ギルドマスターと言うのは大体ハゲている
「全く、白髪オーガの癖に、勝手な事ばかり言いやがって」
街道。悪態をつきながら大通りを歩く青葉春人。様々な人が行き交い活気のある道の真ん中を、両手をズボンのポケットに入れ、肩を左右に揺らす、不良やチンピラがしていそうやり方で少年は歩いている。すれ違う際、残念な少年に向けられる人々の目が若干冷たい。
周囲の好奇が入り混じった視線に晒されながら大通りを進む少年は、目的の建物を目の前にして歩みを止める。
「ここが冒険者ギルドか……」
青葉春人はゴブリン爺ちゃんから事前に聞いていた、街の主要施設がある場所を参考にして、冒険者ギルドを目指していた。その理由は……
「白髪オーガの言い分なんて知るか! 此処には、男の夢と希望が詰まっているんだ!」
残念な少年は、マンガで見聞きしたハーレムを夢見て冒険者ギルドにやって来たのだ。
目の前に建つ建物をぼんやり眺める少年。石で造られた三階建ての建物で、見たところ、デザインは元いた世界のヨーロッパの様式に近いものが使われている。重厚な両開き扉を引いて中に入ると、中世の役場を彷彿とさせる受付があるだけの堅苦しい光景が目に飛び込んでくる。
横長のテーブルと簡素な椅子が等間隔に並べられ、ジョッキを片手に煽る赤ら顔の男や堅気とは思えない厳つい風体の男達が屯する、中世の大衆酒場のような場所を想像していた残念な少年は少しショックを受ける。
想像と違った冒険者ギルドの内装をキョロキョロ眺めながら、ゆっくりとした足取りで歩く少年は受付の前で立ち止まる。
受付の向こうには、顔に大きな傷があり、黒い眼帯をした、禿げあがった頭に袖なしの服を着たムキムキの厳ついオッサンが立っていた。
内装に気を取られていた青葉春人は、目の前に立つ男とようやく視線が合う。
「………………チェンジで」
長い沈黙の後、残念な少年は絞り出すように小さな声を出した。
「ん? ギルドに仕事の依頼にでも来たか、坊主」
如何やら残念な少年の発言は聞いていなかったらしい。
「冒険者になりに来ました!」
「……ぷっ!」
ギルド内に響くその元気な発言に対して、笑いを堪え切れず誰かが吹き出す。
現在、青葉春人の持ち物は常備しているボロイ小さな袋のみ。服は修行するとすぐ汚れてしまうので世話焼きの魔女からもらった茶色く薄汚れたシャツとズボンを着用。寄り道など一切せず、鍛冶屋からまっすぐ来た為、武器や防具は全く装備していない。
誰がどう見ても農民。酷ければ貧民である。ギルド内で一部から馬鹿にされている事など全く気付かない残念な少年。
「ふむ。随分若そうに見えるが、お前、歳はいくつだ?」
少年の言葉を額面通りに受け取り、事務的な対応で答えている眼帯の男。
「15です!」
「そうか、なら大丈夫だ。まずこの契約書に目を通してから、下の欄にサインしてくれ。字は書けるか?」
「おう、何か書く物くれ!」
冒険者になる為の必要事項がびっしり書かれた紙をカウンターに置く眼帯の男。一つ一つ読むのは面倒臭そうだ。カウンターに置かれた契約書を手に取り、すぐにペンを走らせようとする残念な少年。
「お前読む気無いだろ。まぁ面倒なのはわかるが、長生きしたかったらちゃんと読め。今日はまだ時間あるし、嫌なら俺が口で説明してやるから」
ため息を溢しながら少年に助言する眼帯の男。厳つい見た目の割に良い奴なのかもしれない。
「だったら、可愛い受付の娘とチェンジで!」
「……ふざけてんのかお前?」
相手の厚意に対して平気で馬鹿な催促をする残念な少年。些細な変化だが、先程まで優しさが垣間見えた眼帯の男の顔は、元の怖さも合わさってより一層険しいものになる。どちらにしても怖い顔のままなので、目の錯覚かもしれないが。
「こう見えても俺はこのギルドのマスターなんだが」
「え? ここってトップが受付に立たなきゃいけない程困窮してるの!」
「ちげぇよ! 話を曲解すんじゃねぇ」
「なるほど。その苦労が祟って毛根が死んだのか―――」
「誰がハゲだ! これはスキンヘッドであってハゲじゃねぇ!」
「……ぷっ!」
受付カウンターを挟んで不毛な争いを繰り広げる二人。ギルド内に響く二人の言い争いに反応して、笑いを堪え切れずまた誰かが噴き出す。
「おい、誰だ、今笑った奴! 表出ろ!」
眼帯の男の耳には届いていたらしい。先程まで他人事の様に働いていた周囲の人間が一斉に視線を明後日の方に逸らす。実際に笑った人間は一人だったが、内心は皆同じ気持ちだったらしい。
「やっぱりハゲなんじゃないか!」
「うるせぇ! 違うって言ってんだろうが!」
「おっちゃん。人生、諦めが肝心なんだよ。………………だぁははははははっ‼」
「悟ったようなこと言った後に、指差して笑うんじゃねぇ!?」
腹を抱えて笑う残念な少年を前に、蟀谷を引き攣かせるだけで何とか怒りを抑え込む眼帯の男。
「ああ、面倒くせぇ! 話が前に進まねぇから、取り敢えず試験を受けてこい」
片手を首の後ろにやり、眉間に皺を寄せて言う眼帯の男。
「冒険者になるのに試験なんてあるの?」
「当たり前だ。仕事には信用が何より大切だからな。とくに冒険者のする仕事は、依頼する方にとっても、受ける方にとっても命懸けだ。簡単に誰でもなれちまったら困るんだよ」
ようやく笑い終えた残念な少年に対して、顔に似合わぬ真面目な対応で答える眼帯の男。先程まで自分の頭を指差して笑っていた男にする対応とは思えない。できた人である。
「ギルドの訓練場いったら、俺と同じバッジを着けている奴に『試験を受けにきた』って言えばすぐに受けられる」
そういって服の左胸に着いたバッジを少年に見えるようにして示す眼帯の男。
「その訓練場ってどこ?」
「坊主から見て右側にある通路を進んだ先だ。気をつけてな」
「おう。ありがとうおっちゃん」
早々に通路に向かって走り出す残念な少年に手を振る眼帯の男。なんとも忙しない少年である。
「……ははは。俺、まだ30手前なんだけどな?」
騒がしい少年がいなくなると、そこには、乾いた笑いを浮かべて手を振り続けるハゲと、何事もなく静かに事務作業に励む人達だけが残っていた。