緊急取調室と残念な少年
「もう一度聞く。これを何処で手に入れた」
兵舎の一室。木で出来た机と椅子があるだけの簡素な部屋の中で、青葉春人は鎧を着た険しい顔の男達に囲まれていた。
机の向かい側に座っていた男が、重苦しい空気の中、静かな声音で質問する。机の上には、残念な少年が持っていた薄汚い袋と、その中身が全て置かれていた。
この袋は、青葉春人が王都から持ってきた袋ではなく、この街で荷物を盗んできた男を逆に襲撃し、盗み返して手に入れた品であった。
「路地裏に潜んでいた人相の悪い人達から強奪しました」
「嘘を吐くな!」
少年の言葉に反応し、机に向かって激しく拳を叩きつけながら食堂で隊長と呼ばれていた衛兵は叫んだ。
残念な少年は困惑していた。先程から、同じ質問を何度もされているのだが、正直に答えている筈なのに、詰問してくる衛兵はもちろん、周囲を取り囲む衛兵も含め、少年の言葉を誰一人信じてくれない。
「君みたいな子供が一人でダウトワールに勝てるわけがない」
「タウンワーク?」
「ダウトワールだ!」
ふざけた態度で首を傾げる残念な少年の発言を、いらだたし気に訂正する衛兵。
ダウトワールとは、最近始まりの街の中で悪さをしている集団の名前で、事件の内容はひったくりや空き巣等が殆どだが、被害の件数が多いにも関わらず足取りを全く掴ませない手口の巧妙さからアルバの衛兵達の間で指名手配されていたのだ。
……ここで、考えてみてほしい。街に来たばかりのひ弱そうな少年が、衛兵が危険視している屈強な男達をたった一人で襲撃し、金品を強奪したという、倫理的にも常識的にも可笑しい話をされて、その人達は信じることが出来るだろうか。
まず、信じないだろう。
「だから、さっきから言ってるだろ! 怪しいオッサン達から強奪したって! そんなことより何か食わしてくれ!」
「何処にそんな証拠がある!」
「オッサン達を捕縛した場所なら教えただろ! 勝手に確認しろよ! 大体、この物品がその証拠じゃないのか!? 頼むからカツ丼くらい出してくれよ‼」
詰問する衛兵と相対する様に、薄汚れた袋を指差して泣きながら叫ぶ残念な少年。青葉春人が牢屋に入れられてから既に一晩経っていた。その間、少年は何も口にしていない。
「確認ならとった。しかし、君の指定した場所には誰かが拘束されていたような形跡は一切なかった」
「えぇ~」
衛兵の言葉に力なく肩を落とす残念な少年。
「いい加減はっきりさせよう。我々は、君がダウトワールの一員だと考えている」
「は?」
机の上で両手を組み合わせ一際険しい顔になる衛兵。重苦しい空気の中、発せられた突拍子もない発言に目を丸くする青葉春人。
どうやら、衛兵達の中では、残念な少年は悪党達の仲間だと思われているらしい。
「荒唐無稽な話で我々を煙に巻こうとしているようだが、そうはいかない。我々アルバの兵は王都ペンドラゴンの騎士の中でも精鋭と呼ばれた者の集まりだ、騙されはしない。正直に答えるなら、直ぐに釈放してやろう」
「……あんたらって、馬鹿なの?」
真面目腐った顔で語る衛兵に対して、思わず本音を口にしてしまう残念な少年。
「何?」
残念な少年の言葉に反応し、睨みを利かせる周囲の衛兵達。
「一応聞くけど、そう思った証拠って何?」
「届出のあったこの盗品を君が所持していたことが何よりの証拠だ‼」
机の上に並べられた品々を指差して叫ぶ衛兵。
「度重なる犯行の対策として、街中の警備を強め、被害があれば即座に届け出る様に徹底していた我々の成果だ!」
にんまりと口角を上げ、胸を張る衛兵の男。
…………ぐぅぅぅ~~~
椅子から立ち上がり威張る衛兵だったが、険しい顔の男達に睨まれながらも平気で腹の虫を鳴らす緊張感のない少年を前に、思わず呆然とする。
「はぁ~。さっきまでは、俺って滅茶苦茶ついてると思ってたんだけどなぁ。もしかして、あの糞イケメン金髪人殺しリア充騎士団長の言うこと無視した罰が当たったのかねぇ」
周囲の空気などお構いなしに、急に自分語りを始めた残念な少年は片手で腹を摩りながら空いた方の手で懐から一枚の紙を取り出すと、徐にその手紙を見つめた。
その時、室内に響く残念な少年が発する緊張感の感じられない腹の虫の音に呆れていた衛兵の一人が、少年の持つ手紙に気付き目を見開く。
「た、隊長っ‼」
「ん? どうした?」
突然上がった部屋の隅に立つ衛兵の叫びに、思わずその衛兵の顔を見つめる隊長と呼ばれた男。その額から大量の汗を滴らせる衛兵の姿に、焦りを感じたのか、他の衛兵達も動揺し始める。
「そ、その、少年が持っている手紙なのですが……」
「手紙?」
衛兵の言葉に反応し、周囲の視線が今も空腹を堪えている少年の手にある手紙に集中する。
「…………あ」
何かに気付いたある者が、小さな声を漏らす。誰かが思わず漏らしたそのか細い声に触発されたかのように周囲の衛兵達の額から汗が伝いだす。既に、衛兵達の顔からは先程まであった喜色も優越感も険しさも消えていた。
彼らの視線は少年の持つ手紙の裏に描かれた絵に注がれていた。それは、半楕円形の中に聖剣や宝剣と呼べそうな豪華な剣を中心に据えて描かれた厳かな絵。
「これは、ペンドラゴン王家の紋章‼」
緊張した面持ちの隊長が発した言葉に、内心の動揺が伝わる様に衛兵達も僅かに騒めき始める。
「貴様! その手紙を何処で拾った!?」
動揺を見せ始める周囲の空気を換える為に机を両の手で激しく打ちながら、隊長は残念な少年を問い詰める。
「え、これ? 別に拾った訳じゃなくて、此処に来る前の街で、特訓という名の恐ろしいいじめを俺に強いてきた、血も涙もない冷血人間からもらったんだけど」
「は? 何者だ、そいつは?」
「ペンドラゴン王国の騎士団長」
今尚腹の虫を鳴らす能天気な少年の発した言葉に、その場にいた衛兵達は一斉に表情が強張った。まるで、先程まで凶悪犯の仲間だと思っていた者が、実は自分達の上司より遥かに高い地位に立つ人間だったと気づいてしまったような雰囲気だ。
威丈高だった隊長の視線が、まるでオリンピックの競泳選手の様に激しく左右に動く。
「…………おいっ! 誰か、今すぐ確認に行け!」
数瞬の後、切羽詰まった面持ちをした隊長は、部屋の外にまで響くように必死な声を張り上げた。