なぜか脇役の方が主人公っぽい事をしている件について
「どうかされましたか、東様?」
交流会の会場。王宮の離れに設けられた大きな屋敷で、東正義達四人の勇者は貴族達と立食形式のパーティに参加していた。
「何でもないですよ。リナリス様」
第一王女、リナリス・ペンドラゴンに手を引かれ、社交ダンスを踊る東正義。
「それより、いつもお相手をしてもらい申し訳ありません。リナリス様」
「構いませんよ。それに今回はわたくしからお願いしたことですし」
広い会場の中心で見事な踊りを披露する二人。周囲の貴族達が見惚れる、二人の優雅に舞う姿は、まさに、美しい鳥の番の様だった。
「わたくしも、こういった場所で東様と踊れることがとても嬉しいのです」
喜色満面に答える第一王女。
王女の笑顔を見ながら、罪悪感に苛まれる金髪リア充。
「それは、光栄ですね」
内心を悟られない様、笑顔を取り繕う東正義。
「やはり、何かありましたか?」
不安そうに尋ねてくる第一王女。
「いえ、別に口に出すほどの事でもないので」
「……」
東正義の言葉を聞き、沈黙する第一王女。見計らった様に場内にかかっていた音楽が止まり、万雷の拍手が二人を包む。
「……東様はわたくしを信用されていないのですね」
「え?」
喝采の中、僅かに聞こえた第一王女の悲しそうな声に、目を丸くする東正義。
周囲に集まり出す貴族の人波に飲まれ、離れていく第一王女の姿は、東正義には寂しそうに見えた。
屋敷のバルコニー。洗練されたデザインの石の手摺に肘をつきながら項垂れる第一王女。
喧騒を背後に感じながら、雲で月が隠され、一層暗くなっている外をぼんやりと眺めている。
「わたくしは、何であんなことを言ったのかしら」
東正義と踊っていた時を思い出していると、無意識に、口をついて出た言葉に驚く第一王女。
「こんな所にいたのですか、リナリス様」
聞きなれた優しい声に第一王女は振り返る。
「東様、どうして此方に?」
「リナリス様の姿が見えなかったので」
視線の先には、爽やかな笑みを湛える東正義の姿があった。
「……本当は?」
「少し疲れたので休める場所を探していました」
思わず吹き出す第一王女。
「そこは嘘でも突き通すのが礼儀ですよ」
「すみません」
照れたように笑う東正義。
「実は、リナリス様に聞いていただきたい話がありまして」
自然な動作で第一王女の横に立つ金髪リア充。
「珍しいですね。東様から話を切り出されるのは」
「そうですか?」
「いつもはわたくしに合わせてばかりですから」
年相応の少女の様に剥れる第一王女を、微笑ましそうに見る東正義。
「実は、友人の一人が明日旅立つことになったんです」
「ご友人というのは勇者様の一人ですか?」
「はい」
手摺に凭れながら、喧騒に目を向ける金髪リア充。
「同じ世界の同じ学び舎に通っていたらしいんですけど、この世界に来て初めて出会いました。第一印象は、正直、今まで出会えなかったことに安堵してしまう様な人なんですけどね」
「はい」
「でも、右も左もわからない世界に呼び出されてパニックにならなかったのも、初対面で、まだ付き合いの短い僕達五人が結束して行動できたのも、こんな世界でふざけられる彼の明るさがあったおかげだと思っているんです」
「東様はその方を信頼されているんですね」
「……う~ん」
第一王女の問いに言葉を濁す東正義。
「信頼とは少し違う気がします」
「では、尊敬ですか?」
「それは断じて違います‼」
頭の中で高笑いを上げる残念な少年の姿を想像しながら、思わず叫ぶ金髪リア充。
「難しいのですね」
「ええ。所で、リナリス様にご友人はいますか?」
眉を八の字にして悩む第一王女に、東正義は尋ねた。
「友達ですか?」
「はい」
「そうですね。一番に挙げるなら、やはりミネルヴァですね」
目を丸くする東正義。
「魔術師団長の?」
「はい。よく一緒にお茶会を開いています」
第一王女と魔術師団長の意外な関係に驚く東正義。
「そうなのですか。因みに、どんな話をされているのですか?」
「この前は、『風魔術における気流操作の多様性』について話しました」
第一王女が言った言葉が理解できず硬直する東正義。
「えっと、お茶会で、ですか?」
「はい」
「いつもそんな話をされているんですか?」
「はい、そうですよ」
「……そうですか」
朗らかな笑みを湛える第一王女を前に、頭を抱える金髪リア充。
「お茶会では色々な方とお話が出来て楽しいのです。ただ、何故かミネルヴァと一緒にいる時は誰も話しかけてこないのですよ。不思議です」
首を傾げる第一王女を見ながら、お茶会で高等な学者みたいな話し合いをする人間に話しかける勇気のある奴はいないと内心で強く思う東正義。
「それより、リナリス様にとって友人である魔術師団長はどういう人ですか?」
「え、えっと。……説明がむずかしいですね」
難しい顔になる第一王女。
「傍にいると楽しくなれる人ではないですか?」
「う~ん。そうなのですけど、少し違う気がします」
東正義の問いに笑顔で答える第一王女。
「他人に言葉にしてもらっても違う気がして、自分で口にしようとしたら、説明が難しい。僕にとってその友人も同じような者なんです」
「そうなのですか」
今も雲で隠れる月を眺める様に、手摺に肘をつく二人。
「リナリス様に謝らなければいけないことがあります」
思いつめた顔で唐突に話を切り出す東正義。
「僕はリナリス様の立場を利用していました」
「利用?」
不思議そうな顔をする第一王女を見ながら、東正義は絞り出すように告げる。
「この国の王女の立場を利用して、交流会で話す人間を選別していたんです」
東正義は自身のこの世界での歪な立ち位置をある程度理解していた。自分達が、異世界から来た為にこの世界のことを全く理解せず、その上で勇者という王族に近い権力を持った歪な存在だと。
つまり、悪知恵の働く者達にとって格好の餌なのだ。それも、国に多大な影響を与えかねない程の。
「選別とはどういう意味ですか?」
「僕個人では、勇者の肩書に惹かれた人達が無数に寄ってきます。まして、世間を全く知らない餓鬼です。幾らでも騙す余地がある。そんな中で、信頼できる人脈と情報を集めるためには、強力な後ろ盾が必要でした」
ただ勇者という立場だけでは良識を持った者も、野心を持った者も見境なく寄ってくる。その状態で情報を集めたとしても、この世界の常識を知らない自分達は騙されてしまう可能性が高い。
そこで、野心を持った者が自分達に近寄りがたくなる為に、より強い権力とこの世界の知識を持つ協力者が必要になる。
「その後ろ盾がわたくしですか?」
「……はい。初めての交流会の日にダンスの相手をお願いしたのはその為です」
一瞬、口を固く結ぶ東正義。実は、第一王女を傍に置いていたのにはもう一つ理由がある。
嫌味ではなく、彼は自身の容姿が他人より優れていることを理解し、その容姿に惹かれ多数の女性が自分に引き寄せられることを分かっていた。
多数の女性に囲まれる男というのは、他の男性にとって気分のいいものではない。まして、プライドの高い貴族なら尚更我慢ならないだろう。多くの貴族と良好な関係を築く為には避けなければならない。
そこで、周囲の女性が納得して近寄らなくなる存在が必要で、類稀な美しさから『人形姫』の名を持つ第一王女に白羽の矢が立ったのだ。
「そうだったのですか」
東正義の話を聞き、ぼんやりと呟く第一王女。
「あの、リナリス様?」
押し黙る第一王女に語り掛ける東正義。
「…………すごい」
「はい?」
「すごいです、東様‼」
喜色満面に喜びの声を上げる第一王女。
「こんな事を思いつかれるなんてすごいです!」
第一王女の挙動に大いに戸惑う金髪リア充。
「怒ってはいないのですか?」
「何故です?」
「いや、何故って、リナリス様を利用していたからですよ」
「そんなことですか」
更に口角を上げる第一王女。
「わたくしにとってはいつもの事です。わたくしが世間で何と呼ばれているかは、東様もご存知ですよね?」
「知ってはいますけど、そういう問題では……」
「わたくしにとっては日常茶飯事の事、お気になさらないでください」
幼い少女の様にころころ笑う第一王女。
「それに、東様が何か思惑をお持ちで、わたくしの傍にいた事は薄々気づいていました」
第一王女の発言に驚きを隠せない東正義。
「気づいていたんですか?」
「はい。幼い頃から、わたくしの周りには何か思惑を持って近づく方々がとても多かったので、何となくですがわかるようになりました」
東正義を見据えて語る第一王女。
「東様は、ただわたくしを利用しようとしてきた方々と違い、わたくしのことを気遣ってくださいました」
「それは―――」
「そもそも、先程、仰っていた通りなら、今もわたくしの傍にいる必要はありませんよね?」
第一王女の物言いに沈黙で答える東正義。
第一王女の言う通り、この世界の知識を得て、貴族との人脈をある程度築き、情報を収集できる環境が出来れば、わざわざ後ろ盾を付け続ける必要はない。むしろ、この国にとって不利な情報を得た場合、第一王女を経由して王様に知られ、自分達の立場を悪くする原因になるかもしれない。
「ですから、どうか、これからもわたくしを傍においてくれませんか?」
言葉を失う東正義。
彼の中で第一王女は、感情の起伏の乏しい、周りの大人達の言うことを聞く従順なだけのお姫様だと思っていた。だが、実際に話してみると、見ていて面白い程表情豊かで、王女としての自分の立場を理解しながら物が見える、芯の強い女性だった。
初めて出会った時、他人に利用されるだけの立場に同情していたことも、自身も利用する人間の一人に成り下がっていたことにも、東正義は情けなくなった。
「どうして、話を聞いたうえで、僕の傍にいようとするのですか?」
口をついて出た疑問。
今迄、内面は見られず、取り繕った態度と容姿ばかりを見て周りに人が寄ってきていた東正義にはわからなかった。
「東様が初めてわたくしを外に連れ出そうとしてくれたからです」
「……え?」
首を傾げる東正義。
「覚えておられないかもしれませんが、城の食堂での話です」
「……買い物の件ですか?」
「そうです、覚えていてくださったのですね!」
頭を抱える東正義。初めての貴族との交流会の前に食堂でした会話。
彼にとっては、ダンスの誘いを断られない様、事前に頼みを断らせることで次の誘いを通しやすくする為に、あえて断られる前提で出した提案だった。
「第一王女という立場上、わたくしは弟妹達と違って、あまり城を出ることが出来ません。城の者達にとっては当たり前の事で、わたくし自身諦めていた時に、貴方は連れ出そうとしてくれた。取り留めもない言葉だけですが、わたくしにとってはとても嬉しかった」
目に涙を浮かべる第一王女。
「あの時、わたくしには、貴方が本物の勇者に見えたのです」
「買い被りです」
「そんなことはありません!」
かぶりを振る東正義を、強い口調で諫める第一王女。
「東様はわたくしが出会ってきたどの男性よりも素敵な方です。ですから、自分を否定しないでください」
目を見ながら語る第一王女。
「どうか、わたくしを傍においてください」
真剣な顔で見つめてくる第一王女を前に、苦笑いを浮かべる東正義。先程まで騒がしい喧騒に包まれていた屋敷の方から、幾人かの視線を感じる。
この状況で断れるわけがない。若干上がっている口角から、彼女自身それが分かっているのだと、理解できる。
思っていた以上に強かな女性だと、内心で嘆息する東正義。
「こちらこそ、どうか、傍にいさせてください。リナリス」
ここまで丸め込まれたのが悔しくて、つい、意趣返しのつもりで、呼び捨てで呼んでみた東正義。
「……はい‼」
溌溂とした声を出し、顔を真っ赤にして飛び込んでくる第一王女を抱き留めながら、東正義は内心で思った。
『やっぱり、藪蛇だったな。』