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美的感覚は時代だけでなく、住む世界によっても違うらしい


「アンデッドの手料理を食べられるとは、貴重な体験をできたことを誰かに自慢したいな」

「……ですから、何度も言っているように、私はアンデッドではありませんよ?」


古ぼけた教会。食堂でお昼を食べ終えた彼らは、かくれんぼの後で疲れて眠そうにしていた子供達を部屋まで連れて行き、寝かしつけてから教会の中を歩いていた。


「またまたぁ~」

「……冗談を言っているわけではありませんからね?」


へらへらと笑う残念な少年の横で、諦めた様にため息をつくスケルトン。


「……それより、本当にもう帰られるのですか?」

「うん。あいつらも寝ちゃったし、これ以上ここにいても仕方ないからな」


尋ねるスケルトンに対して、淡々とした調子で返事を返す残念な少年。面倒を見ていた子供達が寝たこともあり、残念な少年はそろそろ街の方に帰ろうとしていた。


それを知り、子供達と遊んでくれたお礼も兼ねて見送ろうと考えたスケルトンは、教会の入り口までついていくことにした。その間、飛び交う内容はともかくとして、二人は軽い雑談をしながら歩いている。


普段の言動からは信じられないことだが、残念な少年は、何度か教会を訪れたことで、スケルトンとも信頼関係を築けていたようだ。


「早く帰って、普通に出回っている市販品じゃない、もっと強力なお祓いグッズを開発しないといけないからな」

「…………そうですか」


もう、ツッコム気力も湧かないスケルトン。アンデッド扱いしてくる残念な少年の言葉をそのままスルーしてしまう。


若干、少年が初めて教会に来た頃よりやつれているような気がする。


「……ところで、ずっと気になっていたのですけど、その服はどうされたのですか?」

「ん?」


残念な少年の着ているボロボロの服を手で示し、尋ねるスケルトン。


「……子供達と遊ぶ前から汚れていましたよね?」

「ああ、これ。ちょっと、爺ちゃん達の修業をずっとしてたら、汚れちゃってさ。着替えたり洗ったりしたとしてもすぐに汚れるから、面倒くさくなって放置することにしたんだよ」

「……いえ、本人が気にしていないのなら良いのですが、正直、私よりあなたの方が魔物のようになっていますよ?」

「またまたぁ~、アンデッドのくせに冗談が上手いな!」

「…………」


へらへらと楽しそうに笑う残念な少年の横で、無言になるスケルトン。元々、貧民に見えるようなみすぼらしい格好をしていた残念な少年は、土やほこりにまみれ、今はもっと悲惨なことになっていた。


子供達と遊ぶときや食堂で食事をするときに汚れた格好でいられると衛生的に悪いので言外に注意しているつもりなのだが、気にした様子のない残念な少年を見てため息を溢すスケルトン。


「……ゴホン。子供達と遊んでもらえるのは大変うれしいのですが、今度来る時には―――」


ダンダンダン‼


汚れた服で行動している残念な少年に対してスケルトンが注意しようとした時、突然、その言葉を遮るように、激しくドアを叩く音が教会の入り口の方から聞こえてくる。


来客が来たことに気付き、なぜか俯きがちになり、先程よりも深いため息を吐くスケルトン。どうやら、この教会にやって来た人物はスケルトンの知り合いらしい。


肩を落として扉の前に近づくスケルトン。


「……どちら様ですか?」

「私だ。早く扉を開けろ!」


ダンダンダン‼


教会の入り口の前に立ち、扉の向かうにいる人に話しかけるスケルトン。その返事とばかりに、また、外にいる人物は激しく扉を叩く。


再びため息をついたスケルトンは、トボトボと歩いて扉を開けようとする。……すると、


「私じゃわからないので、お名前の方をお願いします」

「なに?」


スケルトンの前に割って入った残念な少年は、扉の向こう側にいる相手に軽い調子で話しかけた。


「聞き覚えのない声だが、貴様、私が誰かわかっているのか?」

「いや、知らないから名前を聞いてるんだけど?」


イライラした声音でしゃべる相手に、至極真っ当な返しをする残念な少年。それを、ただでさえ怖い顔を青くしてみているスケルトン。今の姿は、傍から見ると、本当に怨霊のようである。


「……あの、ハルト君?」

「『わたし』って名前ならいいけど、違うんだったらちゃんと名乗ってくださいよ。私さん」

「なっ!」


挑発するかのように相手を煽る残念な少年。あたふたするスケルトン。そんな二人の様子など知らずに、扉の前に立ち、蟀谷に青筋を浮かべている男。


「人に名を尋ねる前に、まずは自分から名乗れ!」


扉の向こうから怒鳴る様にして叫ぶ声を聞き、なぜか手を顎の方にやり、少し考えこむ仕草をする残念な少年。


そして、少年はスケルトンの方に視線を向ける。


「なあ、名前何だっけ?」

「……え? 私ですか?」

「そう」

「……前にも名乗ったと思いますが、私の名前はスケルトです」

「そっか、なるほどなるほど」


頬をヒクヒクさせながら、扉の向こうの相手に聞こえないように小声で再び名乗るスケルトン。名前を尋ねた後、何かに納得したように何度もうなずく残念な少年。


「…………スケルトンだって!」

「だから違うと言っているでしょうっ!?」


またも聞き間違いをした残念な少年に対して、声を張り上げながら掴みかかるスケルトン。


「意味が分からん。私が聞いているのは貴様の名前だ!」


怒鳴り声をあげる扉の前に立つ男。キョトンとした顔をする残念な少年。


「……俺?」

「……君以外にいないでしょ?」


自分の方を指差す残念な少年に、ため息をつきながら答えるスケルトン。


「いい加減に扉を開けないか!」


ドンドンドン‼


痺れを切らせて、再び扉を強く叩きはじめる謎の男。


「怪しい人を家に上げてはいけないって教わったんですけど~」

「黙れっ!?」


子供の頃に習ったことをゆっくりとした調子で宣う残念な少年の態度に、扉の向こうで声を張り上げる怪しい男。かなり頭にきているようだ。


ヤレヤレと肩をすくめて首を左右に振った残念な少年は、扉まで近づくと覗き穴を使って外を見た。


扉らの前には、派手な装飾のついた真っ赤な服を着こなし、ロールパンのように髪を巻いている、中世ヨーロッパの貴族がしていそうな特殊な髪形をした小太りの男が立っていた。


「カールおじさんっ!?」


眉間に皺を寄せて怒っている特殊な髪形の男を見た残念な少年は、後退りすると覗き穴の方を指差して声高に叫んでいた。


扉の向こうで、残念な少年が自分を指差しているなど気付く筈もない特殊な髪形の男は、突然の奇声にギョッとする。


「何事だ?」

「すげぇ。このご時世に、そんな変な頭をしてる人間を生まれて初めて見た」


扉の前で腹を抱えて笑い出す残念な少年。扉越しでも自分が馬鹿にされていることを察した特殊な髪形の男は目を吊り上げる。


「ねえねえ。その頭ってもしかしてカツラ?」

「いや、違うが、それがどうかしたのか?」

「マジで! 地毛なのにそんな変な髪形にしてんの!」


笑い転げている残念な少年。扉の向こうから馬鹿にしたような笑い声が聞こえてくるために、その服の色に負けない程に顔を真っ赤にしている特殊な髪形の男。


「このヘアスタイルは我が家に先祖代々伝わる由緒ある髪型なのだぞっ! 庶民の分際で馬鹿にすることは許さんっ!」

「だははははははははっ!!!」

「笑うなっ!?」


大声を上げて笑う残念な少年に、怒号を飛ばす特殊な髪形の男。すでに蚊帳の外に置かれたスケルトンの顔は、本物の幽霊のように青白くなっている。


「もういいっ! 貴様らの言いたいことは分かった。今度来るときには正式にこの教会を取り壊すことにする!」

「なっ!? ちょっと待ってください!?」


吐き捨てるように言い切った特殊な髪形の男は、踵を返して立ち去ろうとする。その時、教会を取り壊すという言葉を耳にしたスケルトンはあわてて扉を開けようと近づく。


しかし、なぜか残念な少年に行く手を阻まれる。


「ちょっ! なぜ邪魔をするのですかっ!」

「……なんとなく?」

「だったら今すぐどいてくださいっ!!!?」


首を傾げながら邪魔をしてくる残念な少年を振り払い、鍵を外して何とか扉を開けるが、外にはすでに誰もいなかった。


放心したように立ち尽くすスケルトン。


「……お~い、大丈夫か、骸骨先生」

「…………ハ……ハハ」


残念な少年が呼び掛けても反応を示さず、放心した状態で不気味に笑うスケルトン。


先程まで借金の返済を迫っていた金貸しの存在を思いながら、教会の前で立ち尽くしていたスケルトン。結果的に追い返してしまった事で、この後に何をしてくるのか予想もつかない。


そんな絶望的な状況に追い込まれていたスケルトンを眺めながら、自分が何をしでかしたのか全く理解していなかった残念な少年は、放心しているスケルトンを教会の横に掘った穴に埋葬してしまおうかと真剣に悩んでいた。





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