危険人物というのは意外と身近にいる
「あと少しだ、あと少しで念願がかなう」
とある部屋。暗い部屋の片隅、蹲る人影は不気味な笑みを浮かべながら、譫言の様に呟く。
「積年の恨み、今こそ晴らそう」
一層笑みを深くする謎の人影。
すると、部屋の扉が開かれ、暗い室内を光が照らしだす。
「……こんな所で何してるの、青葉君」
部屋の入り口から不審者を見るような目で部屋の隅に蹲る残念な少年を見る東正義。
「ちっ。女ったらし、糞金髪ヘタレリア充勇者には関係ない」
「だからその変な綽名で呼ぶの、やめてよね‼」
東正義のツッコミが室内に木霊する。
訓練場の倉庫。緊急時の武器庫としても利用されている部屋には、訓練用の刃のない剣や槍だけでなく、実戦用の武器もあり、気密性を重視してか入り口が開いていても室内は薄暗かった。
「騎士団長達が探してるよ、訓練に戻らないと」
「大丈夫だ。あと一時間位粘れる」
「粘るって何?」
奇妙な言い回しに首を傾げる金髪リア充。月日が経ち、貴族との交流に慣れた東正義達は騎士団長の訓練を再開していた。
「ふっ。途中で訓練を抜けたお前達と違って、俺は既にこの道のプロだ。逃走と休息にどれだけの時間をかけられるのか、理解しているのだ」
「それ自慢することじゃないよね‼」
切れの良いツッコミを入れる金髪リア充。
「早く戻ろう、今日は騎士団長から大事な話があるって言ってたじゃないか」
「はっ。あんな人殺しの言うことなど誰が聞くか」
「誰が人殺しだって?」
その時、幽鬼の様な声が室内に響く。
倉庫の入り口には仁王立ちする騎士団長がいた。
「取り敢えず、大人しく訓練に戻ろうか、青葉春人君?」
「……イエッサー」
額に青筋を浮かべた笑顔で指示する騎士団長。その対応は既に熟練の調教師を彷彿とさせるものだ。
「後、隠し持っている物は全て置いていくように」
「……ちっ」
舌打ちをして懐からナイフや鉄甲を取り出す残念な少年。
「他の皆も訓練を再開しているから、東君も戻ってくれるかな?」
「はい、わかりました」
「……頼むから、君は、ああはならないでくれ」
「はい?」
素直な返答をする東正義に対し、一瞬青葉春人の方を見た騎士団長は、金髪リア充の肩に手を置きながら真剣な顔で言った。
「今日の訓練は以上です」
「疲れた~」
訓練場。中世のコロッセオを思わせる建造物の中で、四人の勇者は全身を汗と砂埃で汚し、その場でへたり込んでいた。
「だらしないな、お前ら。それでも勇者か」
「大の字になって寝てる奴が偉そうに言うんじゃねぇ‼」
青葉春人の発言に、怒号で返す西場拳翔。
唯一人、慣れた様に訓練場の中で仰向けに寝転がる残念な少年、青葉春人。
「その体勢のままでいいから聞いてほしい。事前に言っていたと思うけど、皆に大事な話がある」
真剣な顔で語りかける騎士団長。
「当初の予定では、異世界から召喚された皆の訓練が一通り終われば、すぐにでも魔王の討伐の旅に向かってもらうつもりだったのだけど、昨今の貴族との交流の為、難しくなってしまった。そこで少し予定が変更されたんだ」
「変更って、具体的にどう変わるの?」
疑問を口にする南里輝夜。
「簡単に言うと、四人には今迄通り自衛の為の訓練と貴族との交流を続けてもらい、機会を見て勇者として旅立ってもらうことになった」
「あの、それは四人別々で旅立つということですか?」
小さく手を挙げて尋ねる北見梨々花。
「いや。詳しいことはまだ決まっていないが四人一緒に行動することになると思うから、安心してほしい」
「よかった。ありがとうございます」
わざとらしく胸を撫でおろす北見梨々花。
「騎士団長。質問いいですか?」
「何だい、青葉春人君?」
「俺は?」
仰向けに寝ながら手を突き出す残念な少年を見ながら、眉間に皺を寄せる騎士団長。
「国外追放って分かる?」
「…………え?」
場に静寂が訪れる。慌てて起き上がる青葉春人。
「え、何、俺追放されるの、そんな悪いことした?」
「あ、いや、今の冗談で――」
「城の浴場覗いたのがまずかったかな。それとも、騎士団長の予備の鎧に落書きしたことかもしれない。いや待て、王様の座る玉座に覚えたての魔術で悪戯を仕掛けたことかもしれないな」
「あれ君がやったのか!」
「救いようがないわね、こいつ」
自身の犯した罪状を並べ立てる残念な少年を見ながら、騎士団長は怒号を飛ばし、輝夜様は呆れたように嘆息した。
「この話の後で、遺憾ではあるけど、君は他の四人より訓練が進んでいることを鑑みて、先に旅立つことが決まったんだ」
「何だよ。ばれてたわけじゃなかったのか」
「今君が自白したけどね!」
心底ほっとしたように胸を撫でおろす残念な少年を鋭い眼光で睨む騎士団長。
「とにかく、そういうことだから、青葉春人君には旅立ちの為の準備を始めてもらう」
「因みに、旅立ちの日は何時なんですか?」
「明日だ」
「「「明日‼」」」
騎士団長の答えに驚愕する、輝夜様とマッチョ君と金髪リア充。
「幾らなんでも急すぎませんか?」
「旅立つってことは、本格的に魔物とかと戦うことになるんだろ。気持ちの整理とかつかないだろ」
「幾らこの馬鹿に対する対応でも雑過ぎるわ」
「……」
三人の物言いに沈黙で返す騎士団長。
「言い訳に聞こえるかもしれないが、一応言っておく。彼への報告が今日になったのは、本来報告するはずだった日から彼がずっと逃げ続けていたためだ」
「「「……」」」
「それと、実際に、数日前から何度も報告している。本人が覚えているかどうかは分からないが」
残念な少年を威圧する三人の勇者。
「……てへ」
「てへ。じゃねぇんだよ、この馬鹿!」
西場拳翔の叫びを合図に袋叩きに合う残念な少年。
「今日の報告は以上だから、後は好きにしていいよ」
淡々と語る騎士団長の声は、残念な勇者と荒れ狂う三人の勇者には聞こえなかった。