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ギルド職員は見た パート3


試験用の武器を用意して戻ってくると、貧民の少年は子供達に追いかけられていた。


…………ちょっと待って、これどういう状況!


私がいない間に何があったのだろうか。貧民の少年は木の棒を掲げる子供達に追いかけまわされ、訓練場の内周を回っている。その光景を、まだ怒りが収まっていないのか、肩を震わせて見ているロン毛の男。


あっ、よく見ると若手の冒険者に交じって元冒険者さんも蹲っている。如何やらまた面白い事が起こったらしい。あのタイミングで席を外したのは軽率だったかもしれない。私がいない間に何が起きたのかすっごく気になる!


「試験の準備が出来ましたので戻ってきてください!」


気を取り直すように咳払いを一つすると、訓練場を走り回る少年に声をかける。ただ、声をかけるタイミングが悪かったのか、一瞬だけこちらを見た貧民の少年は何かに蹴躓くようにして、その場で盛大に転倒する。さらに追い打ちをかけるように、頭から地面に落ちた少年を子供達は容赦なく袋叩きにする。


「てりゃ~」

「とりゃ~」

「ギャーーーー!」


可愛らしい子供達の掛け声とは違い、少年が出す悲鳴は真に迫っていた。というか、演技じゃなくてホントに殴られてる?


終始楽しそうにしてその場を離れる子供達の後には、訓練場の地面に敷き詰められた砂を全身にかぶり、砂にまみれ余計みすぼらしくなった少年が倒れていた。


……どうしよう、全く意味が分からない。ホント何があったの?


「あのぉ、大丈夫ですか?」


私は頭の中で湧き続ける疑問符を払拭するように、力尽きたように倒れている少年に話しかける。


これから試験なんだけど、こんな状態で出来るのかしら?


「うん、全然大丈夫!」


先程まで、ピクリとも動かなかった少年が勢いよく飛び起きる。とくに怪我をしている様子はない。ただ、私がここに来る迄、訓練場で鍛えて体力のついている子供達にずっと追いかけられていた筈なのに全く息が上がっていないのが不思議だ。


「では、こちらに来てもらえますか?」

「は~い」


まぁ、気にしても仕方がない。私は少年を促して用意した訓練用の武器が置いてある場所まで連れていく。


「この中から好きな武器を選んでください。ただし、試験中は選んだ武器のみを使ってもらいますから、後悔のないよう慎重に選んでください」

「おぉ、なんかいろいろある」


無邪気に一つ一つ手に取って確認する貧民の少年。その姿は、また訓練場の隅で木の棒を打ち合い始めた子供達と同じ位の年齢に見えてしまう。


……一応、冒険者になれる規定の年齢には達しているのよね?


今更ながら不安になってくる。


「早くしてくれないかなぁ! どれを選んでも結果は変わらないのだから」


いらだたし気に貧民の少年をせかすロン毛の男。どんだけ器が小さいのかしら、この男。何でこんなのがモテるのか、益々疑問である。


「う~ん。お姉さん、質問してもいい?」


ロン毛のいちゃもんを聞き流して一通り武器を確認した貧民の少年は、難しそうな顔をして話しかけてくる。


「何かしら?」

「武器ってこれ以外から選んでもいい?」


たまたま手に持っていた訓練用の剣を掲げて少年が言う。


「ごめんなさい。一般人の武器の持ち込みは原則禁止されているから、できればこの中から選んでくれないかしら?」


試験官と受験者が試験中に使用する武器は、冒険者になる前の一般人が使っても問題ないように殺傷力の低い訓練用の武器が選ばれている。幾ら将来的に命懸けの仕事に身を置くことになるとしても、いきなり素人に本物の武器を持たせるのは危険である。


「ん~。できればあれが使いたいんだけど駄目かな?」


困ったように唸る少年は、ある一点を指差して言う。指し示す先には木の棒を打ち合う子供達の姿がある。……ん?


「えっと、ちなみに、何が使いたいのかしら?」

「木の棒」


―――彼は何を言っているのかしら?


―――木の棒を武器にしたいと言ったの?


……いやいやいや、そんなはずはない。きっと私の聞き間違いだ。そうに決まってる。どこの世界に木の棒を武器にして試験を受けようとする人間がいるというのか。そんな人いるわけがない。


混乱する私は、取り敢えず落ち着こうと思い、まず深呼吸をする。スーッハー、スーッハー……よし、落ち着いた。


「ごめんなさい、よく聞こえなかったのだけど、もう一度言ってもらえる?」

「木の棒は武器として試験で使える?」


聞き間違いじゃなかった!?


えっ! 何! この子、本気で木の棒を試験で使うつもりなの! 途中で武器の変更とかできないのよ! わざわざ木の棒を選ぶことに何のメリットがあるの! 頭おかしいんじゃないの!?


驚きのあまり言葉を失う私を気にせず、貧民の少年は元々持っていた剣とほぼ同じ剣をもう一本用意していた武器の中から取り出すと、その二本を持って木の棒を打ち合う子供達の方へ歩み寄る。


「おい、お前ら。ちょっと頼みたいことがあんだけど?」

「ん? なに?」

「兄ちゃんなんかよう?」


遊びの邪魔をされて不機嫌にムスッとした顔を作る子供達に対して、ひざを折り子供達と同じ視線の高さまで自分の視線を下げた貧民の少年は言う。


「悪いんだけど。お前らの持ってる剣と俺の持ってる剣を交換してくれないか? 後でちゃんと返すからさ」


そう言って少年は自身が持っていた二本の剣を子供達に見えるように掲げる。


「え! いいの!」

「ぜんぜんいいよ!」


訓練用とはいえ、普段なら手にすることのできない本物の剣を前にして先程までの不機嫌な顔が嘘の様な喜色満面の顔で子供達は持っていた木の棒を貧民の少年に渡す。


「あんがと。後でちゃんと返すからな」

「すげぇ! 本物だぁ」

「思ってたより重いね!」


既に渡された剣に夢中になっている子供達にお礼を言った貧民の少年は、子供達から借り受けた木の棒を両手に持って、こちらに戻ってくる。


ここまでくると、もう笑いも起きない。この子、本気で木の棒を武器にして戦うつもりなの? 


「待たせたな。準備も出来たことだし、やろうぜ」

「……この私を馬鹿にしているのか?」


勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべる貧民の少年を前に、蟀谷に青筋が浮かぶロン毛。確かに、これは誰がどう見てもふざけているとしか思えない。同じ事をされたら私でも切れる。


「いや、別に馬鹿にしてないけど」

「その格好のどこを見ればふざけてないと言えるのだ!」


砂にまみれて余計にみすぼらしくなった服に木の棒を装備した少年。うん、滅茶苦茶ふざけてる! 戦える雰囲気が全然ない! 


「失敬な、これが俺の最善の装備だ」

「どこがだ! 田舎から出てきた村人にしか見えんわ!」


まさかこの場にいる全員が少年に対して最初に持っていた印象が、ロン毛の口から出てくるとは予想外だった。変に体面を気にするロン毛が私の存在すら忘れているようだ。よほど頭に来ているのだろう。この瞬間、訓練場にいる少年と子供達以外の気持ちが一つになっていた。


「はは~ん。さては、負けるのが怖いのか?」

「何だと!?」


この子、相手を煽ることに関しては天賦の才能があるかもしれない。だってほぼ関係が無い筈の私まで、見ていると腹が立ってくるもの。


「いいだろう。なら、すぐに試験を始めよう。舐めきった貴様の態度を私がきっちりと正してやろう!」


貧民の少年に向かって手に持った訓練用の剣の切っ先を向けるロン毛の男。勝手に試験を始めそうな勢いに対して、私はあわてて割って入る。


「待ってください。試験には内容を判定する審判が必要ですから、勝手に始めないでくださいよ」

「それってお姉さんがするんじゃないの?」


今まさにロン毛から強烈な怒気が放たれているというのに、どこまでも冷静な少年が私に尋ねる。


「ええ、そうよ」

「なら問題ないよね? じゃあ始めようか、怪人ピカピカキモロン毛」

「それは私の事かっ! その減らず口、二度と叩けないようにしてやるっ!」


……えぇ~。この子、まだ煽るの。もうロン毛の髪が逆立つんじゃないかという程の熱気を放っている。


「そ、それでは、これより試験を始めます。……始め!」


今にも駆けだしそうな両者を前に、私はやけくそ気味に開始の宣言をした。


最初に動いたのは貧民の少年。彼は片手に持っていた木の棒を一本ロン毛に向かって投げつけた。


飛んできた木の棒を軽々とよけるロン毛。その姿は、流石一流の冒険者、無駄がない。性格はともかくとして、冒険者としての腕は確かなのだ。


武器を構えると、そのまま一気に踏み込んで、少年との間合いを詰めようとするロン毛が駆け出した瞬間、コケた。……え?


それを狙っていたかのように待ち構えていた少年は、素早く上に乗ってうつ伏せに倒れるロン毛を押さえると、持っていた木の棒を両手で握り込み、ロン毛の頭に向かって振り下ろした。


「てい」

「ギャーーーッ!」


何故かしら、似たような光景をつい最近見た気がする。


そこからはもう一方的な展開になった。完全に抑え込まれているロン毛を、少年は木の棒で何度も叩く。こんな展開を誰が予想しただろうか。


「…………」

「ちょっと待て、幾らなんでもやり過ぎだ! 無言で私を殴るな! というか、たすけてーーー!?」


予想外の光景を前にして放心していた私は、先程までの怒気が嘘の様なロン毛の弱気な声で漸く気が付く。これ、早く止めた方がいいんじゃないかという事実に。


―――あ、今いい一撃が入った。如何やらもう手遅れのようだ。騒がしかったロン毛が沈黙している。


「……ふぅ」


手の甲で額の汗を拭う仕草をして一仕事終えたような雰囲気を出す貧民の少年は、動かなくなったロン毛から離れると、こちらに朗らかな笑みを浮かべて話しかけてくる。


「これで、試験ってやつは終わりなの? お姉さん」


何事もなかったかのように話しかけてくる貧民の少年を前にして、私は天を仰ぐ。


―――本当に、どうしてこうなった!?



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