未知との遭遇は突然やってくる
「着きましたよ」
馬車の中。貴族が乗っていそうな豪華な装いの馬車の中で、体重をかけると少し沈む程柔らかい座席に凭れながら、残念な少年は寛いでいた。
「……着いたってどこに?」
御者台から声をかけてきた鎧の男に、あまりの快適さに半分寝ていた少年、青葉春人は覚醒しきっていない頭で疑問を口にした。
「手紙に書かれていた、目的地ですよ」
御者台から聞こえてくる声に反応する様に、座席から重い腰を上げた青葉春人は馬車に備え付けられた窓から外を見た。抜けきらない眠気から目を擦りながら向けた視線の先には、何処か見覚えのあるボロイ店構えが見えた。
暫く目の前の光景をぼんやり眺めた少年は、深い溜め息を吐いて瞑目すると、ゆっくりと窓のカーテンを閉めた。
「…………馬車、出してもらっていいですか?」
「え?」
再び、柔らかい座席に寄りかかる残念な少年。御者台から疑問の声が上がる。
「あの、此処が目的地じゃないですか?」
「……違います」
「でも、地図には間違いなく此処だと?」
「断じて違います」
言い募る御者台の男に対して、真っ向から反発する残念な少年。思わず、手綱を持つ力が強くなる鎧の男。
「なんでそう言い切れるのですか?」
「俺の野生の勘がそういっています!」
「はぁっ!?」
少年の滅茶苦茶な物言いに、鎧の男の顔が引きつる。
現在。先程まで牢屋に入れられていた残念な少年は、王都ペンドラゴンの騎士団長からの手紙を確認した事で誤解が解けた衛兵達の計らいで、手紙の目的地まで送ってもらっていた。
「私は隊長の命令であなたを目的地まで必ず連れて行くように言われているのです。兎に角、降りて下さい」
「嫌だ!!」
「いいから降りろ!?」
残念な少年のあんまりな態度の所為で、此処に来るまでの間にかなり鬱憤がたまっていた少年の護送を任された男は、遂に我慢の限界を迎えた。
「全く、気が変になりそうだ。何でこんなのを私一人で連れて行かなきゃいけないのだ。貧乏くじにも程があるだろ」
「……ドンマイ」
「お前が言うな! 自覚があるなら少しは黙っていろ!」
出発前、隊長を含めた衛兵達が横一列に並び平謝りしていた兵舎での状況からは考えられない強気な態度で、御者台から降りた鎧の男は馬車の扉を勢いよく開けた。
何時もは仲間内でさえ傲慢さが目立つ隊長から、頼むからこれ以上問題を大きくしないでくれと今までに見たことのない弱気な態度で懇願されていた衛兵だったが、問題しかない少年の在り方が彼の怒りを誘発し、隊長の願いを失念させたらしい。言動も、最初の頃に比べ、かなり砕けている。
「別にいいじゃん、適当な所で下ろして、隊長に『目的地に無事お連れしました!』とか言っとけばいいんだからさ」
「良い訳あるか! 誇りあるアルバの兵がそんないい加減な仕事を出来るわけがない!」
「えぇ~。連れてかれる本人が提案してるのに、この街の衛兵ってみんな石頭なの?」
「いいから、大人しくついてこい」
半ば引きずられるように馬車から外に出た青葉春人は、遂に人気のないボロイ店の前に来た。
「そこで大人しくしていろよ」
「はいはい」
傍で座り込む残念な少年を一瞥した鎧の男は、気を落ち着かせる様に一呼吸置くと少し埃が目立つ店の扉を叩いた。だが、反応がない。
「……おい、誰かいないか」
呼び掛ける鎧の男が再度扉を叩くが、又も反応がない。
「留守なんじゃないの? あきらめて帰ろうよ」
「何処に帰る気だ。黙って待っていろ」
他人事の様に肩をすくめる残念な少年を無視し、しつこく扉を叩く鎧の男。眠気から吞気に舟をこぎ始めた少年を横目に、任務を終えて、この変な奴と早く縁を切りたいという焦りから回数を重ねるごとに扉を叩く強さが増していく鎧の男。最後、古ぼけた扉を壊さんばかりに激しく拳を打ち付けた時、店の中から呻き声の様なものが聞こえた。
次の瞬間、鎧の男は大通りを挟んで向かい側にある細い裏路地に吹き飛んでいった。
店の前に置かれた馬車を素通りし、勢いよく開かれた扉に弾き飛ばされる衛兵。突然起きた映画のワンシーンのような光景を前に、仰向けに飛んでいく衛兵を、口を半開きにした間抜けな顔で見る事しかできない残念な少年。
「誰じゃ、全く、人が二日酔いで寝込んどる時に喧しく戸を叩きおって」
ガタが来ていたのか、先程の衝撃で蝶番が半分外れた扉の前には、一般の成人男性が普通に通れる大きさの入り口を前に身を屈める必要がある程でかく、片手で蟀谷のあたりを押さえて唯でさえ怖い顔をより凶悪に歪めた、見覚えのある白髪のオーガが立っていた。
「………………」
化物の存在に気付いた瞬間、その場で逸早く息をひそめて気配を消した青葉春人。
「ん? 何じゃお前は?」
だが、凶悪な化物にあっさりと見つかってしまう残念な少年。
「……お構いなく」
見つかっても尚、自らが置かれている状況から逃れようとする残念な少年。
「まさか、さっきから扉をバンバン叩いとったのはお主か?」
「違います」
白髪のオーガの問いに対して即答で返す少年。
「……ん? お主のその頭……」
「何か気に障りましたか! 一本残らず抜きます!?」
何故か髪の毛を掴み引き抜く姿勢を取る残念な少年を無視し、少年の髪を見ながら蟀谷を押さえていた手を顎にやり、何か考え込む化物。
「この国でも珍しい黒髪……。 お主、もしかしてラインハルトが言うとった勇者か?」
「へ? あぁ~~~………………違います」
こうして、始まりの街アルバを訪れた残念な少年は、本人の意思とは関係なく、目的の人物と無事(?)に出会うことになった。
余談だが、この日アルバの街では、真夜中に馬車を引くボロボロの鎧を着た血塗れの兵士の亡霊の目撃情報が兵舎に多数寄せられた。住民の間では、遠い昔あった魔族との戦いで戦死した兵士の亡霊ではないかと噂されたが、何故か同じ日に重傷を負い診療所に運ばれたとある衛兵の同僚達は笑いを噛み殺しながらその対応をしたらしい。