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人は見かけによらないとは、真実だと思う


「お勧めの仕事ってありますか?」


冒険者ギルドの受付。青葉春人は初めての仕事を受けにギルドに来ていた。


「そうねぇ。最初は薬草の採取がお勧めよ」


応対をしてくれたのは前回ギルドの訓練場で冒険者になる試験の審判をしてくれた女性だった。少年を目にした時、若干苦笑いであったのは気のせいだろう。


「おぉ! まさに、本で見たことがある展開!」

「? とりあえず、薬草採取の仕事を熟すには、冒険者にとって基本的な技能がある程度必要になるから、他にやりたい仕事が無ければ、まずはこの仕事を習熟させることを目指すのがいいと思うわ」


何故かテンションを上げる残念な少年を不思議に思いながら、お勧めする理由を淡々と説明するギルド職員の女性。


「わっかりました! じゃあ、薬草採取に行ってきます‼」

「待って!?」


元気のいい返事と共に走り出そうとする残念な少年を慌てて呼び止めるギルド職員の女性。


「どうかしました?」

「どうかしたって、まだ採取する場所の説明すらしてないでしょ」

「……そうだっけ?」


額に手を置き、深いため息を溢すギルド職員の女性。結婚どころかその相手すらまだ見つかっていないというのに、手のかかる子供を育てている気分になる。


「仕事の依頼を受ける時は基本的に依頼受理の手続きがあるから、それが終わるまではすぐ行こうとしないで。手続きが終わったら詳しい説明もしてもらえるから、次からは注意してね」

「はい、わかりました!」

「一応、薬草採取はギルドに常設されている依頼だから、手続きは不要だけど、初めて薬草採取をする冒険者には、採取する場所の説明とこれを渡す決まりになっているの」


そういうと、ギルド職員の女性は受付カウンターに小さな袋を置いた。


「何これ?」

「採取した薬草を入れる為の袋よ。魔道具だから小さい見た目以上にものを収納できるの。あと、採取に使うナイフや薬草の図鑑。採取できる場所の地図など仕事に必要なものが一通り入っているわ」

「えぇ! 最初からそんな至れり尽くせりでいいの!」


感嘆の声を上げる少年を前に、自慢気に胸を張るギルド職員の女性。因みに、道具は全て他のギルド職員が用意したものである。彼女は一切関わっていない。


「そういった準備って普通個人でするものじゃないの?」

「ギルドが組織されたばかりの頃はそうだったらしいけど、冒険者になったばかりの初心者の多くが無謀な行動を取って死亡する傾向にあったから、その対策として冒険者に必要な技能を覚えられる薬草採取を始めに受けてもらいやすいように道具をギルド側で用意するようになったらしいわ」

「へぇ~」

「……それに、君みたいに何も考えずに行動する冒険者も少なくないからね」


少年には聞こえないように、小さな声で呟くギルド職員の女性。


「場所の説明だけど、この街を出てすぐの所に森が見えると思うから、最初はそこで採取の仕方を覚えておくといいと思うわ」

「え、街を出てすぐだったらわざわざ説明する必要なかったんじゃ……」

「言われたらそう思うかもしれないけど、説明しないと初心者は近くの森にないと勝手に考えて遠くの森に行ってしまうことがあるのよ。冒険者になろうとする人は好奇心が旺盛な人が多いからとくにね」


少年を諭すように丁寧に説明するギルド職員の女性。


「基本的にみんな近くの森から薬草を探すから、最初はなかなか見つからないの。それが原因で、ここで簡単にでも説明しておかないと、遠くの森なら見つかるかもしれないと思って、初心者は無謀な行動に走ってしまうから。だから、くれぐれも無茶はしない事」

「は~い。でも、何で遠くの森はダメなの?」


間の抜けた返事をしながら、疑問に思ったことを口にする残念な少年。


「生息している魔物の強さが近くの森と段違いに違うの。熟練の冒険者でさえ命の危険があるほどに強い魔物もいるしね。冒険者は魔物の生息分布なんかをある程度把握して危険を回避できるけど、初心者にとってはただ危険なだけの森だから」

「なるほど」

「だから、間違っても近づこうとしちゃだめだからね」


微笑みながら警告するギルド職員の女性。


「注意なんかされなくても、そんな危ない場所にわざわざ行きませんよ。ハッハッハッ」

「…………」


わざとらしい笑いを返す残念な少年を冷めた目で見るギルド職員の女性。なぜか、全く信用できない。


「本当なら、誰か先輩の冒険者に同行してもらいたいのだけどねぇ……」

「え! 道具まで用意してもらって、さらに指導員までつくの!」


待遇の良さに驚きの声を上げる少年。少年の知る限りではありえないレベルで充実した新人の育成だ。


「そのつもりだったのだけど、今はちょっと立て込んでいて人がいないのよ。ごめんなさい」

「いや。むしろいた方が気を遣うからいなくてよかった」


残念な少年の口から気遣いなどという言葉が出たことに驚愕するギルド職員の女性。だったら今すぐに気を遣えと言いたくなってしまう。


「そういえば、ハゲの姿が見当たらないな。道理で眩しくないと思った」


気遣いなどと言った傍から失礼なことを平気で口にする残念な少年。


「君の中ではいつも受付にいるイメージかもしれないけど、普段ギルドマスターは仕事で手が離せないから、むしろ受付に立っていることの方が珍しいからね」


少年の誤解を優しく訂正するギルド職員の女性。仮にも組織のトップである。受付業務をする時間など本来ならほとんどない。しかし、職場の雰囲気を知っておきたいという本人の意思で偶に時間を作って受付をしているらしい。正直、受付のむこうで事務作業に励む、禿げたガチムチのオッサンとは、あまりイメージしたくない。


「それより、立て込んでるって何かトラブルでもあった?」


先程の自分の発言などお構いなしに、思ったことをそのまま口にする残念な少年。


「う~ん。外部にあまり広まってほしくないから、詳しい事は言えないのだけど、言っておかないと余計面倒なことになりそうなのよねぇ……」

「失敬な! 人をトラブルメーカーみたいに!」


頭を抱えるギルド職員の女性の物言いに、すぐさま反論する残念な少年。たしかに、少年が冒険者ギルドに来てまだ日は浅いが、ギルドマスターをハゲ呼ばわりし、試験官を務めた冒険者を木の棒でタコ殴りにするなど、すでに問題しか起こしていないことからギルド内では要注意人物に指定されている。


「実は今、このアルバの街に魔族が潜伏しているという情報があって、その警戒を行っているの」

「魔族?」


少年の反論を無視し、端的に説明をしてくれるギルド職員の女性。魔族とはこの世界に存在する種族体系の一つである。その好戦的で危険な性格から魔物に近い認識をされている。


「知っていると思うけど、魔族は他の種族と敵対している種族で、凶悪で残忍な性格から遠い昔に人族と戦争をしたことが何度もあるの。そのせいで、魔族は魔界という私達が住む地上とは別の大陸を住処にして、今では人族を含めた地上に住む他種族と敵対しているわ」


魔族に関する説明を始めるギルド職員の女性。そんな中、残念な少年は魔族の潜伏という言葉に聞き覚えがある気がして首を傾げている。


……お判りいただけただろうか、既にこの少年の頭の中には『潜伏する魔族を討伐するために派遣された』という自分がアルバの街に来た理由などきれいさっぱりなくなっていた。


「このアルバの街は人族と魔族との戦いで滅んだ国の跡地に築き上げられた街だから、その歴史を知っている住民は魔族に対して強い不安感を抱いているの。だから、警備の厳しい街の中に魔族が隠れているなんて情報にわかには信じられないのだけど、この街に魔族が潜伏していると住民に知られただけでパニックになりかねないから、今ギルドは秘密裏に情報の確認と魔族の捜索を行っているのよ」

「ふ~ん」


丁寧なギルド職員の女性の説明に、丸で他人事のお様に間延びした返事を返す残念な少年。重ねて言うが、少年は潜伏する魔族の討伐のためにこの街に来たのである。当の本人は完全に忘れているが。


「だから、君もそのつもりで普段から警戒しておいて、何か怪しい物を発見したらすぐギルドに報告してね」

「はい、わかりました!」

「……返事だけはいいのよねぇ」


注意を促すギルド職員の女性は調子だけはいい残念な少年の態度に不安を覚える。


「誰か手の空いている冒険者がいないかしら」


魔族への警戒と情報の確認のためにベテランの冒険者は出払っていると分かっているのだが、つい辺りを見回してしまうギルド職員の女性。すると、ある一点に目を止める。


一点を見つめる彼女につられるように残念な少年がその視線の先を目で追うと、そこには、アニメやマンガの世界から抜け出してきたような見目麗しいシスターがいた。


「この時間に彼女がいるなんて珍しいわね。」

「…………」


ギルド職員の女性は、別の受付カウンターでギルド職員と話しているシスターを見つめる。その間、残念な少年は顎に手をやって何か考え込んでいる。まぁ、ろくなことを考えてはいないだろうが。


「最近はギルドに顔を出していなかったし、ちょっと心配していたのだけど、杞憂だったみたいで安心したわ。そうだ、せっかくだから彼女に頼んでみましょうか!」


ふと思いついてギルド職員の女性が少年の居た方に視線を戻すと、そこに残念な少年の姿はなかった。硬直するギルド職員の女性。一瞬目を離した隙に消えた残念な少年を、いつもみたいに問題を起こす前に見つけようと慌てて席を立った瞬間、残念な少年の声がギルド内に響く。


「俺と付き合ってください!」


この時、ギルド職員の女性は悟った。……遅かった。


声のした方向に視線をやると、片膝を地面に付き、両手でシスターの手を取った残念な少年の姿が目に入る。ギルド職員の女性は手のひらで目元を覆い、そのままゆっくりと顎を上げて天を仰ぐ。


『あなたはトラブルを起こさないと死ぬ病気にでも罹ってるの!?』


叫び出しそうになる本音を必死でこらえるギルド職員の女性。ギルド内は恐ろしいほどに静まり返っている。先程まで忙しなく働いていたギルド職員たちも手を止めて、皆が目線を同じ方向に向けている。


周囲から奇異の視線が集まる中、それを全く気にしていない残念な少年は目の前に立つ美しいシスターの銀色の瞳を見つめる。下手な芸術家では再現できないであろうその綺麗な顔立ちと白い肌に少年が見惚れていると、シスターの瑞々しい唇が動き、鈴を転がしたように澄んだ声で言葉を紡いだ。









「……あっ? テメェ自分の面を鏡で見たことあんのか? その面で人様に平気で告るとか、寝言は寝てから言いやがれ、モヤシ野郎が‼」


その澄んだ声音と美しい見た目からは想像もつかない汚い言葉が、静まり返るギルド内に木霊した。



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