旅立ちは屁の音と共に
「よくぞ来た、異世界の勇者よ!」
謁見の間。深紅の絨毯の敷き詰められた厳かな空間で、国王陛下を前に、青葉春人は膝を折っていた。落ち着きのない普段の少年からは想像もつかない、凛々しい姿であった。
玉座の前に立つ王様は、少年の態度に満足そうにすると、玉座に腰掛けようとする。その際、一瞬、不安気に座面を撫で、安心した様に玉座に腰掛ける姿に、謁見の間で立ち並ぶ兵士達は首を傾げた。
「知っての通り、今日はお主の記念すべき旅立ちの日だ! 同胞の勇者達を退け、逸早く魔王討伐の機会に与れる幸運を喜ぶがよい!」
「……ありがたき幸せ」
初めて対面した時より何故か喜色満面に声を大きくしている王様を前に、青葉春人は騎士団長に、この言葉以外を口にするな、と釘を刺された言葉を淡々と紡ぐ。
「まず、お主には、この世界の歴史において人族と魔族の争いが始まった場所、始まりの街『アルバ』に向かってもらう。その街で最近目撃されている魔族を討伐してもらいたい」
「……承知いたしました」
日頃の無礼極まりない態度が嘘の様な礼儀正しい青葉春人の態度に、一層機嫌を良くする王様。
「役に立たん勇者を召喚してしまった時はどうしようかと思ったが、これからお主の顔を見なくて済むとなると、清々しい気分になるな!」
思わず立ち上がり、つい本音が出てしまう王様。
その際に周囲の者達が知覚できない程、極僅かに、残念な少年の眉が動いた。
「……陛下」
「おっと、すまなかった。許せ」
傍に控える側近の家臣に諫められ、形だけの謝罪をする王様。
「とにかく、お主の健闘に期待する。さぁ、魔王討伐の為に旅立つがよい!」
「……失礼いたします」
誰が見ても腹の立つ王様の慇懃無礼な立ち振る舞いに、終始淡々とした言葉を紡ぐだけで留まる青葉春人。
重厚な扉の両端に並び立つ兵士に促され、謁見の間を後にする青葉春人を目で追いながら、満足したように頷く王様。
「些か考え深いものがあるが、障害となっていた邪魔者が消え、漸く本来の目的の為に動くことが出来るな!」
「はい、陛下」
魔王の討伐。そして、落ちてしまった自国の権威の向上の為。自身が望む未来を空想して笑みを零す王様は、目を閉じてゆっくりと玉座に腰掛けた。
「ブウゥゥゥ‼」
その時、謁見の間に空気の抜けるような大きな音が木霊した。
謁見の間に響いた気の抜けるような変な音に、先程まで陽気だった空気が一気に凍り付く。そして、音の出所を探そうと、王様の座る玉座に、謁見の間にいた全ての者達が一斉に視線を向ける。
周囲から降り注ぐ冷たい視線と玉座から発せられた音に、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして凍り付く王様。家臣達の視線を一身に受けながら、王様はそっと腰を浮かせて座面を見ると、先程はなかった筈の魔方陣が描かれていた。
「…………あのクソ勇者がぁぁぁ!!!!!」
玉座から発せられた不可解な音の犯人が誰なのか理解した王様は、先程までの笑みが嘘の様に、怒りを露にし、城中に響き渡る怒号を上げた。