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※注 普段から碌なことをしないと分かっている奴から目を離してはいけない(主人公も含む)


「―――そうか、ついに来たのか」


とある村。高床式とでも呼べるような地面から伸びる数本の柱の目立つ木造の一軒家がポツポツと点在する集落で、一際大きな木造の家の中に村の人間達が集まって話し合いをしていた。


家の奥に鎮座する凝った装飾のされた椅子に座り、額から伸びた一本角と真っ白な長髪の目立つ老人が眉間に皺を寄せながら呟く。枯れ枝のような手を組んで難しい顔をしている老人を中心にして、周囲にいた額に角のある男達もある一点を見つめながら表情を曇らせている。


「―――はい。遅くなってしまい申し訳ありませんでした」

「謝る必要などない。むしろ、理由はどうあれ、島民すべての重責を年端も行かぬお主一人に背負わせるような真似をした儂らこそ責められる立場にあるじゃろうからな」


荘厳な態度を崩さない額に角のある老人に対して、目の前に立っていた鬼メイドは慇懃に礼をする。それに老人は、恭しく言葉を返した。


「……それで、連れてきた者達は今どうしておる?」

「はい。今は島の湾岸で破損してしまった船の修理をしております」

「ふむ、そうか」

「……そのことで、村長に一つお願いしたいことがあります」


何度か落ち着いた様子で言葉を交わした後、ふと緊張からか少しだけ表情をこわばらせながら、鬼メイドは話を切り出した。


「なんじゃ?」

「実は、その破損した船の修理に関しまして使用する材料が不足しているらしく、島に来た者達が必要としているのです」

「……ふむ、それで?」

「はい。そこでその不足している材料を島民に分けてはもらえないかと……」


冷静に言葉を紡ぐ鬼メイドに、老人は分かりやすく顔をしかめる。そんな老人の心の声を代弁するように、一人の青年が声を上げる。


「あの野蛮な種族をこの島に招いただけでは飽き足らず、情けまで掛ける気か!」

「「「…………」」」


その場に集まっていた額に角のある男たちが一斉に渋い顔をする。


「これ。仮にも、危機に瀕しておる我らを救うために、同胞が必死で島外から連れてきてくれた者達に向かって、言葉が過ぎるぞ」

「しかし! この者の首につけられている物を見て、そんな話を我々が信じられるとお思いですか!?」


鬼族の青年は、鬼メイドの首に着いた枷を指差して叫んだ。


それは、過去に人族から迫害され続けてきた彼らにとっては忌まわしき物であり、どんなに時が経とうとも絶対に忘れることのできない物。自分達をまるで家畜のように虐げるために、人族が使う奴隷の首輪である。


たとえ島から出たことのない青年ですら親族から伝え聞く形で理解している程に、鬼族という種族にとって迫害されてきた歴史は遺恨として根深く残っているのだ。


「狡猾な人族の事だ。その首輪による強制力を利用してこの者を操り、都合のいい嘘八百を吐かせて、我々を騙そうとしているに決まっています!」


鬼族の青年の発言に同意を示すように、周囲の者達も鬼メイドの方へ鋭い視線を向けている。


「おい。何か反論があるなら言ってみろ」

「…………」

「これ、それぐらいにしておかんか。……そんなことよりも、その船の材料に関してじゃが、もう少し詳しい話を聞かせてもらえんかな?」

「……はい、承知いたしました」


挑発する鬼族の青年を軽く注意した後、老人は真剣な顔をして鬼メイドへと質問を投げかける。


「―――なんか、外が騒がしくないか?」


そうしてしばらくの間、鬼族の老人と鬼メイドとの話し合いが続けられていると、ある時、ふと一人の男が唐突に口を開いた。


訝し気な視線を出入口の方に向けながら、何事かと一人ずつ屋外へと出行く鬼族の男達。


既に話を終えていた鬼族の老人と鬼メイドも、それにつられるようにしてゆっくりと外に出ると、その目に飛び込んできた光景に思わず言葉を失った。


「お前たち! こいつを無事に助けたければ、大人しくしていろ!」


……彼らの目の前には、一触即発と呼べる空気を醸し出している島民の集まりと、それと相対するような形で立ち、額に角のある幼い少年の肩を掴んでまるで人質のように扱っている、なんとも残念な一人の男の姿があった。








何故、こんな妙なことが起きているのか。その説明をするためには、時を少しだけ遡らなければならない。





事の起こりは、残念な少年、青葉春人が一人で黙々と小屋の中で泥棒のマネごとをしている所で発生した。


「―――チッ。しけてんな」


……まさに空き巣の如き発言を口にする残念な少年。なんの躊躇いもなく戸棚や引き出しの中を物色している。そんな時、ふとパタンッとゆっくり扉のしめられるような音が残念な少年の耳に届いた。


「……ん?」


思わず玄関の方へと視線を向ける残念な少年。引き出しの中を漁っていた手を止めて、しばらく静かに音のした方向を見つめていると、そこからキィッという古い木製の床を軋ませるような音まで聞こえてきた。


一瞬、毒舌鬼メイドが戻って来たのかと考える残念な少年だったが、それにしてはまっすぐにこちらへ向かってくるわけでもなく、所々で立ち止まりガサゴソと何かを漁っている音が聞こえてくることから、その考えを否定する。


徐々に近づいてくる足音に耳を澄ませながら、残念な少年は唐突にやって来た謎の侵入者に対して動揺することもなく、息を殺して物陰に身を隠す。……より正確な表現をするなら、素早く四つん這いになってゴキブリを連想させるような珍妙な動きをしながら、近くにあったベッドの下に潜り込んだ。


そうして、待っている間にすぐそばにまで近づいてきた侵入者の姿を視認しようと、相手の足の先を念入りに観察しながら隙を伺う残念な少年は、侵入者の足先が明後日の方角を向き、こちらに背を向けている状態になった瞬間、亀のように頭だけをベッドの下から出した。


すると目の前には、先程まで残念な少年が物色していた戸棚の中を覗き込んで荒らす、みすぼらしい格好をした幼い少年の姿があった。


「……子供?」


教会にいた孤児たちの姿を思い出しながらも、たった一人で現れた幼い少年の存在に、その場で器用に首を傾げてみせる残念な少年。


なぜたった一人で人気のない小屋に子供がやって来たのかと不思議に思っていると、ふと残念な少年の耳に、声を押さえて咽び泣く幼い少年の声が聞こえてくる。


「…………ヒック」


すぐさま物音を立てないように静かに、されど相手に気付かれないように素早く頭を引っ込める残念な少年。背後で一人の男が恥ずかしげもなく珍妙な動きをしていることなど全く気付かずに、幼い少年は戸棚を漁っている。


しばらくの間、残念な少年はベッドの下で息をひそめながらも、泣きながら何かを探している幼い少年の姿を眺めていた。目的の物が見つからない為か、しゃくりあげる間隔が徐々に狭まってきている。


そうして、一通り物色を終わらせると、残念な少年の潜んでいた部屋から出ていき、別の部屋へと幼い少年は足を向けた。


「……なんか、こうしてじっとしてんのにも飽きてきたな。……ていうか、何で俺があんなお子ちゃま相手に隠れてなきゃいけないんだ?」


遠くの方でまたガサゴソと幼い少年が何かを漁り始めると、その音を耳にとらえながら、残念な少年は周囲に誰もいないことを確認した後、しょうもない独り言をぼやきながら静かにベッドの下から抜け出る。


「…………グス」


鼻をすすりながらも、一心不乱に何かを探し続けている幼い少年。そんな幼い少年の姿を少しの間黙って眺めていた残念な少年は、そこへ隠れるわけでもなく堂々と近づいて行った。


そして、未だに自分の身に迫る存在にまったく気付く様子のない幼い少年の肩へ、残念な少年はゆっくりと手を置いた。



「……え?」

「よっ!」


思わず手を止めて振り返る幼い少年。そこに、片手を上げながらなんとも気安げに声をかける残念な少年。


余程驚いたのか、声も上げられず口をパクパク開閉させながら、目を見開いて硬直する幼い少年。よく見ると、彼の額にはどこか見覚えのある特徴的な角が生えている。


チラッとその角の方に視線を走らせながらも、そんなことなどまったく気にした風もなく、残念な少年はそのまま気安げに話し始めた。


「お前さ、こんな空き家にたった一人で何してんの? 他人んちに無断で侵入した挙句、中の物を勝手に漁るなんて犯罪なんだからな?」


自分の事は棚に上げて勝手なことを言い始める残念な少年。そんな頭の可笑しい持論の展開される中、先程まで微動だにしていなかった額に角のある幼い少年が、目で見てわかる程度に振動を始める。


「―――で……」

「で?」

「……で、でたぁああぁああっ!?」


唐突に絶叫を上げる幼い少年。そして、その声に怯んでしまった残念な少年の方に背を向けると、脱兎のごとくその場から駆け出した。


まるでオバケにでも遭遇したかのようなリアクション。呆気に取られてしまう残念な少年は、なぜかこの場から素早く逃げ出そうとしている幼い少年の方を思わず目で追っていると、突如、バキッという奇妙な音を響かせて、大慌てで走っていた幼い少年の姿が視界から消えた。


「え? まさか、テレポーテーション! 本物のエスパー少年か!?」


しょうもない独り言を口にする残念な少年。誰かが見ているわけでもないのに、たった一人でわざとらしく驚いた演技をした後、無造作に額に角のある幼い少年の消えた地点へと近づいて行った。


そこに来て、そのまま視線を足元の方へ移す残念な少年。そこには、それまでにはなかったはずの大きな穴が開いていた。


「…………まるで昭和のギャグじゃねぇか。マジでどんだけボロイんだよ、この家」


脆くなっていたのか抜け落ちた木床の下で気を失っている額に角のある幼い少年の方を見つめながら、残念な少年は若干頬を引きつらせながらボヤいていた。



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