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因果応報とはよく言ったものである


ガシャンッ。


目の前で無情にも閉められた鉄格子の扉を見やり、沈痛な面持ちで床に体育座りをしていた残念な少年は、誰にも聞こえない様なか細い声でぼやく。


「――どうしてこうなった」


始まりの街アルバにある衛兵が集まる兵舎に設けられていた牢屋の中で、鉄格子の向こう側で揺れる頼りない蝋燭の火をぼんやり眺めながら、青葉春人は此処に来るまでの経緯を思い出していた。









事件の発端は、少年がとある食堂で食事をする所に迄遡る。


見知らぬ男達から金銭を巻き上げた残念な少年は、宿屋に行く途中で小腹が空き、偶々通りかかった活気あふれる食堂に、匂いに誘われるように入っていった。


店内は冒険者を彷彿とさせるようなガタイのいい男から小綺麗な服を着た貴族風の男等、多種多様な人種が犇めき合っており、それだけ多くの人が立ち寄る程に人気のある店なのだと窺えた。賑わう人々の熱気に押されながら、ウェイトレスと思われる女性に案内されて、唯一開いていたカウンター席の一つに腰掛けると、周りの空気に当てられた残念な少年は、案内してくれた女性に対して、


「お勧めをお願いします!」


とメニューを見ずに少しカッコつけながら注文した。一般の女性なら失笑する筈の態度だが、其処はプロ、ウェイトレスは流石になれた態度で「畏まりました」とにこやかに告げて店の奥に消えていった。


「全く、最近の若いモンは根性が足りん!」


途中まで、可愛いウェイトレスさんの揺れる形の良いお尻を目で追っていた残念な少年は、ジョッキをカウンターに叩きつけながら叫ぶ隣の席の男に驚き、思わず視線を移すと、そこには化物がいた。

白髪を角刈りにし、少年が金を巻き上げた男達が可愛く思える程に恐ろしく、軽く数十人以上は人を殺していそうなヤクザの様な人相で、白い髭と深い皺の目立つ顔から一見老人のように見えるが、老人と呼ぶにはあり得ない筋骨隆々の肉体を持った化物がいた。少年の頭の中で、ゲーム等で見たオーガという魔物の姿を彷彿とさせた。


酔っているのか若干赤くなっている顔を視認した残念な少年は、関わり合いにならないよう、直ぐに隣の化物から視線を逸らした。


「おい、流石に飲み過ぎじゃぞ。いい加減やめたらどうじゃ」

「何を言っとる! この程度で儂が酔うわけがなかろうが!」


何処からか聞こえてくる嗄れた声に筋骨隆々の老人は若干の怒気を含ませながら答える。


「立派になった一人息子から久しぶりに連絡があって嬉しいのは分かるが、幾らなんでも浮かれ過ぎじゃぞ」

「別に嬉しくないわい!」


照れているのか、反論しながらもジョッキを傾ける頻度が増える筋骨隆々の老人。


「マスター、おかわり!」


ジョッキを空にした老人は、いつの間にかカウンターの奥に立っていたサングラスを掛けた色黒の男にジョッキを持った手を向けながら言った。


「勘弁して下さいよ! いつもみたいに悪酔いして暴れられたらこっちは堪ったもんじゃないんだから!」


マスターと呼ばれた色黒の男は、サングラスをかけた強面の顔に似合わぬ青い顔をして悲痛な叫びを上げた。


「大丈夫じゃ! 最後に一杯だけ、なっ! 頼む!」

「はぁ~。本当にこれで最後にして下さいよ」

「いつも迷惑を掛けてすまんのう」


溜息を吐くマスターに、筋骨隆々の老人の隣から嗄れた声の人物が申し訳なさそうに謝罪している。

丁度その時、


「お待たせしました!」


と騒がしい店の中でもよく通る声を出してやって来たウェイトレスがトレイに乗せていた料理を青葉春人の前に置いた。


「おおぉ!」


目の前のカウンターに置かれた料理に、少年は思わず感嘆の声を上げる。


王都で食べていた豪華絢爛な料理とは違い、素朴だが食欲をそそる見た目に美味そうな匂いを漂わせる料理を前に、残念な少年は口の端から垂れそうになった涎を飲み込んだ。


その際、隣に立つウェイトレスが料理の説明を軽くしていたが、残念な少年の耳には全く届いていなかった。


「ではでは、さっそく、いっただっきま~す!」


料理に気を取られ、諦めた様に去っていくウェイトレスの存在に気付かなかった残念な少年は、気色の悪い笑みを浮かべながら手をすり合わせ、料理に手を付けようとした。


だが、そのとても美味しそうだった料理は少年の口に入る前に、隣からカウンターの上を滑りながら飛んできた男によって全てが床に落ち、見るも無残な姿になり果てた。


「…………へ?」


思わぬ事態に思考が停止する残念な少年。何が起きたのか状況を整理しようと少年が再起動しようとしている横では、仁王立ちしている白髪の化物が冒険者風の格好をした男の頭を鷲掴み、片手で軽々と持ち上げていた。


「お願いですから店の中で暴れないでください!」

「人が楽しく飲んどる時に、喧嘩を吹っかけてきたのはこいつらじゃぞ!」

「ひぃ!」


泣きそうな顔で必死に化物を止めようとするマスターに対して、赤い顔の老人は片手で持ち上げている男を睨みながら怒気を孕んだ声を上げる。白髪の化物が全身から放つ怒気に冒険者風の男が小さな悲鳴を上げる。


「やれやれ、また始まってしもうたか」


漸く持ち直した残念な少年は、溜息混じり聞こえてきた嗄れた声のする方に視線を向けると、そこには襤褸切れを着たゴブリンが腰かけていた。一見、成人男性の半分の体躯しかない小柄な老人に見えるが、フードのついた襤褸切れの奥から覗くその顔は、人間と同じ肌の色を除けば、ゲーム等で見たゴブリンと全く同じ人相をしていた。


諦めた様に肩をすくめたゴブリンが席から降りると、テーブル席の並んだ方に片手に持った男を投げ飛ばす白髪の化物を見据え、小さな声でブツブツと何かを囁くと、白髪の化物に向かって手の平を向けた。すると、冒険者風の男の仲間なのか、腰を抜かして倒れているバンダナを頭に巻いた男の胸倉を白髪の化物が掴んだ瞬間、化物が前のめりに倒れた。


「ありがとうございます! おかげで助かりました!」


化物の下敷きになり呻き声を上げているバンダナの男を引きずり出そうとするマスターがゴブリンに向かって恭しく礼をする。先程まで、


『人の街に魔物が住み着くなんて珍しいなぁ』


と失礼極まりない事を考えていた残念な少年は、この時、魔物にしては不自然と思えるマスターの丁寧な対応から、目の前にいる人物は、見た目はゴブリンだが人間であり、唯の小柄な老人なのだと漸く理解した。


「気にせんでいい。寧ろ、毎度連れが迷惑をかけてしまってすまんなぁ」

「いえ、お二人はうちの常連ですし、何より、私の命の恩人ですから。ですが、さすがにお酒はちょっと控えてほしいですね。他のお客様にもご迷惑ですし」


申し訳なさそうに言う小柄な老人に、苦笑いを浮かべて答えるマスター。如何やら、この二人の老人はマスターの知り合いで店の常連らしい。


「本日は、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。被害に遭われたお客様は新しく作り直しますので少々お待ち下さい」


バンダナの男を助け起こしたマスターは、気を失っている男を壁際に寝かせると、店内に響く声を発しながら、怖い見た目からは想像できない懇切丁寧な対応で店内の客達に謝罪した。


「……はぁ、勿体無い」


店内を走り回る店員達を余所に、床に落ちてしまった料理を見て指をくわえる残念な少年。


「……何とか食えないかな」


偶々カウンターの上に残っていたフォークを手に持って地べたに座り込みながら考える残念な少年が、つい床にぶちまけられた料理に手を伸ばそうとした時、バンッ、という大きな音を立てて店の扉が開かれた。


「衛兵だ! 店内で暴れている者は大人しく投降しなさい!」


先頭に立ち名乗りを上げた男と共に、西洋の鎧姿の男達が店の入口に雪崩れ込んできた。

突然の事態に慌ててマスターが最初に入ってきた一番豪華な鎧を着た男に話しかける。


「いったいどうされたのですか?」

「先程、大男が店内で暴れていると報告があり駆けつけたのだ」


マスターの問いに対して、事務的に返答する衛兵。


「それはご苦労様です。ですが、その件はもう解決しましたのでお帰り頂けますか?」

「申し訳ないが、そういうわけにはいかん」

「え?」

「規則として、街の中で他者に危害を加えた者は処罰される決まりになっている」


面倒を避ける為、問題は既に解決したと事情を説明しお引き取り願おうとするマスターに、聞く耳を持たない頭の固い衛兵。


「いや、ですから――」

「隊長!」


食い下がろうとするマスターの言葉を遮り、衛兵の一人が声を上げる。


「どうした?」

「報告に合った特徴と酷似する人物を発見いたしました」


衛兵は、うつ伏せに倒れている白髪の老人の傍に立ち声を上げた。


「よし、直ぐに連行するぞ!」

「だから、ちょっと待って――」

「「「了解しました!」」」


止めに入るマスターの声を無視し、衛兵が数人がかりで白髪の老人を抱えて店の外に連れ出した。その時、連れである筈の小柄な老人は、まるで他人事の様に連れ出される老人から視線を逸らし、周囲に気付かれない様にカウンターの奥に身を潜めていた。何とも薄情な爺である。


「何かまた騒がしくなったな」


他人事の様に事の顛末を見ていた残念な少年。


……少年はこの時、自分の取った行動を深く後悔することになる。なぜ、もっと早く店を出なかったのか。そして、なぜ、小柄な老人の様に身を隠さなかったのかと。


この時、一人の衛兵の上げた声と共に、店内には残念な少年とって不穏な空気が流れ始めた。


「隊長!」


少年の傍に立っていた衛兵が声を上げた。


「どうした?」

「これをご覧ください」


少年の傍に立っていた衛兵は、隊長と呼ばれた豪華な鎧姿の男にある袋を渡した。それは、先程まで残念な少年が肩に担いでいた荷物であった。


「何だ? ……これはっ!」


怪訝な顔で受け取った薄汚れた袋の中を確認していた隊長は、ある品に目が留まったのか、みるみる表情が険しくなる。


「……どこで見つけた?」

「はっ! この少年が所持しておりました!」


難しい顔で発した隊長の問いに、衛兵は気持ちの良い返事と共にある一点を真っ直ぐに指差して答えた。

彼の指し示す先には、惚けた顔で衛兵達を見上げる間抜けな少年がいた。


「……」

「……」


フォークを口にくわえた残念な少年に鋭い視線を向けながら、何故か沈黙する衛兵達。少年を指差した衛兵に周囲の視線が注がれる。その眼には、本当に此奴で間違いないのか、という疑いの感情が見て取れた。


突き刺さるような周囲の目に、一人の衛兵は、落ち着いた態度で首肯することで答える。


「……まず、事情を聞こう。連れていけ」


隊長と呼ばれた男の端的な言葉に反応し、いつの間にか青葉春人の隣に立っていた二人の衛兵が座り込む少年の両側から腕をしっかり押さえると、残念な少年を持ち上げた。


「え、なに?」


状況の変化についていけず首を振りながら頻りに両隣の衛兵を見る残念な少年を無視し、二人の衛兵は少年を連れて歩き出す。


「いや、ホント、二人共ちょっと待って、一口で良いから。……頼むから飯食わせて~!」


無表情で店を出る二人の衛兵に、少年の空しい叫びは届かなかった。


結果、冒険の始まりにして新しい街に着いた記念すべき日、異世界に来て初めて、残念な少年は一日を飲まず食わずで、過ごす事になった。


そして、よくわからないまま兵舎まで連れてこられた青葉春人は、時間まで大人しく待つようにとだけ言われて、牢屋に入れられてしまった。


「ぐぅぅぅ~~」


物寂しい石の牢屋の中には悲しい腹の虫だけが泣いていた。




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