森に悪しき存在と認識される勇者?
「……なるほど。隠れ家ですか」
教会の一室。調理場の隣に設けられた食堂。廃墟のような古い外観と違って、普段から利用しているためか内装は整っている。
長いテーブルと等間隔に並べられた木製の椅子。その椅子の一つに座るスケルトンのような男が口を開く。
「……確かに、外から見える限りでは人が住んでいるように見えませんからね。ここを尋ねられた理由は分かりました」
スケルトンのような男は対面の席に座る青葉春人を見ながら話を続ける。
「……ですが、ご覧のとおり、ここは私達が住まわせてもらっています。それに、私達にはこれ以上人を住まわせるほど生活に余裕はありません。ですので、申し訳ありませんがここを隠れ家にするというのはやめて頂けませんか?」
「…………」
「…………あの、私の話、聞いています?」
呼び掛けるスケルトンのような男に対して、残念な少年は明後日の方向を向いていた。
「それでさ。気持ち悪いロン毛のヤツが急に転んで、そこを変な兄ちゃんがこの木の棒でタコ殴りにしてたんだぜ」
「スゲェ~! ホントに木の棒だけで勝ったんだ!」
残念な少年の視線の先では、子供達が楽しそうに冒険者試験での顛末を再現していた。残念な少年の役を冒険者志望の少年が演じ、ロン毛の試験官をあの時、訓練場にいたもう一人の幼い少年が演じている。
試験官のロン毛を表しているのか、取り押さえられている幼い少年の頭にはカツラのように掃除で使うはたきが乗っている。
「……あの」
「ああ、うん。聞いてる聞いてる」
「……本当ですか?」
視線をスケルトンの方に戻し、慌てて取り繕う残念な少年。
「それよりも、骸骨先生に聞きたいことがあるんだけど」
「…………とりあえず、その呼び方はやめてもらえませんか?」
少年の言葉に、両手を組んで難しい顔をつくる骸骨先生。アンデッド。スケルトン。怨霊と、名前を名乗った後ですら酷い呼び方をされ続けた悪霊のような男。最終的に子供達の意見も取り入れられ『骸骨先生』で定着してしまった。もちろん、そう呼ばれる本人の意思は全くなしで決まった。
「スケルトンの先生からとったんだから別にいいんじゃない?」
「全然良くないですよ。あなたがそう呼ぶせいで、さっきから子供達まで私をそう呼ぶんですよ!」
「骸骨先生~」
嘆く骸骨先生とは対照的に、楽し気に綽名で呼んでくる幼い少女。
「お話まだ続きそう?」
「……ええ。もう少し遊んでいてくださいね」
「は~い!」
「…………くっ!」
陽気に子供達の輪に戻っていく幼い少女の後ろ姿を見ながら、静かに項垂れている骸骨先生。無垢な子供達に骸骨呼ばわりされるのは相当こたえるらしい。
「それでさ、骸骨先生……」
「…………なんですか?」
空気を読まないあっけらかんとした態度で話しかける残念な少年に、ますます生気の感じられない声で答える骸骨先生。
「このあたりに人の住んでない、隠れ家に出来そうな場所ってないかな?」
「……無いと思いますよ。どういうわけか、最近は兵士や冒険者たちの警戒が強くて、街の周辺にいた盗賊や魔物などは発見と同時に処理されて、住処になりそうな場所は埋められるか、封鎖されていますから」
残念な少年の問いに対して、丁寧に答えてくれる骸骨先生。その答えを聞いて、残念な少年は、ここに来るまでに通ってきた森の中で魔物など生き物に一切会わなかったことを思い出す。
「そういえば、さっきまでいた森の中でも魔物に出会わなかったな」
「……ああ。あの森は少々特殊でして。街の住人にはあまり知られていませんが、昔から魔物や盗賊といった悪しき存在を遠ざける力があるのですよ。仮に悪しき存在が森に入ったとしても、道に迷わせる効果がありまして、すぐに追い出されますから安全です」
「…………道に迷う?」
つい先ほどまで森の中を散々歩き回っていた残念な少年は首を傾げる。
「いや、悪しき存在とか関係なく迷うだろ。あの森は結構広いから」
「……え? 小さい森だと思いますよ。なにせ、あの子たちですら迷わずに街と行き来できるぐらいですから」
残念な少年の疑問に対して、不思議そうな顔をして答える骸骨先生。どうやら残念な少年は、先程までいた森からは悪しき存在として認識されていたらしい。
「……異世界が俺に優しくない……」
「……はい?」
両手を組んで俯いてしまう残念な少年。それを心配そうに眺めている骸骨先生。先程まで怨霊だの悪霊だの、散々な呼び方をしていた相手だというのに、良い人である。
「……大丈夫ですか? ゲフッ! ゴホッ!」
「いや、あんたの方こそ大丈夫か?」
急にせき込み始めた骸骨先生に、顔を上げて話しかける残念な少年。もう立ち直ったらしい。
「骸骨先生。薬取ってこようか?」
「……いえ、在庫もあまりありませんし、大丈夫ですよ」
せき込む骸骨先生に気付いたのか、先程まで遊んでいた子供達の一人が声をかけてくる。
「そういえばさっきから気になってたんだけど、骸骨先生って病気なの?」
少し重くなっている空気など一切気にしていない残念な少年は、頬を掻きながら質問する。
「うん。何の病気かは分からないんだけど、最近になってから急にせき込むようになったんだよ」
「薬草を煎じたお薬を飲んでたら、すぐに収まるんだよ」
残念な少年の疑問に答えてくれる子供達。苦しそうにしている骸骨先生を子供達全員が辛そうな顔をして見ている。
「そうなのか、悪いな骸骨先生。すぐに成仏させてやりたいけど、聖水やお清めの塩は持ってきてないんだ」
「……だからアンデッドではないと何度言ったらわかるんですか―――」
ここにきてまだスケルトン扱いをしてくる残念な少年。元から生気はあまり感じられないが、今は反論するだけの元気もない骸骨先生。
「辛そうだし、今すぐ薬を飲んだ方がいいんじゃないか?」
「ゴホッ! ゴホッ! いえ、薬草を煎じた薬は高価というわけではないのですけど、金銭的な余裕のない教会ではあまり消費したくはないのです」
「でも、骸骨先生……」
心配そうに見上げる幼い少女。その少女を宥めようと、頭の上に手を置いて優しくなでる骸骨先生。
「ふ~ん。だったら、この薬草使うか?」
すると、森の中で採取した薬草の詰まった袋を骸骨先生に見えるように掲げる残念な少年。骸骨先生や子供達は残念な少年の軽い態度に目を丸くする。
「いやいや、見ず知らずの方から恵んでもらうわけには―――」
「ホント! ありがとう、兄ちゃん!」
遠慮する骸骨先生とは対照的に、喜色を浮かべて残念な少年の出した小さな袋を受け取る冒険者志望の少年。
「スゴイ! これ魔法の袋だぞ! 見た目より結構大きい」
「薬草もいっぱい入ってるね! ホントにもらっていいの?」
「おう! せいぜい俺を敬うがいい、お子ちゃま共め!」
袋の中身に驚いている子供達を見ながら、胸を張って威張る残念な少年。
「……よろしいのですか?」
「うん。どうせ、さっき森で拾ってきた物だから別にいいよ。また拾いに行けばいいだけの話だし」
申し訳なさそうに尋ねてくる骸骨先生に、けろりとした態度で答える残念な少年。二人が話している間に、魔法の袋の中にあった薬草を移し替えた子供達が残念な少年に歩み寄る。
「ありがとう、兄ちゃん!」
「「「「ありがとう!」」」」
「ハッハッハッ。せいぜい感謝しろ!」
お礼を言って袋を返してくる子供達に対して、高笑いを上げながら答える残念な少年。受け取った小さい袋をしまった残念な少年はゆっくりとした動作で席を立つ。
「それじゃ、俺そろそろ帰るわ」
「……ちょっと待ってください。せめて、薬草の代金をお支払いします! ゴホッ! ゴホッ!」
身支度を整えて帰ろうとする残念な少年を、慌てて引き留める骸骨先生。先程まで落ち着いていたのだが、またせき込み始める。
「えぇ~。いいよ、面倒くさいし。それにスケルトンから金を巻き上げるとか、呪われそうでなんか嫌だし」
「ゴホッ! だから、私はアンデッドではありません」
後ろめたい気持ちになりながらも、最後までアンデッド扱いする残念な少年にジト~っとした目を向ける骸骨先生。
そんな骸骨先生の視線を気にせずに残念な少年は食堂の扉に手をかけていた。
「え~。もう帰っちゃうの?」
「もう少し居なよ、兄ちゃん」
「ねぇ~ねぇ~、良いでしょ?」
出ていこうとする残念な少年を服の裾を掴んだりして止める子供達。短い時間に随分と懐かれたようだ。
「え~い、暑苦しいから離れろ! 鬱陶しい!」
縋りつく子供達を引きはがし、虫でも追い払うように「シッシッ!」と言って片手を振る残念な少年。子供達の中でも特に幼い子が目に涙を溜めて今にも泣きだしそうになっている。
「ああもう、泣くな! そのうち、また遊びに来てやるから」
「ホント?」
「ああ、もちろん」
目元を袖口で拭っていた子供が残念な少年に聞き返す。それを、端的に答えた残念な少年は、そのまま扉を開ける。
「それじゃ、またな」
「うん、またね!」
「絶対に来てよ!」
出ていく残念な少年を、手を振って見送る子供達。しかし、何を思ったのか扉から出る途中で立ち止まり振り返る残念な少年。
「そういえば、骸骨先生に聞きそびれた事があるんだけど質問していいか?」
「……はい、何でしょうか?」
「今度来るときにはお清めの塩と聖水を用意しといた方がいいかな?」
「…………だから、何度も何度も言っていますが、私はアンデッドでもなければ歩く白骨死体でもありません!?」
古びた教会には、最後まで失礼な言動をやめなかった残念な少年に、心の底から呆れた骸骨先生の悲痛な叫びが木霊した。