エピローグ【残念な少年の旅立ち】
「漸く来たわね」
待ちくたびれたと言わんばかりに嘆息する南里輝夜。
城門の前。旅立ちの為に用意された荷馬車の前には、三人の勇者達と数名の騎士、そして、戦い方と魔術の師でもある二人の団長が立っていた。
「ごきげんよう諸君! 出迎えご苦労!」
「偉そうに言うんじゃねぇ‼」
何処か物悲しい雰囲気にも拘らず、周囲の空気等ものともしない、残念な少年のあっけらかんとした態度に、何時もの様にツッコミをする西場拳翔。
「あれ程問題は起こすなと注意したのに、君という男は……」
残念な少年、青葉春人を見やり、深いため息を溢す騎士団長。
「どうかしましたか、騎士団長?」
頭を抱える騎士団長、ラインハルトの態度に首を傾げる残念な少年。
「どうかしたかじゃないよ、まったく。先程報告があった。君、また王様に悪戯を仕掛けただろ?」
「……何のことでしょうか?」
「とぼけても無駄だよ。君が今迄行ってきた悪戯と手口が一致しているからね」
「模倣犯の可能性は?」
「どこの世界に玉座から大音量の屁の音がする魔方陣を仕掛けるなんて、命懸けの馬鹿をする人間がいると思っているのだ‼」
白を切る残念な少年を前に、声を荒げてしまう騎士団長。現在、城内では怒り心頭の王様を宥める為に人員の多くが出払っている状態にある。
「辺りが妙に騒がしいと思ったら、そんなことになっていたのですね」
「糞金髪ヘタレリア充勇者も来てたのか」
「だから、その変な綽名を流行らせようとしないで!」
残念な少年の物言いに、ツッコミで返してしまう東正義。
「ところで、ビッチさんの姿が見えないんだけど?」
「……青葉君が、それを言う?」
同郷であり、出迎えに来ている勇者達の中に姿のない事に疑問を感じ、質問する青葉春人を冷めた目で見る東正義。彼の綽名とは違い、ビッチという呼称ですぐ誰の事か理解される程度には、ビッチ勇者という綽名は一晩で周知の事実となっていた。
「北見さんは交流会の時のショックで、部屋に閉じこもっているよ」
「ふ~ん」
「……どうでもいいみたいな顔しているけど、一応、青葉君にも責任はあるからね!」
鼻を穿りながら話を聞く残念な少年に、頬が引き攣る金髪リア充。
「そういえば、彼女から伝言を預かっているわ」
「伝言?」
話に割り込んできた南里輝夜の発言に首を傾げる残念な少年。
「そう。彼女からどうしても貴方に伝えてほしいと頼まれていたの」
「ほうほう、つまり、愛の告白――」
「死ね! ……以上よ」
「酷‼」
残念な少年の馬鹿な発言を遮り、何故か嬉しそうに北見梨々花の言葉を伝える南里輝夜。
「……なんというか、随分と嬉しそうですね、輝夜様」
「だって、漸く見たくもない馬鹿が目の前からいなくなるのよ、これ程素晴らしいことはないわ‼」
「うわぁ、どっかの誰かさんと同じ事言ってる」
喜色満面に叫ぶ輝夜様を前に、謁見の間での王様の姿を幻視し、後退さる残念な少年。
「……う、うぅぅぅ」
先程から一言も発せず、蹲りながら呻き声を上げる魔術師団長、ミネルヴァは突然立ち上がると、涙と鼻水を垂らしながら青葉春人の両肩を掴んだ。
「ば、る、ど、ぐ、ん゛‼」
青葉春人の両肩を掴んだまま前後に強く揺すり始める魔術師団長。
「向こうに着いたら絶対に手紙を下さいね! 危なくなったらすぐに逃げてくださいね!お金は大切に使ってくださいね! 怪しい人について言っちゃだめですよ! それから、それから――」
「あああぁぁぁ~、脳が震える~」
延々と紡がれる魔術師団長の心配の言葉を耳にしながら、謎の浮遊感と脱力感を味わう残念な少年。
「落ち着けミネルヴァ、もうそれぐらいにしておけ!」
堪り兼ねて止めに入った騎士団長のおかけで、目を回す事態には陥らずに済んだ。
「……大丈夫か?」
「……問題なし」
「最後の最後まで、本当にごめんなさい!」
少々足取りが怪しい残念な少年を前に、少年を気遣う騎士団長と泣きながら頭を下げる魔術師団長。
「そんな事より、始まりの街『アルバ』ってどんな所なんだ?」
残念な少年の状態を無視し、彼の目的地である街について疑問を口にする西場拳翔。
「そんな事とはなんだ! お前らは俺をもっと労え!」
「……アルバは大昔、人族と魔族の争いが最初に始まった場所と言い伝えられていて、この国が建国される以前から人々が住み着いていたとされているんだ。その為、この国が治めている地域の中では、最も長い歴史を持つ場所だよ」
残念な少年の言葉を無視し、淡々と目的地の説明をする騎士団長。
「因みに、私とラインハルトが育った故郷でもあります!」
「えぇ!」
ローブを押し上げる豊かな胸を張る魔術師団長。胸を凝視する残念な少年の鳩尾に肘を入れ、南里輝夜は驚きの声を上げる。
「ということは、お二人は幼馴染なんですか?」
「そういえば、話したことがなかったね。僕とミネルヴァは幼い頃よく一緒に遊んでいた幼馴染なんだ」
「…………はああぁぁぁ!!!!!」
質問を投げかける金髪リア充に騎士団長が答えると同時に、突然、残念な少年が叫び声をあげた。
「お前ふざけんなよ! 不特定多数のご婦人方に言い寄られておきながら、こんなナイスバディの幼馴染がいるとか、今すぐ爆発しろ! このリア充騎士‼」
「君が何を言っているのか、何一つ理解出来ないのだが……」
何故が激情する残念な少年を見やり、ポカンと口を開けて呆けてしまう騎士団長。
「ラインハルトさん。只の僻みですから聞き流していいです」
「馬鹿の言う事をいちいち気にしていたら実が持たないわ」
「そうそう。こういうのは、聞き流すのが一番いいんだよ」
「……それもそうだね!」
今迄の共同生活の中で、少なからず残念な勇者の言動に対して耐性のついてきた三人の勇者は騎士団長を気遣う言葉を投げかけながら、お互いに目線を合わせ、残念な少年は無視することが最善の策だと心の中で通じ合った。
「おいこら、人の事を無視して納得するなよ」
その原因である残念な少年は、彼らの態度に対して喚いている。これから旅立つ筈なのに、いつの間にか、蚊帳の外に置かれていた。なんとも哀れである。
「アルバでは私の家が魔道具の店を営んでいて、隣の鍛冶屋さんに暮らしていたラインハルトとよく遊んでいたの」
昔を思い出すように語り出す魔術師団長。この時点で、残念な少年の存在は完全に忘れられている。
「私はもともと孤児でね。身寄りのなかった私を、鍛冶屋をしていた親父が育ててくれたんだ」
「へぇ。そうだったんですか」
残念な少年が作り出した今迄の混沌とした空気が嘘の様に、昔話に花を咲かせ、雑談を楽しむ二人の団長と三人の勇者。
暫くの間和やかな空気の中で談笑していると、騎士団長の肩を誰かが叩く。
「団長。お話し中に申し訳ありません」
騎士団長の部下である、騎士の一人が困り顔で言う。
「どうした?」
「その、大変申し上げにくいのですが、先程、青葉春人殿が出発いたしました」
「…………はぁ?」
言葉の意味が分からず困惑する騎士団長に対して、目の前にいる騎士は無言で城門の方を指差す。
そこには、既に開かれ、今にも閉じようとしている門があった。そして、周囲には、今迄あったはずの馬車が見当たらない。
「お止めしたのですが、俺の事なんてどうでもいいんだ、などと仰って聞き入れてもらえず」
「……そうか」
狼狽える部下の言葉に頭を抱える騎士団長。
「それと、もう一つ……」
「……まだ何かあるのか?」
「はい、出発の際に青葉春人殿から伝言を預かっております」
苦虫を嚙み潰したような顔で聞き返す騎士団長。
「なんだ?」
「はい、その、お前らを呪ってやる、と」
「…………ぷ、あははははは」
騎士の言葉を盗み聞き、思わず笑い声をあげる西場拳翔。
「どんだけ馬鹿なんだよ、あいつは!」
「全くよ。心配して見に来た私達まで馬鹿みたいじゃない」
「やっぱり、南里さんも心配だったんだね」
「……その金髪焼くわよ」
何故か和やかな空気を漂わせる三人の勇者達。彼らが此処に来たのは、自分達にとって見知らぬ土地で、しかも唯一人で危険な旅にでる同郷であり、同じ学校の学友であった彼を心配して見送りに来ていたのだ。
王宮での生活で少しずつ世界の文化を知ることが出来たが、それはあくまで、騎士等の多くの者達に守られながら知ったことで、魔物や魔族といった多くの危険や知らないことがまだまだある。そんな中で、一人放り出されるのだ、心配にもなるだろう。まして、他人事ではなく、時が来れば、次は自分達の番なのだ。そして、もし彼が不安で、旅立つことを拒んだ時は、周囲の者達に反対されても助けるつもりでいたのだ。いざという時は、自分達も旅についていくつもりで。
「心配して来たのに、出迎えご苦労、なんて言うから、肩の力が抜けたよ」
「しかも、あっさり旅に出やがったしな。あいつには緊張感とか恐怖心って物がないのか」
何処か呆れた様に溜息をつきながら、見つめ合う三人の勇者。
「もう旅立ってしまったし。気持ちを切り替えて、今は私達の事を考えましょう」
「そうだな。それに、あいつの場合、なんだかんだ言って生き残りそうだしな。正直、あいつの命より、迷惑かける旅先の奴らの方が心配だ」
「それは言えてる」
笑いあう三人の勇者は、頭の可笑しい少年の残念な旅路を想像しながら城の方に歩みを進めた。
「認めたくないが、結果的に、ここに来たばかりの頃より勇者達が明るくなったのは、彼の功績だろうね」
笑いあう三人の勇者を見ながら、困惑から復帰した騎士団長は告げた。
「そうよね、それよりハル君。春人君に宿泊先の事、伝えなくてよかったのかな?」
「…………」
部下の騎士達も城に戻り二人きりになった為、いつも通りの呼び方で接する魔術師団長の問いに沈黙で返す騎士団長。
「一応、馬車の中には旅先での指示が書かれた手紙を入れていた筈だ、それが確認されることを祈ろう。全く、最後まで手のかかる男だ」
「うふふ。ハル君、本当に小さな子供をあやす先生みたい」
「ミ、ネ、ル、ヴァ!」
朗らかに笑う姿を見て腹が立った騎士団長は、魔術師団長の頬を抓った。
「いたい、いたい!」
「全く。先代の騎士団長には、私の時以上の迷惑を掛けそうだ」
痛がる幼馴染を無視しながら、旅先で残念な少年が迷惑をかける人物を思い、ラインハルトは独り言を口にした。