※お住まいの環境(ジャングル)に関係なく空き巣は犯罪ですので、絶対にマネしないでください
「―――なぁ、本当にこっちであってんのか?」
とある密林。生い茂る草をかき分けながら道なき道を行く二人。先導するかのように先を歩く鬼メイドについていくような形で、面倒臭そうに歩いていた残念な少年が口を開いた。
「信用ならないなら帰っていただいて構いませんよ」
「いや、別に信用してないわけじゃないんだけどさ。一応は集落に向かうって話だったから。まさか、こんなリアルジャングルの中を進むことになるとか思わないだろ、普通」
未だに残念な少年が同行していることに不満を抱いているのか、普段のポーカーフェイスを崩して苦々しい表情を浮かべている鬼メイド。そんな彼女の辛辣な発言に、まったく気にした様子も見せずに残念な少年は返事をする。
「せめて、もうちょっと人が通れるくらいの道をつくろうとはしなかったわけ?」
「道ならありますよ、私たちのいた海岸とは反対の方に……」
「何故に!?」
鬼メイドの発した言葉にかぶせるようして、驚きの声を上げる残念な少年。
「私たちのいた海岸の方は比較的海も穏やかですし、なにより切り立った崖など船を止めるのに適さない足場の悪い要所の多いこの島でも、外部から来た者が船を停泊させる可能性が最も高い場所ですから。部外者との接触をできるだけ避けるための処置です」
「……どういうこと?」
「……そもそも外界から迫害され、追い立てられるような形でこの島に住み着いた我が一族は、わざわざ外との交流を持とうとする気はありません。そのため、外からやって来た者達から身を隠すために島の奥深くに集落をつくり、そこに続く道は住民が利用する限定的な範囲のみにとどめているのです」
「あぁ、なるほどな。外から来た奴らに遭いたくないから、海岸までに人が通れるような道を敢えてつくってないわけか」
「……はぁ」
普段あまり口を開くことのない鬼メイドは、珍しく饒舌になって懇切丁寧な説明を始める。しかし、なんとも回りくどい説明の為か、なかなか本筋を理解せず首を傾げている残念な少年を相手にして最後にため息を溢す。
「ひょっとして、それが俺や色黒イケメンを島の住人と会わせたくない理由と関係ある?」
「…………」
「……ここでだんまりですか」
残念な少年の問いに対して、口を噤む鬼メイド。そんな彼女の額には、いつの間にか鬼の特徴でもある角が生えている。
鬼メイドは普段、周囲から恐れられている鬼族の特徴でもある角を隠すために、始まりの街にあるカジノで付けられた角を見えなくする特殊な腕輪をずっと装備していた。しかし、船乗りたちのいる海岸から離れ、島の奥深くにまで来たあたりでその腕輪を外していた。
「なあ、いい加減に俺達を島の住人と会わせたくない理由くらい話してくれてもいいんじゃないの? どうせ、このまま行ったら鉢合わせることになるんだしさ」
「それはご主人様が勝手についてくるからでしょう?」
「やれやれ、何を言っているのかねチミは? そもそもチミが正当な理由を話さないがために、ボクはこうして足を運んでいるのであって、ちゃんとしたわけがあるのならボクも潔く身を引けるんじゃないか。わかっているのかね、チミ?」
「……ご主人様。その口調はどうしようもなく殺意が湧くので今すぐやめてください」
「あ、はい」
その場で足を止めて滅多にみせることのないメイドらしい社交辞令的な笑みを浮かべながらも、蟀谷に青筋を浮かべて振り返る鬼メイドの発した冷え冷えとした声に、流石にフザケ過ぎたと察したのか、残念な少年は素早く端的に返事をした。
「……それと、もうすぐ目的地に着きますので、お静かに願います」
「え、そうなの?」
メイドの言葉にキョトンとした顔になる残念な少年。
そうして草木をかき分けてしばらく進んでいると、密林を抜けたのか二人は開けた場所に出た。そして、ちょうど目の前に人が住んで居そうな小さな家を見つける。
「着いたのか?」
「いえ、集落はまだ先ですので、お静かに。……あの家はいわゆる休憩場所のようなものでして、集落から密林の方へ木や食料などの採取に向かう際、偶に中継地点として利用されているのです」
「へぇ~……」
その場で足を止めて茂みの中に身を隠すと、手で制止するよう指示してくる鬼メイドの説明を聞き、感心したように声を漏らす残念な少年。
説明をしている間も、鬼メイドは人がいるのか確認するように小さな家の方を窺いながら、注意深く周囲の気配も探っていた。
「……ふむ」
しかし、そんな鬼メイドの様子などお構いなしに、少しの間だけ考えこんだ残念な少年は彼女の横を悠然と通り過ぎると、そのまま小さな家の方へと歩みを進めた。
「……えっ!?」
相手が余りにも自然過ぎる所作で可笑しな行動に出たために、一瞬反応の遅れる鬼メイド。気付いた瞬間になんとか手を伸ばすも、その時点で残念な少年はすでに身を隠していた茂みの中を抜けて、小さな家の前にまで来ていた。
……そして、残念な少年は彼女の予想していた以上の奇行に打って出る。
「すみません! 誰かいませんか~!」
「っ!?!?!?」
思わず奇声を挙げそうになるのを必死で堪えて、途方に暮れるように茂みの中で蹲る鬼メイド。両手で覆い隠された彼女のその顔からは「何してくれてんだ、お前ぇ!?」とでも今すぐ叫び出したいという感情が読み取れる。
そんな鬼メイドの存在など全く気付かずに、残念な少年は今まさにノックした小さな家のドアを見つめたまま立っていた。その間、まるで家にいる者が早く出てこないかなと期待しているかのように、残念な少年は若干ソワソワしている。
「…………なんだ、留守か」
「何を考えているんですか、あなたは!?」
しばらく待っても反応はなく、誰もいなかったのかと肩を落とす残念な少年。その瞬間、茂みの中から素早く飛び出した鬼メイドは、可笑しな行動に出た張本人の許まで近づくと、普段のポーカーフェイスを崩した鬼の形相で残念な少年に詰め寄った。
「え? 何が?」
「何が、じゃないでしょう! あなたは、この島における自分の立場というものを理解しているのですか!?」
「……さぁ?」
アメリカのコメディアンがするかの如く、両の手を肩幅の位置まで広げてから肩をすくめてみせる残念な少年。それを見てさらに怒りが込み上げてきたのか、より目を吊り上げる鬼メイド。
「この島を唯一の拠り所にしている鬼族にとって、魔族と一緒くたにして迫害をしてきた他種族は本来すべて『敵』なんです! 中でも、最も我々を忌み嫌い差別してきた人族であるご主人様たちは、もし島の住人に見つかれば命の保証はできない程に危険な立場にあるのですよ!」
「へぇ~……」
「……本当に理解されているのですか?」
一気に捲くし立てるよう叫ぶ鬼メイドに、頬を掻きながら他人事のように声を漏らす残念な少年。
そんな能天気な主を目の前にして、呆れた様にジトッとした視線を向ける鬼メイド。
「あぁ~、うん。大丈夫大丈夫、わかってるわかってる」
ただただ訝しげな眼を向けている鬼メイドの存在をまるっと無視し、ぞんざいな対応をしながらヒラヒラと片手を振った残念な少年は、いつの間にかもう片方の手で握っていた取っ手を動かすと、何の躊躇いも見せずに家のドアを開いた。
「……変だな。鍵は開いてるのに、中には誰もいないみたいだ」
「だから何してるんですか、あなたはっ!?」
自然な動作で扉を開けて、家の中を覗き込み始める残念な少年。そんな中、またも声を荒げてしまう鬼メイド。
「いや、だからさ、何度も言っているように俺はお前を返品するためにもこの島の住民に会う必要があるんだよ。んな命の危険が如何とか言われてもな」
「だから! 人族であるご主人様たちが接触してしまう前に、同族の私が説得しようとしているんじゃないですか! 低能なご主人様はそんなことも察せないのですか!?」
「うん。だって俺、昔から空気の読めない奴だってよく言われてたし、察しろとか言われても無理です」
「……あぁ~もう、ホントいや……」
あっけらかんとした態度で言い切る残念な少年。そんな主を目の前にして、またも絶望したようにその場で頭を抱えてしまう鬼メイド。
そんなメイドを無視して、残念な少年は単身で小さな家の中へと土足で足を踏み入れる。
「ふ~ん、思ってたほど物はないんだな」
そして、無造作に家の中へと入っていった残念な少年は、中を物色し始めた。その姿はまさに泥棒のそれである。
気を持ち直して奇行を続ける残念な少年を諫めようとしていた鬼メイドだったが、手慣れた様子で室内を荒らしていく正しく空き巣のような主の姿に言葉を失い、若干頬を引きつらせながら入り口のドアの前で立ち尽くしている。
そんな鬼メイドが放心している最中、絶え間なくガサゴソと屋内を物色して回る残念な少年は、ある引き出しを開けたところで手を止める。
「……何だこれ?」
ふと見つけた物品を、残念な少年は何の警戒心も持たず無造作に取り出す。それは、宝石と呼ぶには些かくすんでいるし、ただの石ころと断ずるには言い知れぬ若干の違和感を覚えてしまうような不可解さを秘めた石であった。
ちょうど自分の手のひらに収まるくらいの石を片手に持って、しげしげと見つめる残念な少年。そこに、やっと正気を取り戻した鬼メイドが叫ぶ。
「……ホントいい加減にしてください! 何がしたいのですか、あなたは!?」
「ん? どうしたよ、急に大声なんか上げて?」
取り乱す鬼メイドに動揺することもなく、目線を手に持った謎の石に向けたまま不思議そうに尋ねる残念な少年。
「まさか本気で聞いているつもりですか? 私が散々警告をしているのにメチャクチャな理屈をこねて全て無視し、危険だというのに家の中に無断で侵入した挙句、まるで賊のように室内を物色してまわる者を前にして、正常でいられる者がいるとお思いですか?」
「そんな大げさな」
「あなたはもう少しご自身の非常識さを理解してくださいっ!?」
普段の冷静な態度は成りを潜め、ただただ正論を捲くし立てる鬼メイド。そんな明らかに気が動転しているメイドを前にしても、残念な少年は視線をちょっとだけ向けるだけでまた石の方を見つめた後に、頬をポリポリと掻いて他人事のようにしている。
「はぁ~やれやれ、しょうがないな。そこまで言うなら、俺はここで待機しているから集落の方に行って説得してくれば? まったく、従者の我が儘に付き合うことになるとは、俺みたいな聞き分けの良いご主人様を持てたことに感謝しろよな? 」
いつものようにアメリカのコメディアンを彷彿とさせるように肩をすくめてみせる残念な少年。その瞬間、無礼極まりない主の態度に、鬼メイドの蟀谷にはっきりと青筋が浮かぶ。
「……大変よくわかりました。では、私はこれから単独で集落の方へ向かいますので、どうぞご主人様はこのまま賊のマネごとにでもずっと興じていてください」
「……え? ちょっと待って、なんか急に声のトーンが下がってませんかね? メチャクチャ恐いんだけど」
未だにおどけた態度を崩さない残念な少年。それに相対するのは疲れたとでも言いたげに一つ大きなため息を吐いた鬼メイドは、何も言い返すこともせずにそのまま踵を返して家の外に出て行った。
離れていく鬼メイドの背中からは、いつの間に染みついたのか哀愁のようなものさえ感じられる。これまでの名状しがたい主の意味不明な行動にさらされてきた結果かもしれない。
「…………ま、いっか」
密林の中へと消えていく鬼メイドの姿を一瞥した後、どこまでも能天気な残念な少年は、怒り心頭で出て行った鬼メイドを追いかけるでもなく、また熟練の空き巣のように室内の物色を再開し始めた。