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幕間 冒険者試験の後


「本当に、何があったんだ?」


冒険者ギルドの訓練場。静かになった訓練場には、先程まで受付業務を行っていた自称スキンヘッドのギルドマスターの声が響く。


「私にもわかりません」


今日、訓練場でも業務を担当していたギルド職員の女性が言う。


「気づいた時には、転倒したジークハルトさんを少年が滅多打ちにしていました」

「いや、それ見てないで止めろよ。何してたんだよ、お前」


ギルドマスターのツッコミが飛ぶ。確かに正論だ。


「それより、先程から地面を触られているみたいですが、何をされているんですか?」


話題を逸らそうとギルド職員の女性は、この場にいたもう一人の男に話しかける。


「あぁ、あの時のジークハルトの動きには私も違和感を覚えてな。ちょっと調べているところだ」


今日の冒険者試験の時、偶然その場に居合わせていた元冒険者の男が口を開く。


「性格に難はあったが奴も一応は一流の冒険者。冒険者にとって不測の事態など日常茶飯事。しかもそれが命に係わる世界だ。故に冒険者はあらゆる事態を想定して、普段から備えているものだ。仮に足を止める魔術を使われたとしても、それを無効化する備えか、すぐ対処できる体裁きを習得していた筈だ」


元冒険者の言葉に首肯するギルドマスター。彼は知っていた。ジークハルトの鎧に付いた派手な装飾は、ただ趣味の為だけに付けているわけではなく、遠距離からの魔術や毒等の状態異常を無効化する為の装備だということを。


「しかし、ジークハルトは転倒した。つまり、奴が想定していた以外の方法が使われたということだ」

「想定外の方法? それが地面を確認することと関係があるのですか?」

「ああ。その為にわざわざ訓練場に集まったんだ」


ギルド職員の女性が出した疑問に対して、ギルドマスターが代わりに答える。


「可能性があるとすれば、トラップだからな」

「罠ですか? ですが、そのようなものを用意する時間はなかったと―――」

「あったぞ」


ギルド職員の女性の言葉を遮り、元冒険者の男がある一点を示して言う。


「効力がかなり薄くなっているが、ここに魔術付与の痕跡が残っている」

「魔術付与?」

「それって確か、魔道具職人に必須とされている技能だよな。装飾品とかに魔術で何かしらの効果を与えて魔道具にする技術。何で地面にそんなものが?」


魔術付与とは、魔術をアクセサリーなどの無機物に刻むことで魔術の効果を持った道具『魔道具』を生み出す為の技能である。


主に魔道具には、魔道具職人という魔術付与とそれを刻む為の装飾品を全て自らの手で作る本職の職人の手で生み出された物と、魔術以外の分野に特化した職人が手掛けた部品に対して、金で雇った魔術師等が魔術付与を行って生み出される物の二種類が存在する。


「その地面に付与されている魔術はどんなものなのですか?」

「見たところ、一時的に摩擦係数を0にする魔術のようだ」

「それってつまり、滑りやすくなるってことですよね。そんな魔術聞いたことがないのですけど?」

「そりゃ、どう考えても職人向けの魔術じゃねぇか。魔道具作りに深く関わってるような魔術師でもない限り多分知らねぇぞ。他に使い道がねぇからな」

「私も、昔知人が荷物の運搬で利用した事があったからわかるが、それを除けばまともにこの魔術を見るのは初めてだ」


魔術本来の目的は、自分達に害を及ぼす多くの敵を滅ぼすことにある。その利便性から生活を楽にする為に長い年月を掛けて試行錯誤が繰り返されてきたが、その本質は変わらない。その為、魔術を使う魔術師は、職人などの戦闘とは無縁の職に就く者達を除けば、戦闘に特化した考えを持つことが殆どである。


「そもそも魔術付与で罠を張るなんて、そんなに簡単にできる物なのですか?」

「いや、付与なんて言い方をしているが実際の工程は刻むって言った方が近い。発現させる魔術の効能によって決められた魔術文字を、効果を与えたい物に別の魔術を使って書くんだが、この魔術文字が曲者でな。兎に角複雑でちょっとしたミスで全く機能しねぇし、仮に水を生み出すって効果を書くだけでも魔術付与を専門にしている奴で数日かかっちまう」

「では不可能だと?」

「いや、まぁ、方法がないわけじゃないんだが……」


ギルド職員の女性の疑問に対して、ばつが悪そうに頭を掻くギルドマスター。どこがとは言わないが、今日も見事に光り輝いている。


「おい。今、人の頭を見て失礼なことを考えなかったか?」

「「いえ。なんにも」」


ほぼ同時に視線を逸らすギルド職員の女性と元冒険者の男。二人の出した声は完全にそろっていた。


「ちっ。まぁいい。そもそも魔術文字は魔術で書くって言ったが、それには、人差し指やペンみたいなので一から書く方法と、特殊な紙に書き上げておいた魔術文字を転写する方法があるんだ」

「では、その転写する方法で魔術付与を?」

「あぁ、確かにこの方法なら魔術師でなくても出来るんだが、問題があってな」

「問題?」


首を傾げるギルド職員の女性に、元冒険者の男が答える。


「その魔術文字が書かれた紙は一般人が手にすることはまずできない」

「何故ですか?」

「高額で取引されるからだ」


元冒険者は淡々とした調子で語る。


「直接刻むより効果が低い、転写できる回数に限りがある等デメリットもあるが、そもそも魔術付与は戦闘を好まない魔術師にとっての生命線の一つだ。そう簡単に出回れば生活に困るからな」

「だから、あの紙を手に出来るとしたら、余程の金持ちか、知り合いに魔術付与を専門にしている奴がいるかだろうな」


二人の言葉を聞き、ふと少年の姿を思い出すギルド職員の女性。誰がどう見てもお金持ちには見えない。


「金持ちがあんな紙を持ち歩くとは思えねぇから十中八九後者だろうが、この辺りじゃ魔術師は基本高給取りだ。専門職な上に他国やこの国の首都と違って数が少ないからな。そんな知り合いがいてあの格好の生活をしているとはちょっと考えにくい」

「おそらく偽装だろうな」


難しい顔で語り合う二人の男を不思議そうに眺めるギルド職員の女性。


「そう考えると、最初から全て可笑しかった奴の言動の説明がつく。恐らく、俺達を油断させる為の作戦だ」

「不快な言動と行動でジークハルトの調子を狂わせ、怒りで周囲が見えなくなるように誘導した上で事前に用意していた罠に彼をはめた。冷静さを欠いていたことで回避できず、直接作用する魔術なら無効化されるが、冒険者がアクセサリーにしているように無効化することがまずできない魔術付与で罠を張ることで一流の冒険者を転倒させた。恐ろしい策士だ」


戦慄する二人を冷めた目で見ながらギルド職員の女性は思う。……いや、そんな深い意味はないと思いますよ。多分行き当たりばったりだと思います。


なぜなら、試験合格と言い渡されて冒険者になれることが決まり、子どものようにはしゃぐ少年にみすぼらしい格好の理由を彼女は聞いたのだ。少年はこう答えた。


『ちょっと住み込みで修行している爺ちゃんの家から隙を見てコッソリ来たから装備とか用意できなかったんだよね!』


彼女は聞いた。なぜ木の棒を武器として選んだのか。少年はこう答えた。


『やっぱり武器は使い慣れている物が一番いいと思ったからさ。できれば『鉄パイプ』がよかったんだけど、なかったから代わりなる一番近い物を選んだんだ!』


この時に、彼女にははっきりと分かった。この少年は何も考えていない。見た目だけ年を取っただけのただの子供なのだとギルド職員の女性はようやく理解した。


少年の今後の処遇について的外れな話し合いをしている二人を見ながら、ギルド職員の女性は溜め息を溢す。……転職。真剣に考えようかしら?



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