表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/172

魔術師団長を育てたのは、一匹のゴブリンだった


「前々からずっと思っとったが、お主………………本当に才能が無いのう」

「うっさいわ! そんなの自分が一番わかってんだよ、こん畜生!」


魔道具店の一室。古ぼけた机の周りに分厚い本が乱雑に並ぶ部屋の中で、青葉春人は半べそをかきながら、妙な図形が描かれた本の一ページとにらめっこをしていた。


「頭の出来はそんなに悪くないと思うのじゃがなぁ」

「……そう?」

「やはり人間性に問題があるのか?」

「魔法にそんなもんが関わって堪るかボケ!」


一瞬褒められたと思い調子に乗れば、すぐ落とされる残念な少年。


「大体、ゴブリン爺ちゃんに人間性とか言われたくない」

「誰がゴブリンじゃ!?」


少年の言葉に目の前に座っていた老人は憤慨して椅子から降りる。少年が本から顔を上げると、老人の姿が消えていた。


「ん? 爺ちゃんすげぇ! 透明人間になれるのか!」

「そんなわけあるか!」


残念な少年の隣には、低い跳躍と共に少年の頭をはたく小さな老人の姿があった。如何やら、机の陰に隠れて見えなかっただけらしい。


小柄な体躯をした老人の名はマクベス。一見ゴブリンの様に見えるが、始まりの街アルバで魔道具店を営む、歴とした人間である。近所で鍛冶屋をしている白髪のオーガ、ランスロットとは彼が騎士団長をしていた頃からの旧友らしい。


「痛いなぁ。これ以上馬鹿になったらどうすんだよ」

「その時は、まぁ救いようもないし首でもくくれ」

「俺に死ねというか! 薄情な爺ちゃんだ」


出会ってまだ日が浅いにもかかわらず小粋な漫才を繰り広げる二人。傍目には本物のお爺ちゃんと孫のようだ。肩をすくめる小柄な老人を尻目に、不気味な笑みを浮かべる残念な少年。


「俺にそんな態度をとっていいのかなぁ、ゴブリン爺ちゃん」

「なんじゃい、喜色の悪い顔しおって」

「ふっふっふっ、これを見ろ!?」


芝居がかった所作で懐に手を入れると、そこから部屋の周囲にある本とは見るからに違う桃色の薄い本を取り出して掲げる少年。それを見た老人は目を見開く。


「なぁ! どこでそれを!?」

「偶然入った部屋の本棚の奥にあった隠し部屋で見つけた」


驚愕する老人は、ただでさえ不細工なその顔を沸々と湧き上がる怒りでより醜くゆがめる。


「くっ、まさか儂のコレクションルームを見つけ出すとは」

「さぁ、このエロ本とその隠し場所を婆ちゃんにチクられたく無ければ、もっと俺を甘やかせ! そして、このエロ本の入手経路を教えろ!?」


頭を抱えるゴブリンのような老人を前に、異世界のエロ本を掲げながら自分を甘やかせと叫ぶ残念な少年。なんとも酷い絵面である。


「大体さぁ、こんなの収集してて、よく人の人間性とか言えたよなぁ、ゴブリン爺ちゃん」

「儂の趣味に口出しせんでくれ。そもそも、人の顔見る度いちいちゴブリン呼ばわりする餓鬼に謂れ等ないわ!」

「でもさ、店にある魔導書の倍以上あったよ、エロ本」

「…………」


少年の言葉に、思わず目を逸らす小さな老人。


この老人。何も見た目だけがゴブリンというわけではない。エロ本の収集という空想上の女体に加え、生身の女性にも並々ならぬ関心を持っている。内面もあの卑しい小鬼に似た所があるのだ。


……もっと分かりやすい言い方をするなら、残念な少年の同類だ。


「そんなことより、魔力操作の続きをせんか!」

「ちっ、後ろめたいからって、話を晒しやがった」

「そそ、そんなわけないじゃろ! それより、ほれ、早くせんか」


目を泳がせて椅子に座る老人を横目に、少年は溜め息をつきながら修行に戻る。


青葉春人は今、ゴブリン爺ちゃんの指導の下この世界で魔法を使うために必要とされる魔力という力の操作方法を学んでいるのだ。


「…………」

「何じゃ、人の顔をじっと見て?」

「いや、一体何をどうしたらこんなゴブリン顔の爺からあんなボンキュッボンの美少女が生まれるのかなぁと、世界の神秘について考えてた。」

「人の顔見て何失礼なこと考えとんじゃ!」

「どっかから誘拐して来たとかじゃないよね?」

「またか! あの子は正真正銘、血の繫がった儂の愛娘じゃと何度言ったらわかるんじゃ!?」


実はこの老人、ペンドラゴン王国の魔術師団長、ミネルヴァの実の父親なのである。


青葉春人がこの事実を知った時は、自分の父親が世界征服を企む悪の親玉だと知らされた時のように「嘘だぁああああ!?」と四つん這いになって泣き叫んでいた。泣き叫ぶ少年を前に、腹を抱えて笑う白髪のオーガと頬が引きつっていたゴブリン爺ちゃんの姿は途轍もなくシュールな光景を作り出していた。


「トンビが鷹を生むどころか、ガマガエルが白鳥生んでるもんなぁ」

「誰がガマガエルじゃ!?」


未だに二人が血の繫がった親子なのか半信半疑の少年。


「あの子が儂と同じ魔術師団長をしていることが何よりの証拠じゃろうが」

「……それが一番信じられないんだよなぁ」


何を隠そうこの老人。昔、ペンドラゴン王国の魔術師団長をしていたのだ。現魔術師団長のミネルヴァは父親であるゴブリン爺ちゃんに魔法を教わったらしい。彼女が今の地位にいるのは、本人の努力もあるが、父親から受け継いだ魔法の才能と教えも少なからず関わっているようだ。


「服装からしてどう見ても魔術師にしか見えんじゃろ」


少年に見せる様にローブの袖を持って手を上げるゴブリン爺ちゃん。老人は普段から襤褸切れの様なローブを愛用している。確かに服装だけ見れば魔術師を連想するだろう。


「どこに不満がある?」

「そりゃ、もちろん。…………顔」


しかし、老人の小柄な体躯と、何よりそのゴブリン似の顔が襤褸切れの様な服をゴブリンの衣装に変身させているのだ。魔術師としての要素を取り入れたとしても、その姿は魔法を使えるゴブリンにしか見えない。


「なんて言ったっけな。そう、ゴブリンメイジだ!」

「誰がゴブリンメイジじゃ! 魔物と一緒にするな!?」


以前、魔術師団長との授業で聞いた、魔法が使えるゴブリンの名称を口にする残念な少年。


「そんなことより手を動かせ、手を!」

「いや、魔力操作なんだから手は関係ないだろ?」

「四の五の言わんとやれっ!?」


憎まれ口を叩く残念な少年を叱咤しながら、ゴブリン爺ちゃんは魔力操作の続きを促した。


その後、諦めた様に少年が大人しく修行を続けていると、部屋の外からゆっくりとした歩調の足音が聞こえてきた。扉を軽く叩く音と共に、お茶の容器と焼菓子を乗せたお盆を手に持つ老婆が入ってきた。


「そろそろいい時間ですし、お茶にしませんか?」


朗らかな笑みを湛えて入ってきた老婆の名は、ヒルデ。ゴブリン爺ちゃんの奥さんである。


頭に乗った尖がり帽子、身に纏う真っ黒なローブと老人と同じぐらいの小柄な体躯、そして鳥の嘴のように尖った鼻から御伽噺に出てくる悪い魔女の姿を彷彿とさせる。一瞬、その手に持ったお茶が怪しい薬に見えてしまうのだから、見た目からくる視覚的影響は馬鹿にできない。


「わざわざすまんのぉ。店の方は大丈夫か?」

「ええ、心配しなくても、さっき落ち着いた所ですよ」


お盆を机に置き、お茶を配り始める老婆。悪い魔女の様な見た目とは違い、淑やかで落ち着いた雰囲気を纏ったお婆ちゃんである。


老人が経営している魔道具店は、忙しい時に手伝いを雇うこともあるが、実質老人と老婆の二人で営んでいた。その為、目を離すとすぐ怠ける残念な少年の指導をしている時は、片方が一人で店番をしていた。夫婦仲は良好で、魔女とゴブリンと、ある意味お似合いの夫婦でもある。


「はい、どうぞ」

「ありがとう、婆ちゃん」

「婆さん、あまり甘やかしてはいかんぞ」


どこか気品を感じる美しい所作で少年の前にお茶を置く魔女。すぐ怠ける少年を諫める様に注意を口にするゴブリン爺ちゃん。この場面だけ見ると、久しぶりに都会から出てきた孫と話す田舎に住む祖父母の様に見える。


「ええ、分かっていますよ。……ところで、お爺さん」

「何じゃ?」

「それは何ですか?」


魔女が上品に人差し指を上げて指示した先には、見覚えのある桃色の薄い本が置かれていた。


「…………」

「…………」


二人の視線がエロ本に集中する。


老人の額からは滝の様に多量の汗が流れ落ちる。


「こ、これはのぉ―――」

「えぇえぇ、分かっていますよ。また、何時もの悪い癖が出たのですよね?」


極度の緊張と焦りから顔を強張らせ視線が左右に動くゴブリン爺ちゃんを前に、先程まで浮かべていた朗らかな笑みとは違う、満面の笑みで老人を見据える魔女。


よく目が笑っていないという表現を耳にするが、本当に目だけが笑っていないというわけではないだろう。例えるなら、今老婆が湛えている一種の迫力さえ感じる笑顔こそまさにそれである。表情だけで老人を威嚇し、完全に会話の主導権を握っている。


魔女が放つ謎の威圧にたじろぎ、冷や汗を流しながら助けを求める様にゴブリン爺ちゃんは残念な少年の方を見る。


だが、先程まで少年の居たはずの場所に彼の姿はなかった。実は、お茶を配る際に魔女が一瞬放った異様な雰囲気を素早く察知した少年は、二人がエロ本に気を取られている隙に魔女が通ってきた扉から逃走していた。




……青葉春人は老人から既に教えられていた。食堂の一件。衛兵に捕まる白髪のオーガを見捨てて隠れていたゴブリン爺ちゃんの姿から少年は学んだ。面倒事からは身を隠す事こそが最良の選択なのだと。


『逃げやがったな、あの餓鬼っ!?』


内心で毒づくゴブリン爺ちゃん。残念ながら、老人がこの場から逃げる術はない。最後の審判の時が近づく。魔女はゆっくりと歩みを進め、後ずさる老人との間合いを詰める。


その日、アルバの街のとある魔道具店から眩い閃光と共に老人の断末魔が響いたという。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ