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幕間 冒険者ギルドでの別れの後


「―――行っちまったか……」


冒険者ギルド。ギルド職員や冒険者といった大勢の人間がいながらも、皆なぜか身動き一つせずに静まり返っている場所で、眼帯をしたギルドマスターだけはギルドの出入り口の方を見つめて一人だけ声を発していた。


「―――ホント、まるで嵐のような子でしたね」


暫くして、眼帯の男に続くようにしてゆっくりと口を開くギルド職員の女性。


「『嵐』なんてもんじゃねぇよ。あれはもう『災厄』ってレベルだ」


ギルド職員の女性の言葉を耳にして、苦笑いを浮かべながら否定する眼帯の男。その時、二人の頭の中には、ある一人の少年の姿が浮かんでいた。


「……えっと、それは流石に言い過ぎじゃないでしょうか?」

「……おい、それは本気で言ってんのか?」


大袈裟ともとれる呼称を耳にして少しだけ戸惑いを見せるギルド職員の女性に、なぜか緊迫した雰囲気を出しながら聞き返す眼帯の男。


「まさかとは思うが、アイツが来てからこの冒険者ギルドにどんだけ厄介ごとが舞い込んできたのか、もう忘れたのか?」

「いや、まあ、それは……」


鬼気迫る勢いで捲くし立てる眼帯の男の迫力に押され、言葉尻を濁すギルド職員の女性。


「最近だってな、あいつに関わったせいで一人のベテラン冒険者が急にノイローゼになって田舎に帰っちまうなんて事件を起こしてんだぞ?」


当時の事を思い出してか、ため息混じりに言う眼帯の男。そのベテラン冒険者とは、残念な少年の冒険者試験を担当したロン毛の男である。


「いや、それに関しては本人の素行にも問題がありましたし……」

「そりゃ、ある意味お前もその素行の悪さの被害者だったろうから、言いたい気持ちは分かる。ただその素行はどうあれ、一応は稼ぎ頭の一人だったんだ。大体、いくら性格に問題があったからって、この短い間にあそこまで豹変しちまった奴に向かって、全部を自己責任なんて言うのはちょっと酷じゃねぇか?」

「…………まあ、それは確かに」


ギルドマスターの言い分に、視線をそらしてしまうギルド職員の女性。今、彼女の頭の中では、つい最近までギラギラした装飾のついた鎧を身にまとう気障ったらしいロン毛の冒険者が、その鬱陶しくも艶のあった長髪は全てくすんでボサボサになり、なぜか鎧ではなくボロボロの服を着て意気消沈していた姿を思い出していた。


「最後に受付を担当したのは私なんですけど、一瞬誰なのかわかりませんでしたからね」

「……変に自尊心の高い奴だったからな。あいつに関わったせいでヒドイ目に遭わされたのが、余程堪えたんだろう」


驚くべき豹変をみせたロン毛の冒険者のことを考えながら、静かに言葉を交わす二人。


「ボロ布に木の棒なんていうフザケタ装備の奴に冒険者試験でタコ殴りにされるは、報酬の高い仕事の時に限って気付かれることもなくあいつに邪魔されるは、俺から見てもホント碌な目に遭わされてなかったからな。……とどめに、得意先にしてた貴族の家は魔族騒動に関わってたとかで潰れちまうし」

「……そういえば、その魔族討伐にも関わってたんでしたね。あの子」


不運としか言いようのないロン毛の冒険者のこれまでの記録を語り出す眼帯の男。そこには、高い確率で残念な少年の姿があり、そうした時に限って、ロン毛の冒険者にとって最悪の結果を迎えていた。


間接的な部分もあったとはいえ、彼にとって残念な少年は、まさに疫病神であった。


「……最後、ジークハルトの奴がここを出て田舎に帰る時の格好が、俺にはどうしても冒険者ギルドに来た頃の坊主の姿と重なっちまってな。俺には、あいつの呪いかなんかじゃないかとマジでおもっちまったよ」


まるで貧民が着ていそうなその襤褸切れのような布の服は、この冒険者ギルドに初めて来たときの残念な少年の姿を彷彿とさせるものであった。


「スケルトンの呪いだとかほざく以前に、あいつ自身が呪いの発生源としか俺には思えねぇんだよな」

「…………確かに」


眼帯の男の発言に対して、否定するどころか、ただただ納得してしまうギルド職員の女性。


「……ホント、いい意味でも悪い意味でも、最後の最後まで周囲を引っ掻き回していきやがったからな」


残念な少年を災厄や呪いなどと断じながらも、なにか思うところでもあるのか含みのある言い方をする眼帯の男。


「……寂しくなりますね?」

「あぁ~……。正直、一安心って感情の方がつえぇけど、否定はできねぇな……」


その怖い顔に似合わず照れたように頬を掻くギルドマスターを見て、忍び笑いをするギルド職員の女性。


「散々迷惑を掛けられてはいるが、あいつのおかげで冒険者ギルドに想像以上の利益があったのも事実だしな」


残念な少年の姿を思い出しながら、深いため息を溢すギルドマスター。


「知ってますか? 本来、ほとんどの冒険者が避ける報酬の低い街の雑用みたいな依頼も、あの子はいつも平気で受けていましたから、そうした依頼を出していたこの街の住民たちからは好かれていたみたいですよ」


ある意味でその日稼ぎのような暮らしをしている冒険者にとって、一日のうちに限られた数しか受けられない仕事で得られる金銭の額というのはとても重要だ。どうしても、命の危険があったとしてもある程度まとまった金額を稼げる依頼に集中してしまう。


そんな中で、報酬の額を全く気にせず適当に依頼を熟していた残念な少年は、結果的に報酬の低い街の雑用も多分に受けていたため、街の住人から信頼されていたようである。


「……ああ、知ってるよ。どういうわけか、とくに餓鬼や年寄り共から異様に人気だったからな。おかげで、あいつ指名の依頼なんかも住民の間から大量に出てたから、当分の間、俺らはその処理に追われそうだよ」

「……えぇ~……」


呆れを含んだギルドマスターの言い分を聞き、残業しながら事務作業に追われる自身の姿を幻視したのか、物凄く嫌そうな顔をするギルド職員の女性。


「オイ、そんな顔するなよ。言ってみりゃ、あの『災厄』の坊主の残した置き土産みたいなもんなんだ。しっかり頼むぜ」

「……ハァ~……。わかりましたよ、ギルドマスター……」


苦笑いを浮かべて話しかけてくる眼帯の男に、頭を抱えながらもなんとか返事をするギルド職員の女性。


どうやら、残念な少年という巨大な嵐の過ぎ去った冒険者ギルドだったが、平穏な日々を送るまでにはもう少し時間が必要なようである。


「……さて、休憩はこのくらいにして、お前らもそろそろ仕事に戻れ!」


そして、気を取り直すようにその場で一度背筋を伸ばしたギルドマスターは、両の手を叩いて大きな音を出すと、受付にいた職員たちに向かって仕事に戻るよう促した。


まるで静止していた時間が一気に動き出したかのように仕事に戻る職員たち。そんな中、仕事に戻った眼帯の男やギルド職員の女性はもちろん、受付にいた職員たちは忙しなく働きながらも、偶にチラチラと冒険者ギルドの入り口に視線を向ける。


その視線には、なんとも能天気な声を響かせながら、いつものようにその入り口を通ってくる一人の少年の姿を期待しているような、そんな物悲しさが見え隠れしていた。




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