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『朱に交われば赤くなる』というのは事実だと思う


「キリキリ働け! 野郎ども!」

「「「「おぉおぉぉー‼」」」」


海の上。波に揺られながら進む大きな船の甲板で、残念な少年は、頭にバンダナを巻いたいかにも海の男風のむさくるしいオッサン達の中に交じって、その手に持ったデッキブラシを使って床掃除をしていた。


一糸乱れぬその余りにも統制の取れた船乗りたちの動きに、まったく違和感なくついていく残念な少年の姿は、傍から見ると完全に同じ船乗りにしか見えなかった。


「よし、それが終わったら飯にしていいぞ!」

「「「「おおぉおぉぉー‼」」」」


野太いオッサン達の上げる叫びに交じる様にして、声を張り上げる残念な少年。彼は既にこの海の上という特殊な環境の中にすっかり溶け込んでいた。


そんな自分の主を、その手に持ったはたきで埃をパタパタと落としながら遠めに見ている鬼メイド。その目からは「何やってんだ、あの人?」とでも言いたげな、冷ややかさすら感じる。


そんな視線にも一切気付くこともなく、残念な少年はまるでミュージカルでも踊っているかのようにデッキブラシを巧みに操って、むさくるしいオッサン達と共に床掃除を進めていた。


「―――よし、終わり! あぁ、腹減った!」


暫くした後、掃除を終わらせて解散するオッサン達の中に紛れるようにして、額の汗を拭いながら、差もあたりまえのように船の中に設けられた食堂へと向かう残念な少年。


そこに、別の部屋で片付けをしていた鬼メイドが声をかけてくる。


「……お疲れ様です」

「おぉ、お疲れ~」


何故か白い目を向けている鬼メイドには気づかずに、あっけらかんとした態度で返事をする残念な少年。


「いや~、働いた働いた!」

「……失礼ですが、ご主人様に一つ、お尋ねしてよろしいでしょうか」

「ん?」


一仕事終えたように爽やかな笑みを零す残念な少年を前にして、汗一つかかず冷静に佇んでいる鬼メイドは畏まった口調で問いかけた。


「まさかとは思いますが、私達が今、こうしてこの船に乗っている目的をお忘れではないですよね?」

「……あれ? そういえば、俺は何でこの船に乗ってるんだっけ?」

「…………」


キョトンとした顔で首を傾げる残念な少年。そんなマヌケな主を目の前にして、ただただジトッとした視線を送るだけで留める鬼メイド。


「……ああ! そうだそうだ、俺、毒舌鬼メイドを返品するために、鬼ヶ島に向かっているこの船に乗せてもらったんだ!」

「…………」


短い沈黙の後、思い出したかのように手を打つ残念な少年。彼は、始まりの街にあるカジノで購入した奴隷である鬼メイドを返品するという、何ともおかしな目的のために鬼族の隠れ住んでいるという島を目指して船に乗っていたのである。


そんな残念すぎる理由を、何の臆面もなく本人を前にして平気な顔で宣う自分の主を、ただ冷ややかな目で静かに見つめる鬼メイド。


「……ご主人様、失礼ですが、再度お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「ん? なに?」

「私達がこの船に乗せてもらっている理由を覚えておいででしょうか?」

「…………」


鬼メイドの問いかけに対して、なぜか無言になる残念な少年。


「……ご主人様?」

「待って! 今思い出すから、ちょっと待って!」


先程より二度ほど気温が下がったような錯覚を起こさせる冷ややかな視線を向けてくる鬼メイドを前にして、慌てた様子で頭を抱える残念な少年。


「えっと……、そうだ! あの色黒イケメンに頼まれて、海に住み着いた化物の討伐に協力するために乗せてもらったんだった!」

「…………はぁ」


何とも頼りない主を一瞥した後、深いため息を溢す鬼メイド。


残念な少年は、港で出会った頭にターバンを巻いた提督と名乗る色黒の青年に頼まれて、とある海域に住み着いた船乗りを襲う謎の化物の討伐を手伝うことを条件に、船に乗せてもらっていたのだ。


「ていうかさ。そういえば港を出てから随分と経つのに、ぜんぜん化物とか出てこないし、それどころか目的地の話題すら聞かないんだけど?」


呆れている鬼メイドの態度などは全く気にした様子もなく、残念な少年はふと疑問に思ったことを口にする。


「今のところ影も形もないけど、本当に化物とか出るんだよな?」

「……はい。聞いた話によりますと、もう少しで目的地である化物の目撃された海域に入るそうなので、近いうちにご主人様にもお呼びがかかると思われます」

「ふ~ん」


鬼メイドの話を聞いて、気のない返事をする残念な少年。ちょうどその時、いかつい顔をした一人の船乗り風の男が残念な少年の傍までやって来る。


「おい坊主、昼飯は食わなくてもいいのか? 早くしねぇと飯の時間終わっちまうぞ?」

「はっ! そうだった、教えてくれてありがとう、おっちゃん!」

「なに、気にすんな」


すっかり打ち解けた船乗りの男にお礼を言いながら、食堂の方へ駆け足で向かう残念な少年。話の腰を折られたことと、目的をまた見失う始めた主を気にしてか、離れていく残念な少年の背中に不満そうな視線を向ける鬼メイド。


近くにいたメイドの存在には気づかずに、そのまま仕事場に戻っていく船乗りの男を無視して、鬼メイドはその場で小さなため息を吐く


「……あんなのに任せて、本当に大丈夫かしら……」


内心の不安を表すように独り言を吐露する鬼メイド。誰に対していったものなのか、そんな彼女の言葉を耳にする者も、理由も分からない不安に気付ける存在も、その場にはいなかった。




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