異世界の勇者というのは、ブラック企業の社畜?
「魔術師団長って婆ちゃん似だったんだな。少なくとも、皺くちゃ魔女との血のつながりはあったわけだ」
「……言っておくが、儂の娘でもあるからな」
「いやいやいや。それはないだろ」
「何でじゃ! 何でそこだけまだ疑うんじゃ!?」
ゴブリン爺ちゃんの娘であるという事実に関しては、未だに信用していない残念な少年。
「それにしても、この写真ってどうやって撮ったんだ? もしかして、カメラとかあるの?」
一通りアルバムを見終わった残念な少年は、目の前にいるゴブリン爺ちゃんに疑問を投げかける。
「うむ、あるぞ。手のひらに乗るぐらいの大きさをした箱形の魔道具で、過去に異世界からやって来た者の残してくれた技術から再現された道具の一つじゃ。元はお主の居た世界の物らしいが、魔術により投影した物の姿を紙に焼き付けるという仕組みでな。今でも貴重品になっとるから、持っている者は少ないじゃろうな」
「へぇ~。カメラまであるんだなこの世界」
電気と魔術といった違いのあるだけで、自分老いた世界の者が多く普及している異世界の文化に改めて驚く残念な少年。
「たしか、先代の勇者達から広まった文化なんだよな?」
「まぁ、そうなんじゃが、正直な話、先代と言っても数年程度の開きなわけではないから、一概に勇者達から伝わった技術とは言い切れん」
「え? でも、城にいた時にはそう習ったぞ?」
話を渋るゴブリン爺ちゃんを見て、首を傾げる残念な少年。
「……お主は人魔大戦という言葉を知っておるか?」
「うん。大昔にあった人族と魔族の戦争の事だろ」
突然投げかけられた質問に対して、気にすることもなく平然と答える残念な少年。人魔大戦とは、この世界の節目ともいえる歴史的な出来事であり、何千年も前に起きた人族と魔族の戦争の事である。今、青葉春人の滞在している始まりの街アルバはその戦争の始まった場所とされている。
「先代などと言うと随分最近の話のように聞こえる。しかし、お主らの言っとる先代勇者と言うのはこの人魔大戦の時に異世界より召喚されてきた者達を指す言葉でな。儂なんぞが生まれるずっと前、もう何千年も前の話じゃ」
「……へ?」
老人の発した言葉にキョトンとした顔になる残念な少年。
「先代勇者ってそんな大昔の人だったの! 初耳なんだけど!」
「まぁ、色んな国の偉いやつらが意図的に隠しておる事じゃからな、知らなくても仕方ないわい」
絶句する残念な少年を前にして、ため息をつくゴブリン爺ちゃん。
「何で隠す必要があるんだ?」
「常識で考えて、都合の悪い事があるからじゃよ。例えば、その異世界から召喚された先代勇者達がどうなったのか、お主は習ったか?」
「いや。聞いてないけど、元の世界に帰ったんじゃないの?」
残念な少年の問いに対して、無言で首を横に振るゴブリン爺ちゃん。
「少なくとも、元魔術師団長であった儂の知る限り、そんな記録は見たことがない」
「…………」
「それどころか、先代勇者はどうなったのかという記録すら一切なかった」
言葉を失う残念な少年。
「きな臭い話は他にもある。例えば、先代勇者から教えられたという文化の話も、穏便な手段で手に入れた物なのか、技術として残っとるだけで出自に関して記録はまったくない。ただ、勇者から伝えられたと根拠もなく誰かが広めただけじゃ」
「…………」
「もっとも、こんな話を知っておるのは魔術師団長であった儂くらいで、隠しておるなどと言ったが、それは何千年も前に生きとった貴族の関係者とかの事で、それ以外の者達は知りもせん。それに、大昔の話じゃから、ただ記録の残っていないだけという可能性もある」
「…………」
「……こういった、この国に不信感を抱くような話は、文化大国に生まれ、それなりの地位におった儂の言うべきことではないのかもしれん。じゃが、よく覚えておけ」
目を閉じて沈黙する残念な少年をみて、急に険しい顔になるゴブリン爺ちゃん。
「本来、勇者召喚と言うのはこの世界で禁止されていた行為じゃ。その理由は国同士のパワーバランスを崩さん為と言われておる。しかし、その裏には、人魔大戦でみせた勇者の力を恐れているという側面もある」
「…………」
「お主は今後、勇者として色々な国と関わる様になるじゃろうから、これだけは覚えておけ。国から得られた情報を表面だけ見て鵜呑みするでないぞ、国と言うのはお主の考えている以上に深い思惑を隠しておるものじゃ。少なくとも、先代の勇者は国に物として扱われていた節もある。長生きをしたければこれだけは守っておけ」
「…………」
険しい顔でゆっくりとした調子で淡々と語るゴブリン爺ちゃんの前で、いまだに沈黙を続ける残念な少年。
「……おい、小僧」
「…………」
「……ん?」
「……ス~……」
「…………起きんか、バカタレ!?」
勢いよく残念な少年の頭をはたくゴブリン爺ちゃん。どうやら、ショックで沈黙していたと思われた少年は、ただ単に寝ていただけらしい。
「痛~!」
「人が真面目に話しとる時に寝るでないわ!」
「ちゃんと聞いてたじゃんか」
「嘘をつけ! 何時からじゃ、何時から寝とった!?」
吞気に欠伸をしている残念な少年に、今迄に溜め込んでいた怒りが爆発したのか、胸倉を掴んで詰め寄るゴブリン爺ちゃん。
激しく残念な少年を前後にゆするゴブリン爺ちゃん。すると、ドアをノックする音が部屋の中に響く。