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時に、屋内で『雷が落ちる』というのは物理的な意味を持つこともある


「坊や。勇者なんかやめて職人にならないかい?」


どこかで聞いたことがあるセリフを別の人から聞かされる残念な少年。


「婆ちゃんまで白髪オーガと同じことを言うのか!?」


魔道具店の一室。魔道具の制作のために設けられた作業場で、青葉春人は魔女の指導の下魔道具を作っていた。


「あら、剣鬼も同じことを言っていたのかい? でもね、たった一度でここまで出来るなんて、坊やには間違いなく才能があるよ」


魔女は少年が作った首飾りを手に取りしげしげと眺める。素人が作ったとは思えない見事な出来栄えだ。既に商品として出せるレベルだ。それを、たった一度の簡単な実演と説明だけで少年は作った。


「装飾品自体の出来も素晴らしいけど、特にこの魔術付与が完璧。私がここまでのモノを刻むのに一体どれだけの年月を要したか……。長年この仕事をやっているけど、他人の才能にここまで嫉妬したのは初めての経験だよ」

「……それより、さっき不吉な単語が聞こえた気がしたんだけど?」


少年の作った首飾りに見惚れている魔女の言葉を無視し、少年は気になったことを聞く。


「剣鬼って何?」

「前に話さなかったかい? 鍛冶屋にいる騎士団長の昔の呼び名だよ。たった一人で敵の軍勢を相手取り、その度に剣一本で敵を壊滅させてきた武功からそう呼ばれ恐れられていたの。何でも、その類稀な『剣』の腕と戦場に立った時に見せる『鬼』のような迫力から『剣鬼』と名付けられたそうよ。現役時代は他国の間でも知らぬ者がいない程の有名人だったのだけどね」

「やっぱりか! あいつはやっぱり昔から鬼だったのか! 白髪オーガめ!」


魔女の発言を聞き、大袈裟に頭を抱えて蹲る残念な少年。


「ん~? どうも、異世界から来た坊やの中では鬼とオーガが混同されているみたいだけど。この世界には魔物のオーガとは別に鬼という種族がちゃんと存在しているから間違えないように気を付けてね?」


残念な少年を優しく諭す魔女。本当に、御伽噺に出てきそうな、その怪しい風貌からは想像もつかない穏やかなお婆ちゃんである。人は見かけによらないとはこのことである。


「マジで! ってそういえば前に聞いたな。確か、鬼人とか鬼族って呼ばれてるんだっけ?」

「そうそう、よく知っていたね。見た目から魔族と間違えられることが多い可哀想な種族だけど、私達人族よりずっと昔からこの世界で生きている長い歴史を持った種族なのよ」


魔女はまるで孫をあやすように、丸椅子に座っている少年の頭をその皺くちゃの手で優しく撫でた。


「ところで、坊やは冒険者になったんだってねぇ。剣鬼がうちの爺さんに愚痴を零しているのを聞いたよ」

「へっ! 才能があるからとか言って人の将来を勝手に決めようとするからだ。白髪オーガが悪い!」


皺くちゃの手で少年の黒髪を優しい手つきでゆっくりと撫で続ける魔女。


「そうだねぇ。坊やはまだ若いから、今は好きなことをして生きていくのが一番いいと思うよ。私が坊や位の年の頃は、色々なしがらみがあってあまり好き勝手はできなかったからねぇ……」

「婆ちゃん?」

「……でもね、私や剣鬼が職人の道を坊やに勧めているのは、何も坊やを嫌っているからじゃないんだよ。坊やに少しでも幸せな道に進んでほしいと思っているからなんだ」


少年の黒髪から手を放し、彼の目を見つめながら魔女は言った。


「この世に生まれて一生を一人で生きていくなんてことは人間には絶対に出来やしない。坊やが生きていく間にも多くの人と関り、中には坊やに意地悪をする人や助けてくれる人とも出会う。これだけは覚えておいて。良くも悪くも坊やを思ってくれる誰かがいてくれるから坊やは今ここで生きていられるんだよ。それだけは忘れないでね」

「……うん」


真っ直ぐに自分を見つめてくる魔女に首肯で答える少年。それを見て目を細める老婆。


「イッヒッヒッ。坊やは賢いからねぇ。言わなくても分かっているのかもしれないけど。もし、坊やの事を少しでも良く思ってくれる誰かに出会えたなら、その思いに感謝してそのご縁を大切にするんだよ」


魔女の風貌に相応しい怪しい笑い声をあげる老婆。気持ちが高揚すると偶に出る老婆の癖なのだが、色々と台無しである。


また少年の頭に手を伸ばす魔女。高齢出産だった一人娘を溺愛していた影響か、若い子と話しているとその子の頭を無性に撫でたくなるのも老婆の癖である。


「あんまり撫でられてると背が縮むから程々にしてよ、皺くちゃの婆ちゃん」

「こら」


少年の頭に向かって伸ばしていた手を方向転換させて少年の頬を優しく抓る老婆。


「レディに向かって皺くちゃなんて言っちゃいけません」


遠目から見ても、実に可愛らしい所作だが、それをしているのが御伽噺に出てきそうな怖い魔女では何とも複雑な気分である。ただ、この人があの魔術師団長の母親なのは何となくだが納得してしまう残念な少年。


「そろそろ交代の時間じゃぞ、婆さ―――」

「ちっ!」


舌打ちである。作業場に入ってきた老人を見るなり、少年の頬から手を離した老婆は、先程までの朗らかな態度が嘘のような冷淡さで吐き捨てるように言った。


「何しに来たんですか、爺さん?」

「え? いや、だからの、そろそろ店番を交代する時間じゃと……」

「ああ、そういえばそうでしたねぇ」


老婆が老人に向けている目が、まるでゴミを見るように冷え切っている。


「……なあ、婆さん。そろそろ許してくれんか?」

「何のことですか?」


冷や汗を流しながら視線が泳ぐゴブリン爺ちゃん。


「店に来た若い娘さんに無理矢理ビキニアーマーを着せて売りつけようとしたことですか?」

「! いや、そのぉ……」


老婆の問いに対して、しどろもどろになる老人。数日前、魔道具店を訪れたお客さんに店番をしていた老人は趣味で作ったビキニアーマーを着せようとしたのだ。


……因みに、そのお客さんはゴブリン爺ちゃん好みのナイスバディのお姉さんだったらしい。


「儂が悪かった。だから許してくれ、この通りじゃ」


魔女に向かってそれはもう見事な土下座を決めるゴブリン爺ちゃん。


「この世界にも土下座があるんだなぁ」と関心を抱いた残念な少年は、老人の綺麗な土下座に対して、老婆に聞こえない程の小さな感嘆の声を上げて、音が出ないように気を付けながら拍手をしようとゆっくりと手のひらを数度合わせた。


「……わかりました。その件はもう許しましょう」


深いため息と共に魔女が言葉を吐き出した。いつもの事とはいえ、寛容すぎる老婆の対応に目を丸くする残念な少年。雷を落とされる覚悟をして青くなっていたゴブリン爺ちゃんの顔に少しだけ生気が戻る。


「それで、あの件はどう説明してくれるのですか?」

「あの件?」


いつもと違う対応に油断していた老人が首を傾げそうになると、射殺さんばかりの鋭い視線と共に老婆の周りでスパークが起きる。老人の顔が土色に変わる。逃げる準備を整える残念な少年。


「フフフ、面白い事を言いますね。まさか覚えていないのですか?」

「いや、それはのぉ……」

「フフフ、それほど当たり前ことだというわけですね」


先程の怪しい笑い声とは違う、朗らかな声であるはずなのに、こちらの方がめちゃくちゃ怖い。纏っている迫力が違う。


「ええい、何じゃ! 何かというとそうやってすぐ切れれば解決すると思いおって! いい加減うんざりじゃ! 謂れのない罪でまで裁かれ等ないわ!?」


珍しい事にゴブリン爺ちゃんが攻勢に出た。いつもならあり得ない光景である。それほどまでに、老人を精神的に追い詰めるプレッシャーを魔女が放っていた。老婆の方も、今日はいつもと違うようである。


「スケベ爺の分際で!」

「黙れ、皺くちゃババア!」


睨みあう老人と老婆。どさくさに紛れて作業場の扉に手を掛ける残念な少年。こんな状況でも彼は相変わらずのようである。


「儂が何をしたというんじゃ! 言うてみぃ!」

「バイトで雇っている奴隷の娘に薬を盛って手籠めにしようとしましたよね?」

「すみませんでしたぁあああ!?」


その場で綺麗なジャンピング土下座を決めるゴブリン爺ちゃん。攻勢にでるのは失敗だったようだ。魔女の発する火花の音が先程より大きくなっている。


魔道具店の経営は老人と老婆の二人で行っているが、年配者だけでは困ることも出てくる。どうしても人手が足りなくなった時の為に、奴隷を雇っているのである。


因みに、奴隷を雇うという行為はこの世界では珍しい事ではない。人手のない店ではたまにある出来事だ。この世界では奴隷という制度自体に問題はなく、元犯罪者等でない限りは奴隷にも身分が保証されているし、国の許可が必要だが奴隷商として奴隷を管理する真っ当な商売が出来る。派遣社員のような形態を想像すると分かりやすいかもしれない。


要するに、奴隷であろうが雇っている娘に手を出す行為は人として完全にアウトだという話である。


「フフフ。一度死んでみたら、その悪癖も治るかもしれないねぇ」

「頼む! 命だけは勘弁してくれぇ!?」


周囲をパチパチと鳴らす魔女を前に、額を地面にこすりつけて必死に懇願するゴブリン爺ちゃん。


「大体、こんなことばかりして坊やに悪影響が出たらどうするんですか!」

「………………え?」


思わず顔を上げてしまう老人。


「儂の影響以前に、もう手遅れじゃろ?」

「おだまり!?」


老婆の怒号と共に作業台の一つが吹き飛ぶ。今月だけでどれだけの物が吹き飛んだのか、修理費が気になる所である。


「どうやらきっちりとお灸を据えておかないといけないようですね」

「ま、ま、待て!」


指を鳴らし始める魔女を前にして、ゴブリン爺ちゃんは助けを求めるように周囲を見回す。

だが、すでに残念な少年の姿はない。


「見てみろ、婆さん! こんな状況に置かれている幼気な老人を放置して逃げるような小僧じゃぞ! どこがいい子じゃ!」


先程まで少年が座っていた椅子を指差して叫ぶ老人。責任転嫁である。幼気な老人が吐く言葉ではない。


「坊やは今日、冒険者ギルドで仕事をすると言っていましたから、そこに向かったんじゃないですか?」

「だからと言って、儂を放置―――」

「自業自得の卑しいゴブリンを見捨てて何が悪いと?」


魔女の目が冷え切っている。宛ら、醜い魔物を目の前にしているかのような視線を老人に向ける。魔女の周囲から起きている火花の音が激しくなる。


「遺言はありますか?」

「……最後に、ぴちぴちギャルのビキニアーマー姿が見たかった」


ぶれないゴブリン爺ちゃんの悲しい辞世の句と共に、魔女が腕を振り下ろすと作業場の中を眩い光が包み込んだ。


その日、雲一つない晴れた昼下がりだったというのに、雷を見たという人が続出した。



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