マッチョ君と輝夜様は残念な少年の夢を見る
「天然誑し」
交流会の会場。城のすぐ傍に設けられた大きな屋敷。貴族達が飲み食いしながら会話を楽しむ場所で、バルコニーを見つめながら南里輝夜は言った。
「あれは仕方ないだろ」
抱き合う第一王女と東正義を見ながら、西場拳翔は言った。
「ああなるまでに幾らでも対処できたでしょ」
「……お前もしかして妬いてるの?」
「消し炭にするわよ」
冗談を言う西場拳翔に、何処からか取り出したお祓いに使うお札の様な物を指で挟みちらつかせる南里輝夜。
「お前、それシャレになってねぇぞ!」
「馬鹿が馬鹿なことを言うからよ」
動揺するマッチョ君を一瞥すると、手元からお札を消す輝夜様。
現在、この二人は言い寄ってくる異性に対処するために協力関係を結び、一緒に行動することで、自分達の容姿に釣られてくる貴族を避けているのだ。
「それにしても、貴方、最初の頃よりずいぶん丸くなったわよね」
隣に立つ西場拳翔を見ながら、考え深そうに言う南里輝夜。この世界に召喚された時に比べ、彼の態度は随分と角が取れていた。
「悪かったよ。あの時は色々焦ってたんだ」
「ふ~ん」
目を細める南里輝夜。
「まさかとは思うけど、あのキングオブ馬鹿が関わってないわよね?」
「え?」
南里輝夜の物言いに、目を丸くするマッチョ君。
「どうして、そう思うんだよ?」
「勘よ」
「いや、勘って、お前」
堂々とした輝夜様の物言いに、呆れる西場拳翔。
「間違っていた?」
「…………合ってるよ、畜生」
投げやりに答える西場拳翔。
「いっておくが、助けられたわけじゃないぞ! むしろ、迷惑をかけられたんだ!」
「……そう」
必死に弁解するマッチョ君を冷めた目で見る輝夜様。
「ていうか、勘で出てくる発想じゃないだろ。ひょっとしてお前も何かされたのか?」
「何かって何?」
キレ気味に答える南里輝夜。
「いや、考えてみたらお前も此処に召喚された時よりなんか変わった気がしてさ」
「どこが?」
「前より口と性格がきつくなった」
額に青筋を浮かべた南里輝夜は、自然な動作で、いつの間にか手に持っていたお札を西場拳翔の額に貼った。
顔を青くしたマッチョ君は慌ててお札を剥がし破り捨てた。
「焼き殺す気か‼」
「ちっ」
舌打ちをする輝夜様。
「お前、本当に遠慮が無くなったよな、そういう所」
「元からよ」
「元から平気で仲間殺そうとする奴がいて堪るか!」
いつの間にかツッコミの精度が上がっているマッチョ君。
「もうやめましょう、あの馬鹿の話をすると碌な事が無いわ」
「同感だな」
二人の頭の中に、鼻を穿りながら馬鹿面を晒す残念な少年の姿が浮かび、二人合わせて蟀谷を押さえた。
すると、遠くから男達の歓声が聞こえ、その方に視線を向けた。
「あいつ等、何をやってるんだ」
目の前で繰り広げられている光景に当惑する西場拳翔。そこには、取っ組み合いの喧嘩をする二人の若い男と、それを取り囲み囃し立てる十数人の男達と、何かに祈る様に両手を組み突っ立っている北見梨々花の姿があった。
他の貴族達は怖がっているのか、遠目に見ているだけで止めようとする気配も、城の兵士を呼びに行く気配もない。
「ったく。取り敢えず止めとくか」
周囲の対応に嘆息しながら、肩を回して止めに入ろうとする西場拳翔。
しかし、彼の腕を南里輝夜が両手で掴む。
「おい、何で止めるんだよ?」
「……見た?」
西場拳翔の疑問に、表情に影を落とし、端的な問いで返す南里輝夜。
「見たって、何を?」
「キングオブ馬鹿」
二人の間に冷たい空気が漂う。
「いや、あいつ交流会の参加は禁止されてただろ。一応入り口に兵士が立って番をしてたはずだし」
「でも、確かに見たのよ。それにあいつ、この国にいられるの、今日が最後じゃない」
「そういえば。俺らだけ御馳走食ってんのは、狡いって餓鬼みたいなこと言ってたな」
顔を見合わせる二人。
「……関わると、碌な事がないからな」
「……彼女には悪いけど、見なかったことにしましょう」
息ぴったりに踵を返した二人は、背後の北見梨々花に心の中で合掌しながら、距離を取る様に歩き出した。