ギルド職員は見た パート2
「試験を受けに来ました!」
ギルドの訓練場。血の気の多い冒険者達がトラブルを起こさないよう、ギルド職員である私が何時もの様に監視を続けていると、みすぼらしい格好の少年が話しかけてきた。
「ごめんなさい、もう一度言ってもらえる?」
「試験を受けに来ました!」
聞き間違いかと思ったのだが、如何やらそうではないらしい。
「試験って何の試験かしら?」
「もちろん、冒険者になるための試験です!」
冒険者ギルドの訓練場に来ておいて、他に何の試験を受けると言うのか……。自分で聞いておきながら、首を傾げたくなってしまう。しかし、目の前の少年が冒険者になれるとはどうしても思えなかった。
見学用に設けられた二階のスペースから此方を窺っている一般人や、未熟な冒険者達を軽く鍛えている引退した元冒険者の中には、真面な装備も持たず試験を受けに来た貧民の少年を見て、苦笑を浮かべる者もいる。
私も何かの冗談ではないかと思った。
「それで、試験って何をすればいいの?」
「……本当に受けるの? やめておいた方がいいんじゃない?」
「やります! この先に俺の夢と希望が待っていますから!」
少年の言葉の意味はよくわからないが、彼には冒険者を目指す確かな目的があるらしい。
……若いなぁ。
ふと、訓練場の隅でどこからか拾ってきた木の棒を振りかぶり打ち合っている5歳位の少年達を横目に見る。
本来なら冒険者でない者が見学用のスペース以外に立ち入ることは禁止されているのだが、将来冒険者になりたいという一心だけで何度注意しても諦めずに侵入してくる子供達の根性に、ギルドマスターが特別に許可を出したのだ。
偶に、自分にもあんな時代があったのかと、夢の為に向こう見ずに動く若者達が眩しく見える時がある。
まぁ、私もまだ全然若いんだけどね?
まだお肌の張りとかもピチピチだからね!
「お姉さん?」
「!?」
如何やら、気が逸れていたらしい。少年の呼びかけに驚き、一瞬だけ体が強張る。
「ど、どうしたの?」
「試験って何をすればいいのか教えて」
「ああ、ごめんなさい。まだ説明をしていなかったわね」
少し吃ってしまった事を誤魔化そうと軽く咳払いをする。
「試験の内容は、先輩冒険者との一対一の実戦よ。こちらが用意した武器を使って制限時間の間、全力で戦ってもらいます。その戦いの内容を見て採点を行います。」
「戦いの内容ってどういうこと? 勝てば合格なんじゃないの?」
貧民の少年の口から出た当然の疑問に、私は困り顔を作り、試験を受けに来る自分の実力を過信していた多くの受験者達にするのと同じ説明を少年にする。
「相手は魔物や盗賊達との厳しい戦いを幾度も潜り抜けてきた猛者。君もそれなりに訓練を積んできたのかもしれないけど、甘く見ない方がいいわよ。彼らは命の危機というものにもう何度も遭遇して生き残ってきた強者なんだから」
私がここで働き始めてから、受験者に対して何度もしてきた決まり文句を口にすると、何故か少年は不思議そうに首を傾げる。
「え? そりゃそうでしょ」
何を当たり前のことを言っているんだ、とでも言いたそうにキョトンとした顔で此方を見る貧民の少年。
「君、試験官に勝つつもりなんじゃないの?」
「いやいやいや! 常識的に考えて無理でしょ。長いこと実戦を経験してきたベテランに俺みたいな馬の骨が勝てるわけないじゃん!」
―――えぇ~……。何、この子。
私の疑問に対して、あっけらかんとして答える少年。
思わず、無邪気に笑う貧民の少年を見つめてしまう。
「じゃあ何が気になったの?」
「ああ、それは――――――」
「やはり君は美しい」
少年の言葉を遮る様に、どこからか気障ったらしいセリフが聞こえてくる。
そのセリフを吐いた主を見つけた時、私は心の中で「うげっ!?」とカエルの潰れた様な声を出していた。
「こんなところで出会えるなんて、運命の女神は僕達を祝福してくれているようだね」
目がチカチカする過多な装飾のついた機能性皆無の鎧を付けた男が、見ているだけで鬱陶しくなる長い前髪を掻き上げてこちらにやって来る。
『運命も何も、昨日もおとといも来てたでしょうが』
芝居がかったセリフに内心で毒づく。
「今日も重役出勤ですか? ジークハルトさん」
いつも遅れてやって来る冒険者試験の担当をしている冒険者に、今できる精いっぱいの笑顔を貼り付けて言う。
試験の担当をする冒険者は毎回変わり、ギルドからの指名依頼という形で、ギルドが依頼を出す時点で、ある一定以上の経歴を積んだ冒険者に依頼しているのだ。試験を担当することは冒険者にとってプロとアマを分ける登竜門のように捉えられている。
「はっはっは、これは手厳しいな。こう見えても私は忙しくてね」
『女性のお尻を追いかけるのがそんなに忙しいのかしら?』
口に出かかった皮肉を何とか押しとどめる。彼が綺麗な女性に所かまわず声をかけていることはギルドでも周知の事実である。この前も見ず知らずの女性を遅くまでナンパしていたのだと、それを偶々見ていた同僚であるギルド職員に教えてもらった。
顔の作りはそれなりによく、冒険者としての実力もある為、それなりにモテていることが軟派な性格を助長している。
私には、これのドコが良いのか全く分からないが。むしろ、髪が鬱陶しくて気持ち悪いとさえ思う。
何で私の時に限ってこんな貧乏くじを引かされるのかなぁ……。
私の先輩はこれがきっかけで良い男捕まえて寿退社したのに。何で私の時だけこんななの。
「話を遮ってごめんなさい。この人が君の試験の対戦相手をしてくれる冒険者のジークハルトさんよ」
周囲に気付かれない程度の小さな溜め息をこぼすと、気を取り直して、私は話を中断させてしまった貧民の少年に謝罪しながら、軽く試験官の紹介をしておく。
「ふーん。君が今日の受験者君か。……悪いことは言わない、今すぐ帰りたまえ」
値踏みする様に少年を見ていたロン毛がまた余計な事を言い始めた。
「ジークハルトさん?」
「私くらいの冒険者になると一目見ただけでその者の実力がわかるのだが、どうやら君には才能がない。大人しく帰ることをオススメするよ」
軽く諫めたつもりなのだが、当の本人には全く聞こえなかったらしい。
『何を余計な事ばかり口に出すのかしら、このキモロン毛。』
貧民の少年を前にして、馬鹿にしたように鼻を鳴らすロン毛の男。私は内心で毒づきながら冷ややかな視線を向ける。
……彼女自身も初対面の少年に対して同じようなことを言っていたのだが、どうやらその記憶は彼女の中から綺麗に消えているらしい。
「……お姉さん、質問してもいい?」
ロン毛の皮肉を聞き流しているのか、気にした様子もなく貧民の少年が話しかけてくる。
「何かしら?」
「ギルドに在籍する男ってみんな光らないとだめな決まりとかあるの?」
「ん?」
少年の言葉の意味が理解できず、私は首を傾げてしまう。
「だって、ギルドマスターはハゲで頭が光り輝いてるし。このロン毛の人は鎧が無駄に光ってるからさ。普段からこんなの着てたら、すっげぇ目立って仕事とか真面にできないじゃん。周りの人にとっても邪魔だし、好きで着るわけがないと思うから、ギルドではギルドマスターが自分のハゲを隠す為に光らないと駄目な決まりでもあるのかと思って」
――――――だから、俺はハゲじゃねぇー…………。
何処からかギルドマスターの声が聞こえた気がしたが、正直、今はそれどころではない。
ロン毛を指差しながら平然と言ってのけた少年の発言に対して、私は途中で吹き出しそうになる笑いを堪えるのに必死だった。口を手で押さえておかないと、今にも笑いだして止まらなくなりそうだ。
少年の発言を聞き、怒りで顔を真っ赤にさせているロン毛の存在が、私の中で可笑しさを助長してしまう。……あぁ、お腹痛い。
「貴様、私のこの高貴なる鎧が、ハゲ隠しだとでもいうつもりか?」
『ハゲ隠しとか言わないで! ホントもうダメ、苦しい~』
私は膝を叩いて何とか笑いを堪えた。もう周りの目だとかは関係ない、今押さえておかないと笑いすぎて死んでしまうかもしれない。というか真面目な話、一応今は仕事中だし、笑い転げるのはまずい。
さっきから奇行が目立つ私にも冷たい視線が集まっている気がするが、少年の発言が聞こえていなかったのか、私からしてみればあれを聞いて平然としていられる人間の神経の方を疑う。
「アハハハハ、はらいてぇ~」
「ゲホッゴホッ、ヒィ~おかしい~」
よく見ると訓練場の隅にいた子供達が先程まで持っていた木の棒を放り出して、今まさに笑い転げていた。……いいなぁ、ちょっとうらやましい。
ふと、視線を横にずらすと、先程まで訓練をしていた筈の元冒険者さんと目が合った。どうやら、私と同じように周りの空気に関係なく笑い転げられる子供達を羨ましく見ていたらしい。
何故そう思うのかって? だって元冒険者さんの右手が必死に自分のお腹を押さえているもの! あれは笑い出すのを堪えているに決まっている。その証拠に、元冒険者さんと訓練していた若手の冒険者達が口を両手で押さえてプルプルと震えながら蹲っているもの。間違いない。
この訓練場の中に私と同じ気持ちの人間が少なからずいたらしい。おかげで、少し冷静になれた。
「それでは試験の準備をしますので、少々お待ちください」
少し違和感があったかもしれないがどうだっていい。とにかくこの場を離れてから思いっきり笑おう。その思いだけで、私は試験の準備を口実にして笑いの元凶から離れることにした。
気のせいか、元冒険者さんが「卑怯者!」とでも言いたそうにこちらを睨んでいる。……オホホ、策士とでも呼んでくださいな。
周囲に気付かれない様、私は気持ち駆け足で道具の保管場所まで向かった。