バック・トゥ・ザ・ゴブリン パート3
「もうよいのか」
「……よくはない。ただ、今は写真に写る美人にだけ目を向けて、現実から目を背けることにした」
「……そうか」
気遣うような優しいゴブリン爺ちゃんの言葉に、堂々とした態度で現実を見ないと宣う残念な少年。そんな少年の態度を見て、ため息交じりに言葉を吐き出すゴブリン爺ちゃん。
「それにしても、こうしてみていくと、爽やかイケメンの写真よりナイスバディの美魔女の写ってる写真の方が多いな」
「……そうかのぅ。気の所為じゃないか?」
疑問に思ったことを口にする残念な少年に対して、明後日の方向を向きながら反論するゴブリン爺ちゃん。
「いやいや、どう見ても多いだろ。少なくとも爽やかイケメンの写真の三倍はあるぞ」
「アルバムもまだ途中じゃし、たまたま偏っているだけじゃろ」
「……なあ、このアルバムって、爺ちゃんが一人で作ったんだよな?」
先程から窓の外を見て微動だにしないゴブリン爺ちゃんの方に、疑わし気な目を向ける残念な少年。
「ずっと気になってたんだけどさ。最初に告ったのって、どっち?」
「……はて、どうじゃったかのぅ。昔の事はよう覚えとらん」
仲良く魔道具店を営んでいる夫婦の内、最初に告白したのはどちらなのかを聞きながら、じっとりとした視線を向ける残念な少年。
それに対して、わざとらしく口笛を吹き始めるゴブリン爺ちゃん。あまり得意ではないのか、空気の抜けるような音だけで音色は一切出ていない。
「……それにしても、よくこれだけの写真を集めたよな。見た感じ、そんなに間隔は空いてないのに色んなところで撮られてるしさ」
「そうじゃろう、そうじゃろう。当時は写真を撮るのを趣味みたいにしとったからのぅ、自慢じゃないがそれなりに試行錯誤したわい」
「特に美魔女の写ってるところは不思議だよな。ツーショットの写真は少ないし、目線もこっちに向いてないのに写ってる写真とかもあるし、どうやって集めたんだ?」
「…………」
アルバムを手に持ちながら話題を変えた残念な少年に、得意げな顔で胸を張っているゴブリン爺ちゃん。しかし、見目麗しい魔女の写真について少年が尋ねると、途端に喜色の浮かんでいたその顔色を悪くする。
「……爺ちゃん。幾ら昔は顔がよかったからって、ストーカー行為は不味いだろ」
「うるさい! 大体、いつも碌なことをしでかさんお主にだけは言われ等ないわ!」
珍しく真っ当なことを言った残念な少年に対して、逆切れするゴブリン爺ちゃん。反論をしないところを見ると、ストーカー行為はしていたらしい。ここにきてようやく、老人がこのアルバムを秘匿していた理由の分かった瞬間である。
「確認なんだけどさ、本当にどっちかが告白したんだよな? 爺ちゃんが魔術で洗脳して誘拐して来たとかじゃないよな?」
「そんなことをするわけがないじゃろうが! 儂を何だと思っとる!」
「……そりゃ、もちろん、人間のふりをしているゴブリン?」
「まだ言うか! アルバムの写真を見てもまだそんなことを言うのか!?」
未だにゴブリンだと自分を疑っている残念な少年を前にして、頭を抱えるゴブリン爺ちゃん。
「正直、アルバムの写真からは想像できないんだけど、婆ちゃんとの馴れ初めってどんな感じだったの?」
頭を抱えているゴブリン爺ちゃんを横目に、何事もなくアルバムをめくりながら尋ねる残念な少年。少年の言葉を耳にすると、頭に添えていた手を下ろして落ち着いた雰囲気を出し始めるゴブリン爺ちゃん。
「あの頃は、婆さんとの間に色々と蟠りがあったからのぅ。話すとなるとかなり長くなるぞ」
「別に長くは聞きたくないから、そこはうまいことはしょって」
「……この餓鬼」
しみじみと語ろうとする老人に対して、端を折るように頼む残念な少年。静かに両の手を握り込むゴブリン爺ちゃん。
「お主は、人族が治めとる三つの大国の事は知っておるか?」
フツフツと沸き起こる怒りをグッと堪えて残念な少年に質問を投げかけるゴブリン爺ちゃん。
「たしか、軍事大国と魔術大国と文化大国だっけ。城にいた時に魔術師団長から教えてもらった気がする」
「うむ。詳しい説明は省くが、この三つの大国と言うのは他の国々も含めた人族の治める国の中でも最大規模の権力を誇っておる国の事じゃ」
顎に手をやってから答える少年に見えるように、指を三本立ててから説明し始めるゴブリン爺ちゃん。
「まず、この文化大国とは今儂らの住んでおるペンドラゴン王国を指す言葉で、次に、軍事大国はエレイン教国を表す名称じゃ。そして最後に、魔術大国とはメルリヌス帝国の事を表しとる」
「うん、覚えてる」
「ここで重要な点はこの三つの大国は大昔からあまり仲が良くないという事実じゃ」
「……でも、交流はあるんだろ。城にいた時にそう習ったけど」
「まぁ、確かに最近は幾分かましにもなったかもしれん。じゃが、昔は何度か戦争を起こしたこともあるほどに仲の悪い国じゃった」
昔の記憶を思い出しているのか、少し上の方を向きながら考えこみ始めるゴブリン爺ちゃん。
「当時、儂は文化大国に所属する魔術師団長で、婆さんは魔術大国のある大貴族の令嬢だったんじゃ」
「え! 婆ちゃんって貴族だったの!」
衝撃の事実に目を見開く残念な少年。少年の態度に対して、静かに首肯して答えるゴブリン爺ちゃん。
「仲の悪い国において、儂らはそれなりの立場におった。当然、周囲におった人間は儂らの中を引き裂こうとした」
「ていうか、余所の国にいたのに、どうやって二人は知り合ったんだ?」
ふと疑問に思ったことを吐露した残念な少年に対して、何故か口を噤むゴブリン爺ちゃん。
罰の悪そうにしている老人の視線が一瞬だけアルバムの方に移った気がした残念な少年は、突飛ともいえる予想を口にする。
「ひょっとして、このアルバムに使われてる魔術の研究のために、魔術師団長の仕事をサボって魔術大国にまで行ってたんじゃ……」
「…………」
「マジで!」
無言で固まるゴブリン爺ちゃんの姿を見て、自分のした予想が当たっていたのだと理解する残念な少年。
「なんか、話を聞いてると、益々この爽やかイケメンがゴブリン爺ちゃんとは縁もゆかりもない別人に見えてくるんだけど」
「だから、それは当時の儂だと言っておるじゃろう」
「いや、だってさ、この長身のイケメンがストーキングしたり、仕事をサボってエロ本を収集する姿を想像できないだろ」
アルバムを見れば、誰もが抱くであろう見解を口にする残念な少年。それに対して、言い返すこともできずに再び口を噤むゴブリン爺ちゃん。
「それより、爺ちゃんは魔術の研究をしに魔術大国に来たんだろ。なんで婆ちゃんと付き合うことになるんだ? 完全に寄り道してるだろ」
「……ええい、色々あるんじゃ、色々!」
残念な少年の吐く正論に耐えきれなくなったのか、無理矢理に話を打ち切ろうとするゴブリン爺ちゃん。
「兎に角、儂と婆さんは魔術大国で出会い、お互いに恋に落ちて、国同士の蟠りから抜け出すために、婆さんは貴族である自身の立場を捨ててこの国に亡命したんじゃ」
「……なんというか、間にある経緯をかなり省いてないか?」
「省略せいと言ったのはお主じゃろうが‼」
慌ただしく話を終わらせた老人に対して、省略しすぎてないかと尋ねる残念な少年。その言葉にまたも憤慨するゴブリン爺ちゃん。傍から見ていると、本当に仲がいい。
二人の馴れ初めを聞き終えて、再びアルバムをめくり始めた少年は、爽やかイケメンと一緒に写るガタイのいい男の姿に目を止める。そこには、今とまったく変わらない白髪オーガの姿が写っていた。