時に、思い込みというのは凄い力を発揮するようだ
「…………」
冒険者ギルドの受付。全身ボロボロで今にも倒れそうな状態にある青葉春人は、冒険者の証明になるカードと仕事の依頼書をカウンターの上に数枚置いて、目の前に立つギルド職員の対応を待っていた。
普段からみすぼらしい格好をしていて、慣れていた筈のギルド職員の女性は、ここ最近その見た目以上にボロボロの状態で仕事を受けに来る残念な少年の姿を前にして『ホント何があったの!?』と心の中で叫びながら、無言で受け取った依頼書の処理をしていた。
初めの頃は、まだツッコム気力もあり、残念な少年に対してボロボロになっている理由を尋ねていたのだが『モテるための努力』と意味の分からない返ししかされなかったために、いつしか諦めた。
「はい。完了しました」
手続きが終わり、冒険者の身分証でもあり、依頼を受理した証明にもなる冒険者カードという小さな紙を受け取る残念な少年。この時、いつもならふざけた態度をとるはずの残念な少年が、終始無言であった事もギルド職員の女性は不思議に思っていた。
「……いってらっしゃい」
そのまま静かにギルドを出ていこうとする少年の背中を見て、何となく声を掛けたくなったギルド職員の女性は、その日は珍しく少年に労いの言葉をかけていた。
「…………」
だが、当の本人は全く気付かずに、ギルドを後にした。今迄と明らかに変わっていた少年の態度に、ギルド職員の女性は、何か悪いものにでも取り付かれたのではないかと不安になる。
その時、手元にあった一枚の報告書に目を止める。報告書には、ここ最近、冒険者ギルドで調べていた魔族についての調査内容が記されていた。捜索の結果、魔族は今も見つかっておらず、噂の出所に関しても判明していなかった。
「……まさか、魔族に洗脳された?」
ふと浮かんだ突拍子もない考えを吐露して、すぐさまあり得ないと考えを否定するように首を左右に振るギルド職員の女性。
「まだ見つかっていないし、ありえない話ではないよね?」
そんな彼女の独り言を聞いていたのか、隣の受付に立っていた同僚の女性が軽い調子でギルド職員の女性に話しかけてきた。
「いやいや。そんなわけないでしょ」
「でも、ここ最近のあの子の変わり様は異常よ? みんなも不自然に思っているんだから」
否定的なギルド職員の女性に対して、他のギルド職員も不審に思っていると告げる同僚の女性。
「そうなんだけど―――」
「オイ。くっちゃべっている暇があったら、とっとと手続きを済ませてくれ」
同僚の女性に反論しようとしていたギルド職員の女性だったが、その同僚の女性は目の前に立つ見目麗しいシスターにガンをつけられていた。
「も、申し訳ありません!」
隣に立つギルド職員の女性も気付かぬうちに来ていた、その美しい見た目とは裏腹に、ドスの利いた声を出すシスターを前にして、ビクつきながら謝罪をして仕事に戻る同僚の女性。
「お仕事のご依頼でよろしいですか?」
「ああ」
シスターから書類を受け取って内容を確認する同僚の女性。ギルド職員の女性と同時期に入ってきたベテランなだけあって彼女の作業は早い。
同じ時期に冒険者ギルドで働き始め、今迄に男性と交際した経験もなく、それを紛らわすように仕事に打ち込んでいるという共通項から、二人は自然と意気投合していた。
「お手続きが完了しましたので、こちらをご確認ください」
「わかった」
手際よく手続きを済ませて、確認用の書類をカウンターの上に提示する同僚の女性。その書類にざっと目を通すシスター。
「良いよ」
「かしこまりました。……それでは、お手続きは以上になります。ご利用いただきありがとうございました」
端的に答えたシスターに対して、機敏に残りの作業を済ませた同僚の女性は、ビクついていたのが嘘のように、冷静さを取り戻し、微笑みを浮かべた事務的な態度で言葉を紡いだ。
「……なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「はい?」
ほんの少し間を開けてから語り出したシスターに、事務的な微笑みを浮かべたまま首を傾げる同僚の女性。
「少し前に依頼した仕事がもう受注されてるんだけど、誰が受けたんだ?」
「……申し訳ありません。原則として、ご依頼を受けた方の情報を開示することは禁止されておりまして―――」
「あ゛?」
「ヒッ!」
丁寧な対応で答える同僚の女性に、ドスの利いた声でヤクザのように絡んでくるシスター。その美しい銀色の瞳には不釣り合いな、迫力のある睨みを利かせてくるシスターを前にして、思わず短い悲鳴を出してしまう同僚の女性。
「依頼を出している本人が聞いてるんだぞ?」
「はい。ですが、そういう規則でして……」
カウンターに手を置いて少し前屈みになるシスター。睨んでくるシスターを目の前にして、尻すぼみになりながらも事務的な返事をする同僚の女性。
「……チッ! わかったよ」
舌打ちと共にカウンターから離れるシスター。迫力のあるシスターの視線も少し逸れたことで、身近に感じていたプレッシャーから逃れることが出来、ホッと胸を撫でおろす同僚の女性。
「無理を言って悪かったな」
「……え? あ、いや。そんなことは―――」
「それじゃ、邪魔したな」
男らしい謝罪を口にするシスターに対して、油断していた為に反応が遅れてしまった同僚の女性。彼女の返事を最後まで聞かずに、ヤクザ風のシスターはギルドを出て行った。