会議において、場を乱すヤツは必ずいる
「いよいよ明日、予定の場所に到達する」
とある船室。普段は航路などを話し合うための会議室として使われている部屋に、いかつい顔をしたいかにも船乗りと呼べるような風貌の男達が集められていた。
その空間の中心に設けられたテーブルを囲むようにして立っている男達の中で、怖い顔をした船乗りたちとは違う二枚目ともいえる人相をした、ひときわ存在感を放っているその場の中心人物ともいえる色黒のイケメンが口を開く。
「今のところ安定した気候が続いているが、現在の怪しい雲行きから見ても安心はできない。計画を実行することに変更はないから、最悪の場合、嵐の中での戦闘になる可能性もあると考慮しておいてくれ」
テーブルの上に広げられた海図などといった複数の資料をひとつひとつ示しながら、化物の討伐に関する計画を確認していく色黒の青年。
彼の部下でもあり、船に乗っている大勢の船乗りの中でも上司という立場にもあるいかつい顔の男達は、提督でもある色黒の青年の言葉を聞いてその顔を険しくしている。
「―――なあ、お茶菓子とかは出ないのか?」
そんな緊張感の漂う空間の中に、なぜか、ただ一人場違いのようにのほほんとした空気を纏いながらお茶をすする残念な少年、青葉春人がいた。
部屋の隅で木箱に腰かけている残念な少年の発した場違いすぎる能天気な言葉に反応し、一斉に振り返るいかつい顔のオッサン達。何名か、額に青筋の浮かんでいる者もいる。
「申し訳ない。お茶に関しては私の趣味として船に常備してあるんだけど、流石に菓子までは用意していないんだ」
「ふ~ん、そうなんだ。じゃあいいや」
まったく空気を読まない発言をした相手であるにも関わらず、気にした様子もなく苦笑いを浮かべながらも本当に申し訳なさそうに謝罪をする色黒のイケメン。
それに対し、怖い顔をしたオッサン達に睨まれていることを全く気にせず、残念な少年はあっけらかんとした態度で慇懃無礼な発言を平気でする。
「ところで、さっきの話で気になることがあったんだけど、質問してもいい?」
「ん? 何かな?」
周りの空気など一切気にせずに、我が道を行くかのように平気な顔をして色黒の青年に向かって声をかける残念な少年。
「その化物の討伐だけどさ、こっちが先に相手を見つけることが前提で話してるけど、もしもその化物の方が先にこっちを見つけて襲い掛かってきた時にはどうするんだ?」
意外とまともな問いが投げかけられたことで、目を丸くする船乗りたち。
「そうだね。予定ではおとりとなる無人の船を餌にして化物をおびき寄せるつもりではあるけど、なにせ相手は海の中だから、そう上手くいくとは限らない。だからこそ、仮にこの計画時の主戦力にもなるこの船が真っ先に襲われた場合を想定した計画も用意してある」
そんな残念な少年の質問に対して、爽やかな笑みを湛えながら整然とした説明を始める色黒の青年。それを船乗りたちは真剣な顔で聞き入っている。
「それってどんなの?」
「必要な資材を持って他の船に乗組員全員が避難した後に、…………この船を爆破する」
「「「「………………は?」」」」
不敵な笑みを浮かべて言い切った色黒の青年の発言を聞いて、一斉にマヌケな顔を晒す船乗りたち。
「最も設備の整ったこの船を失うのは痛いが、今回の計画では戦力としては問題ないほどにこの船に次ぐ設備の整った船も十分に用意してあるからね。他の船が狙われた場合も同様で、貴重品をできるだけ持った乗組員が他の船に逃げ込んだのを確認した後、その船を爆破して、その際に生まれた隙を利用して化物の周囲を取り囲んだ船団で一斉に叩く!」
「「「「いやいやいや、ちょっと待てっ!」」」」
握り拳をつくりながら力説する色黒の青年を前にして、息の合った調子でほぼ同時に首を横に振るいかつい顔の男達。
「気は確かかよ、あんた‼」
その時、その場にいた船乗りたちの中でも最も偉い色黒の青年に次ぐ立場にあると思われる一人のオッサンが慌てた様子で口を開く。
「若頭! 船一隻でどんだけの損害になるのかわかってんですか? 軽く言ってやすけど、俺らの商会にとって船な貴重な財産なんですぜ。しかも船を爆破って、そんなことのできるだけの大量の火薬が何処にあるんです?」
「それなら心配はいらない。こういう事もあろうかと、今回の航海を始める以前からそれぞれの船に爆破するのに十分な量の火薬を積み荷として載せてあるから」
「何してくれてんだよ、あんた‼」
無茶苦茶なことを言う色黒の青年を説得しようとする、頭に青いバンダナを巻いたいかつい顔のオッサン。しかし、そんなオッサンの説得に対して、あっけらかんとした態度でまさに爆弾発言をする色黒の青年。それに大声を上げながらもついにオッサンは頭を抱える。
そんな言い合いをする二人を遠目にチラチラと見ながら、いつの間にか部屋の隅に集まっていた船乗りたちは、さながら「え? 俺らってそんな危ない船に乗って今まで航海してたの?」とでも言いたげな顔をしながら、スポーツ選手のするような円陣を組んでヒソヒソ話をしていた。
「―――とにかく! 爆破なんて物騒なことは無しにしてくだせぇ。わざわざそんなことをしなくても、化物がどんなに強かろうと、そう簡単に壊せないくらいにこの船は強固です。爆破なんてしてこちらから壊すような真似しなくとも、放っておけば討伐するまでの十分な時間稼ぎが出来やすよ」
「ん~……」
しばらく続いた言い合いの後、結論を出した青いバンダナを頭に巻いたオッサン。しかし、それに不満そうな顔をして唸っている色黒の青年。よくわからないが、どうやら、どうしても自分の船を爆破したいらしい。
「それで、話し合いは終わった?」
そんな時、どこまでも空気を読まない残念な少年は、退屈そうに欠伸をしながら色黒の青年に話しかける。
「ああ、申し訳ない。一応、決まった所だよ」
未だに納得のいっていないような表情を隠そうとせずに、色黒の青年は返事をする。
「とりあえずは、予定通りに無人の船をおとりにして化物をおびき出し、船を襲うのに気を取られているその隙に周囲を取り囲んだ船団によって一斉に攻撃する。もしも他の船が襲われた場合は、その襲われている船をおとりにして乗組員は避難し、その間に準備を進めた他の船で当初の計画通りに攻撃を開始するという流れでいく」
そして、先程まで円陣を組んでヒソヒソ話をしていたのが嘘のように、いつの間にかテーブルの周りを囲むようにまた整列していた船乗りたちに向かって、色黒の青年が整然とした説明を始める。
「それじゃあ、改めて計画を詰めていこうか」
「「「「へいっ!」」」」
「……えぇ~……」
気持ちを切り替えるように両の手を叩いて声を出す色黒の青年。それに応えるように、一斉に野太い大声を張り上げるいかつい顔のオッサン達。
そんな中、まだ会議は続くという事実を耳にして、げんなりとしている残念な少年は、張りつめた緊張感と元気のよい覇気を滲ませる周囲に紛れるような形で、とてもとても小さな声で不満の声を漏らしていた。




