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鍛冶師としての才能に目覚める勇者?


「冒険者ギルド?」


聞き慣れない言葉に首を傾げる残念な少年。


冒険者ギルドとは、主に害獣駆除や小さな村の防衛等を生業とし、国に仕えている騎士や兵士とは別の形で人民を守っている自治組織だ。


「うむ。事前にラインハルトの訓練も受けていたおかげか、お主の基礎的な能力についてはほぼ出来ていたからな。今は圧倒的に足りておらん実戦経験を積むことが必要じゃ」

「実戦経験?」

「要するに、冒険者になってギルドに来る依頼を受けるということじゃ」

「……おぉ!」


鍛冶屋。外観以上に古ぼけた店の机に片手を乗せる白髪のオーガの言葉に、足の高さが不均一でガタガタと揺れる椅子に座った残念な少年は驚嘆の声を上げる。


異世界から召喚された主人公が冒険者になって成り上がりハーレムを作る。この流れは、青葉春人が読んだ事がある漫画の展開とかなり酷似している。未だ夢物語ではあるが、夢にまで見た酒池肉林の日々が現実として見えてきたことで、残念な少年の口角が上がる。


「急に変な声を出したと思うたら、今度は不気味な顔で笑いおって。可笑しな奴じゃ」


虚ろな目で上の方を見ながら頬を緩ませる残念な少年に深いため息を溢す白髪の化物。


「それで、どうする。ギルドに登録するか? しないか?」

「します! もちろんします!!」

「では、この仕事が終わったらギルドまで行くとするか」

「……え?」


老人の言葉に、思わず振り返る残念な少年。


「まだ続けんの、これ?」

「当然、途中で切り上げられるわけ無かろうが」


少年は今、白髪オーガの指導の下で鍛冶を教わっていた。因みに、青葉春人本人の意志ではない。


「別に俺、鍛冶職人目指してないんだけど」

「いざという時助けになるのは、結局の所こういった自身が苦労して身に着けた技術じゃ。技術は覚えておいて損になることはないからな。将来後悔したくなかったら真面目にやれ」

「偉そうなこと言ってるけど、要は俺に仕事の手伝いさせたいだけだろ」

「…………」


目を逸らす白髪オーガ。それを半眼で見つめた後、少年は目の前にある刃物を手に取り砥石で研いでいく。


数度刃を動かすと、持ち上げてその状態を念入りに確認し、一瞬瞑目して全神経を集中させた後また刃を研いでいく。先程までの馬鹿で阿保な姿は鳴りを潜め、手に持った刃物に注力するその姿はまさに職人の様であった。


「取り敢えず、言われた通りに出来たぞ。見てくれ」


最後に柄を入れて、満足そうに出来上がった包丁を渡す青葉春人。手渡された包丁を暫く眺めた後、白髪の化物は硬直した。


「そんなに酷かった。自分では上手く出来たと思うんだけど」


微動だにしない老人の態度に、少年が言葉を紡ぐが返事が返って来ない。


暫くして、突然動き出した白髪の化物は、手に持った包丁を机に置き、暇そうに椅子をガタガタと揺らす残念な少年の両肩を掴むと、


「お主、勇者なんぞやめて職人を目指せ‼」

「は?」


青葉春人に職人の道を進めてきた。


「ついに見た目だけじゃなく中身まで野生に退化したか、白髪オーガ」

「お主には才能がある! 能力も性格も最悪で他に何の取柄もないが、お主なら最高の職人になれる‼」

「俺の痛恨のボケを無視しやがった。マジで魔物に退化したか。……ていうか、誰が性格も能力も最悪な能無しだと! 言いたい放題言いやがって、言外に職人以外の道全否定すんじゃねぇぞ、こら!」


怒りで顔を痙攣させる残念な少年を無視し、少年の肩を掴んだまま項垂れる白髪の化物。


「ただ包丁一本作っただけで、何をそんなに感動してるんだよ」

「バカモン! これ一本作るのにどれだけの工程があると思っとる! 素人が初見で仕上げまで出来るわけが無かろう!」


若干呆れながら吐いた少年の言葉に反応し、少年の肩からようやく手を放した白髪の化物は、足早に向かった机の上にある包丁を持ち上げる。


「いや、だから白髪オーガのやり方をそのまま真似しただけなんだけど」

「一度見た位で真似られるなら、其処ら中鍛冶師だらけじゃ! 仮に真似たとしても鍛冶は状況や使う素材の状態によって作業が毎回微妙に違うのじゃ、全く同じ事をして上手くいく事はまずない。まして、店に出せるレベルの物が作れる訳がないじゃろうが!」


興奮して捲くし立てる白髪オーガ。


「儂が鍛冶師の修業を始めてから、店を出せるレベルに至るまでどれだけの時間を費やしたかお前に分かるか!」

「え、えっと…………一年位?」

「八年じゃっ! いや、これは騎士団を脱退してからの期間じゃから、実家にいた頃を含めれば十年以上は鍛冶に関わっていたな」


白髪オーガの家は元々鍛冶師の家系であり、彼の鍛冶技術も父親から受け継いだものである。


「儂がまともな包丁一本作れるようになるのに、凡そ一年半はかかった。あくまで、包丁と呼べる物は」

「いやいやいや、そんな一年半は大げさ―――」

「店に出せる物になるまで、その倍以上の時間が掛かった」

「えぇ~……」


白髪の化物が放つ謎の迫力に押され、大きく後ろに仰け反り椅子ごと転倒しそうになったのを奇怪な動きで持ち直す残念な少年。


「俺が言うのもなんだけど、それって白髪オーガが不器用だっただけじゃないの?」

「そういう問題じゃない! 確かに、その者の資質によって修行期間は少なからず変わる。だが、それを差し引いても、一度見ただけで出来るというのは明らかに異常じゃ!」

「……誰が異常者だ、誰が」


白髪オーガの迫力に押されながらも、小さな声で悪態をつく残念な少年。だが、白髪オーガの耳には届いていないようだ。


「一年も修行すれば、間違いなく名工になれる! それだけの資質をお主は持っとる!」

「ちょっと待て、冒険者になるって話は?」

「そんなもん、やるだけ時間の無駄じゃ‼」

「……無駄と言うか、白髪オーガめ」


興奮する白髪の化物とは対照的に、徐々に冷めた態度を見せ始める残念な少年。


「……取り敢えず、作業は終わったから散歩行ってきていい?」

「ああ、構わんぞ。ただし、戻ってきた時に次の工程を教えるからな」

「え? 次はまた体力作りするんじゃ?」

「それは、鍛冶の後にする。せっかくの才能を埋もれさせてはいかんからな」

「…………」


不安定な椅子から立ち上がった残念な少年は、鍛冶の内容も入れた新しい修行計画を頭の中で練っているのか、顎に手をやり険しい顔で考え込む白髪オーガの横を通り過ぎ、すすけた作業場を後にする。


その時、残念な少年の口角が若干上がっていた事に白髪の化物は気付かなかった。



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