幕間 不良シスターと骸骨先生
「おかえり! 姉ちゃん!」
「「「「お帰りなさい!」」」」
古ぼけた教会。森の奥にある小高い丘の上に建つ人が住んでいるとは思えない廃墟の様な教会の前で、シスターは沢山の子供達に出迎えられていた。
「ただいま。みんな元気そうね」
出迎えるために教会の外に出てきてくれた子供達に、満面の笑みで答えるシスター。その姿からは、冒険者ギルドで見せた柄の悪さなど一切感じられない。
嬉しそうに駆け寄り、シスターを取り囲むようにして集まる子供達の中から、ひょっこりと顔を出した冒険者志望の少年はシスターに話しかける。
「姉ちゃん。今度はどんな冒険をしてきたの?」
「ん? 今回は少し遠くの方にある村まで馬車で移動して、畑を荒らしていた魔物の討伐と、蔓延していた流行病の治療をしてきたの」
「ねぇねぇ、その魔物ってどんなの?」
「馬車って、乗ってるとお尻が痛くなるってホントなの?」
「流行病って何?」
冒険者志望の少年の質問に端を発したのか、シスターの腕を引きながら矢継ぎ早に旅の事を尋ねる子供達。
「待って待って。後でちゃんと聞くから、先生に挨拶をさせて。先生が何処にいるか知っている?」
「えっと、たしか、礼拝堂にいたよ」
「うん。お祈りしてたよ」
「そう。じゃあ、そこまで案内してくれる?」
「「「は~い!」」」
元気よく返事をした子供達はそのままシスターの腕を引いて、礼拝堂に向かって歩き始めた。楽しそうに笑っている子供達を見て、シスターも顔を綻ばせている。そこには冒険者ギルドで見せた不良シスターとしての面影はまったくない。
子供達に連れられて礼拝堂の前に来たシスターは、子供達に礼拝堂の前で大人しく待つように指示を出してから扉を数回ノックした。少しの間を開けてから、扉に手をかけてシスターが中に入ると、スケルトンが礼拝堂の真ん中で膝を折り、両手を組んで祈りを捧げている姿を見つける。
祈りの邪魔をしないように気を遣ったシスターは、音を立てないように注意して扉を閉めると、足音を響かせない様にゆっくりとした足取りで長椅子の一つに近づき、静かに腰を下ろしてスケルトンの祈りが終わるのを待った。
「……お待たせしたようで申し訳ない」
暫くして、祈りの終わったスケルトンは立ち上がると、驚いた風もなく長椅子に座っていたシスターの方に向かって話しかけた。どうやら、シスターが礼拝堂に入って来た時点で存在に気付いていたらしい。
「いえ、そんなことはありませんよ、先生」
「……それならいいのですが。とりあえず、お帰りなさい。シスターアンジェ」
「はい、ただいま戻りました。スケルト牧師」
どこか神聖な空気の漂く礼拝堂の中であいさつを交わすシスターとスケルトン。すると、外が騒がしくなってくる。
「お姉ちゃん、まだ?」
待ちきれなくなったのか、開いた扉の隙間から顔を覗かせてくる幼い少女。愛くるしいその姿にクスっと笑みを浮かべるシスターとスケルトン。同じ微笑みであるはずなのに、傍から見ると、天使の微笑みと怨霊の微笑みである。どちらが怨霊なのかは言うまでもない。
「お祈りは終わったから、もう入ってきてもいいわよ」
「わ~い!」
シスターの返答を聞き、勢いよく扉を閉める幼い少女。それに反応してシスターがため息を吐く。
「はぁ……。まったく、この前帰ってきた時にも壊したばかりだというのに、あんなに激しく扉を閉めて。もっと丁寧に扱うように注意しないといけませんね」
「……まぁ、元気があるということで良しとしましょうよ」
幼い少女の行動に対して頭を抱えるシスター。その横でスケルトンは苦笑いになっていた。内心で、つい最近も壊したことは黙っていようと心に決めたスケルトン。
「それより、最近の体調はいかがですか?」
話題を変えようと思ったシスターは気になっていた事をスケルトンに尋ねた。
「ええ。完治したわけではありませんが、今のところ良好ですよ」
「よかった。それで、病の原因は分かりましたか?」
「いえ、残念ながら」
「……そうですか」
スケルトンの答えを聞いて一度は安堵するシスターだが、病の原因をまだ見つけていない事実に落胆するように俯いてしまう。
「申し訳ありません。私がもっと優秀なら病の原因なんかすぐに見つけて、薬草なんかに頼らなくていいよう完全に治してしまうのに」
「……そう気を落とさないでください。誰もあなたを責めてはいません。人の手ではどうしようのない事というのは人生において多分にあります。病とは生きていれば誰しもが患う現象。こういった時には自然の流れに身を任せるのが一番です」
落ち込んでいるシスターを元気づけようと微笑みを浮かべながら語り掛けるスケルトン。正直、その微笑みを向けられたら普通の人は元気になるどころか顔が引き攣って怯えるだろう。傍から見ていると不気味でしかない。
「ありがとうございます。ところで、薬草の在庫はまだありますか?」
「……ええ、まだありますよ」
人一倍度胸があるのか、怯えた様子もなくスケルトンに見惚れてしまうような美しい微笑みを返すシスター。
「ひょっとして、私の居ない間に追加の薬草を買いに行きましたか?」
「……いいえ、行ってはいませんよ」
「……え?」
スケルトンの返答を聞いて首を傾げるシスター。
「変ですね。いつものペースなら、もう在庫がなくなっている筈なんですが?」
「……ああ、実はここを偶然訪れた方が譲ってくれたのですよ」
思い浮かんでいた疑問を吐露するシスターに、ゆっくりとした調子で返答するスケルトン。その答えを聞きシスターは目を丸くする。
「え! 何かを要求されたりしませんでしたか!」
「……いえ、特に何も」
慌てた様子でスケルトンに詰め寄るシスター。
「そうですか。てっきり、こんなところを訪れるくらいだから、例の金貸しの仲間だと思ったのですが」
「……いや、あれは違うと思いますよ」
残念な少年の姿を思い出してそれはないと首を振るスケルトン。金貸しとは、最近この教会にやってくる取り立て屋の事である。
ある時、国からの援助が少なくなり、厳しくなっていた子供達の生活費を仕方なく借金して賄っていたのだが、弱みに付け込むようにして借金を理由にこの教会を無理矢理乗っ取ろうとしているのだ。
今のところは、冒険者として得た仕事の依頼料を提供してくれるシスターの支援で何とか返済できているのが現状である。
「……申し訳ありません。病気に借金など、姪であるあなたにまでご迷惑をおかけしてしまって。こちらこそ、叔父として情けない」
「何を言ってるんですか! 母様と喧嘩して家出してきた私を匿ってくれた上に、こうして住む場所も提供してくれた先生に感謝こそすれ、迷惑だなんて思っていませんよ!」
項垂れるスケルトンを強い口調で励ますシスター。実は、このシスターはスケルトンの姪にあたり、スケルトンの兄の娘である。因みに、スケルトンの兄はもちろん人間だ。
「それより、本当に何も要求はされませんでしたか?」
「…………ええ。要求はありませんでしたよ」
少しでも話題を変えようと思ったシスターはスケルトンにもう一度聞き返した。すると、どこか含みのある言い方をしたスケルトン。
「やっぱり何かあったんですか!」
「……いや、別に大したことではないのですが―――」
言い淀むスケルトンを不審に思い、疑うような目で見ながら詰め寄るシスター。すると、勢いよく扉が開かれて子供達が雪崩れ込んでくる。
「全く、あの子たちは……」
「……アハハ」
乱暴に開けられた扉を眺めてため息をつくシスター。その横で、先程まで詰め寄られていたスケルトンは安堵しながらも、礼拝堂の中で大はしゃぎする子供達の姿に苦笑いを浮かべている。
そして、ある幼い少女が発した言葉を聞き、シスターの目が点になる。
「骸骨先生!」
「……え?」
「……くっ!」
明らかにスケルトンに向けて発していた言葉に、意味が分からずポカンとしてしまうシスター。純真無垢な子供から骸骨呼ばわりされることに未だになれていないスケルトンは、苦しそうに胸元を両手で押さえている。
「ねえ、何、その骸骨先生って?」
未だに状況を理解できないシスターは近くにいた幼い少年を捕まえて尋ねた。
「変な兄ちゃんの考えた、先生の呼び名だよ」
「変な兄ちゃん?」
新たに出てきた謎の人物に首を傾げてしまうシスター。
「うん。あのね、木の棒でキモロン毛の冒険者をタコ殴りにして、教会に秘密基地を作ろうとして、実は豪邸に住んでて、骸骨先生を怨霊とかアンデッドって呼んで、今すぐ成仏しろとか言ってるお兄ちゃんだよ」
「???」
変な兄ちゃんと言う人物を必死で説明しようとする子供達だが、詳しく聞く程に余計人物像が分からなくなるシスター。ただ、変人だということだけは理解する。
「あとね、薬草を沢山くれたんだよ!」
「ああ、なるほどね」
スケルトンの言っていた薬草をくれた人物だと理解したシスターは頻りにうなずく。漸く意味の分かる事柄が出てきて安心したのだ。
「それにしても、何で薬草をタダでくれたのかしら?」
ふと疑問に思ったことを口にするシスター。それに反応するように冒険者志望の少年が答える。
「スケルトンに金銭を要求したら呪われそうだからいらないって言ってたよ」
「……ぐっ!」
楽しそうな冒険者志望の少年に対して、子供から出た思いのほか酷い内容の言葉に傷つき、蹲ってしまう骸骨先生。シスターの顔が引き攣る。
「あと、今度来るときにはすぐにでも成仏させられるようにお祓いグッズを用意しておくって言ってたよ!」
「待って! その話は私も初耳なんですけど!?」
聞き覚えのなかった幼い少女が発した言葉に、真っ先に反応する骸骨先生。
「うん。あの後、森で迷子になってお兄ちゃん教会に戻って来たんだけど、その時に言ってたんだ」
「ちょっと待ちなさい! あんな小さい森で迷子! まさか、悪しき存在を拒むあの森に拒絶されたんじゃないでしょうね!?」
幼い少女の発した衝撃的な言葉に反応してしまうシスター。一般には知られていないが、街の周辺にある森には、盗賊や魔物と言った悪しき存在を遠ざけ、森に入れたとしても道に迷わせる効果があるらしい。
「お兄ちゃん一人だと迷子になっちゃうから、仕方なく私達が街まで案内してあげたんだよね」
「うん、その時のお礼に骸骨先生のお墓もついでだからって言ってお兄ちゃんが教会の横に掘ってくれたんだよ」
「知らないうちに出来ていておかしいと思いましたが、あれ、落とし穴とかじゃなくて私のお墓だったんですか!?」
立て続けに見つかる衝撃的な事実に頭を抱えてしまう骸骨先生。開いた口がふさがらず間抜けな顔をさらしてしまうシスター。
「頭がおかしいとかいうレベルを超えてるでしょ、そいつ」
「でも、良いお兄ちゃんだよ?」
「…………どうしよう、私にとって生まれて初めての経験かもしれない。子供達の言う事が全く信用できない!?」
傍から見る、頭を抱えて叫び出しそうになっているシスターの姿は、その美しい見た目の影響もあり、マンガの中で咽び泣いている悲劇のヒロインの様であった。