう説明しようかと頭をひねっていた。
しかし、ここにはそんな空気の読めない男がいる。
「俺もよくわかんないんだけど、さっきカールおじさんが真っ赤な顔して帰っていったら、必死で呼び止められたんだよね」
「は? カールおじさん?」
瞬間、手のひらで顔を覆うスケルトン。あっけらかんとした態度でカールおじさんという謎の人物を口にする残念な少年に、訝し気な視線を向けるヤクザ風のシスター。
そんな二人の傍で、今にも昇天しそうになっているスケルトンは、心の中で神に助けを求めていた。