女性というのは大体、噂話が好きである
「……ふぅ~。怖かった~」
「お疲れ様」
シスターの姿を最後まで目で追い、外に出たことを確認すると、安堵のため息をつきながら、だらけるように肩の力を抜く同僚の女性。その横で、事の顛末を一部始終見ていたギルド職員の女性が労いの言葉をかける。
「災難だったわね」
ちょうど仕事の依頼者も、仕事を受ける冒険者も疎らになる時間帯で、周囲に受付の順番を待っている人のいないことを確認したギルド職員の女性は、同僚の女性に話しかけた。
「本当よ。チンピラまがいの冒険者に絡まれるのはいつもの事だから慣れているんだけど、彼女みたいなベテランに詰め寄られるのは、この仕事を始めて数年経つ今でも怖いわ」
「確かに、熟練の冒険者になるとチンピラ達と違って妙な迫力があるからね」
事務仕事をしていて見た目からも華奢なイメージのするギルド職員だが、血の気の多い冒険者を相手にしているので、見た目以上に肝が据わっている人は多い。受付に立っている二人も例外ではない。
素行の悪い冒険者に慣れている彼女達でも、熟練の冒険者に凄まれると委縮してしまうようだ。ヤクザ風のシスターはベテランの冒険者らしい。
「ところで、彼女の依頼した仕事って何なの?」
ふと疑問に思ったことを尋ねるギルド職員の女性。
「駄目よ、これから上に提出して、正式な申請をもらわないといけないんだから」
「別にちょっと見るくらいはいいじゃない」
「大体、彼女に絡まれたの、誰の所為だと思ってるの?」
書類を庇いながらギルド職員の女性を睨む同僚の女性。そんな相手の態度を見てムッとした顔になるギルド職員の女性。
「最初に話しかけてきたのは貴女じゃない。他人のせいにしないでよ」
「……そうだっけ?」
「そうよ」
ムッとした顔のギルド職員の女性の言葉を聞き、苦笑いを浮かべてしまう同僚の女性。
「そういえばそうだったわね。ごめんごめん」
軽い調子で朗らかに謝罪してくる同僚の女性を前に、つられて笑みを零してしまうギルド職員の女性。同僚の女性の魅せるこういった憎めない態度は、ギルド内でも多くの人に好感を持たれていた。
「それで、どんな依頼なの?」
「……もう、しょうがないな」
諦めた様に肩をすくめた同僚の女性は、庇うようにして持っていた資料をギルド職員の女性に手渡した。渡された書類に彼女が目を通すと、街の端にある教会で孤児達の面倒をみる仕事だと記されていた。
「こんな場所に教会なんてあったかしら?」
聞き覚えのない教会の存在に首を傾げるギルド職員の女性。
「私も知らなかったんだけど、調べてみたら、そこに国から認可されている孤児院があるらしいの」
「へぇ」
同僚の女性の説明を聞き、驚きの声を漏らすギルド職員の女性。そして、しげしげと見ていた書類のある記述に目を止めるギルド職員の女性。
「あれ? ここに書かれている報酬、随分と少ないのね?」
そこには、依頼を達成した際に支払われる報酬について書かれていた。報酬は本来、依頼者側からすべて用意するものだが、街に被害の及ぶものやギルドが出している依頼などに関しては、冒険者ギルドが報酬を全額用意するか、依頼者の報酬に一部を上乗せして支払うシステムになっている。
「まあね。言ってみれば子守みたいなものだから、命の危険もないし、あまり高額の報酬にはならないでしょ?」
「そうだけど、新米冒険者のしている猫探しや薬草採取の依頼なんかより低いわよ。ちょっと安すぎない? この金額だと、幾ら新人でも、生活のかかっているまともな冒険者が受けてくれるとは思えないけど?」
書類を見つめながら不思議そうに首を傾げるギルド職員の女性。冒険者とは、なにも魔物や盗賊といったものを退治する事だけが仕事ではない。薬草の採取や猫探しなど、言うなればお金をもらっているボランティアや何でも屋のように街の困りごとに貢献する仕事でもある。冒険者ギルドでは、身分を証明するために依頼者の登録さえすれば、ほぼ誰でも仕事を依頼できる仕組みになっている。
「仕方ないわよ。基本的にこういった依頼の報酬は全額依頼者側の負担になるから、金銭的に厳しい依頼者にはわかっていたとしてもそんなに出せないでしょ。ギルドに依頼を出すための費用だけでも結構掛かるんだから」
「そうなんだけど……」
「それに、物好きっていうのは意外といるわよ?」
日銭の稼ぐだけでも精一杯な新米の冒険者の気持ちと、高額を出したくても貧しくて依頼を出すこと自体厳しい貧民の事を思いため息を吐くギルド職員の女性。
その横で、ニヤリといやらしい笑みを浮かべる同僚の女性。
「物好き?」
「そう。私が担当したわけじゃないから、誰だか知らないけど、彼女が依頼した次の日には決まってその仕事を受けている冒険者がいるのよ」
ニヤニヤしながら話す同僚の女性の言葉に目を丸くするギルド職員の女性。
「彼女から依頼を出すこと自体珍しいのに、こんな安い報酬で動いてくれる冒険者なんていたかしら?」
「さあ。ただ、この仕事の報酬は、シスターがギルドに預けている金額から支払われる仕組みになっているんだけど、それがまだ一銭も受け取られていないところを見るに、彼女のファンか何かの仕業じゃないかと思ってるの」
「え? まだ一銭も受け取っていないって、無報酬で仕事をしているってこと?」
「ええ。熱烈なファンみたいね」
本来、ギルドに依頼された仕事は、紙に仕事の内容を書かれてからギルドの端に設けられたボードに全て張り出される仕組みになっていて、冒険者は自身の実力にあった受けたい仕事の書かれた紙をボードからとり、受付に提出することで仕事を受けられるシステムになっている。
いやらしい笑みを浮かべて説明する同僚の女性を見ながら、依頼書の隅に小さく名前があるとはいえ、今迄に依頼を出したことはなく、パッと見てシスターと結びつく要素のないこれを、彼女のファンは大量の依頼書であふれるボードの中から、毎回みつけることが出来るのかギルド職員の女性は疑問に思った。
しかも、長い時間拘束されるであろう子守の仕事で報酬ももらっていないというのは不自然である。
「それより、そろそろ書類を返してくれない?」
「あっ! そうよね、ごめんなさい!」
先程まで浮かべていたニヤニヤ笑いを消し、マジメな態度で尋ねる同僚の女性。困った顔をして手を差し伸べる彼女に、慌てて持っていた書類を返すギルド職員の女性。
ギルド職員の女性から書類を受け取った同僚の女性は、受付を離れる直前に、ふと疑問に思ったことを口にする。
「ところで、貴女も提出しに行かなくていいの? その依頼書?」
「え?」
同僚の女性の指し示す先には、残念な少年の受けた数枚の依頼書があった。ビクッと背筋を伸ばすギルド職員の女性。
「そうだった! 私も休み時間の間に申請しないと!」
「……ホント、見た目はすごくできそうなのに、どこか抜けたところがあるのよねぇ」
忙しなく書類を整理し始めるギルド職員の女性を見て、苦笑いを浮かべる同僚の女性。ギルド職員の女性は、綺麗でマジメそうな見た目通りに仕事はでき、職場での評判もいいのだが、たまに抜けたことをする人物だと評価されているそうだ。
その時、整理していた書類の一つに目を止めるギルド職員の女性。それは、残念な少年の受けた依頼書の一つであり、見覚えのある仕事内容が記されていた。
「ん?」
思わず手を止めて見入ってしまうギルド職員の女性。そこには、とある教会で孤児達の面倒を見る仕事だと記されていた。依頼書の端の方には小さく『アンジェ』と依頼者の名前が書かれている。
物凄く見覚えのある依頼書を手に取り、頬をヒクつかせるギルド職員の女性。この時、彼女の脳内には、前にボロボロの状態で『モテるための努力』と言っていた残念な少年の姿が再生されていた。
「……ハ、ハハ」
「ちょっ! どうしたのっ!?」
乾いた笑いを浮かべ立ち尽くすギルド職員を不審に思い、心配になって声をかける同僚の女性。慌てる同僚の女性の横で、ギルド職員の女性は『今度は何をやらかした!』と心の中で叫びながらしばらくの間ボーっと突っ立ってしまう。
彼女の気付いた時には『魔族の精神攻撃かっ!』とギルド内でちょっとした騒ぎになっていた。