病弱な王子は姦計をめぐらせるそうです
「なるほど。そういう事だったのですね」
第一王子の私室。天蓋付きのベッドが大部分を占める部屋で、第一王子と騎士団長と魔術師団長は話していた。
第一王子の説明を受けて事のあらましを理解した魔術師団長。
「まあ、先手は打っておいたけどね」
「先手ですか?」
得意げに語る第一王子の発言に首を傾げる魔術師団長。
「青葉春人君を我が国から外に出すことは分かっていたから、行き先の操作をしておいたんだ」
「操作とは、具体的に何を?」
疑問を口にする騎士団長。
「魔族の目撃情報を餌にして、目的地を始まりの街にした」
目を見開く騎士団長と魔術師団長。
「魔族!そんな危険な所にあの子を送るおつもりなのですか‼」
「落ち着いてミネルヴァ。あくまで情報だ」
声を荒げる魔術師団長を、何とか宥める第一王子。
害獣である魔物は魔術を使うために必要な力、『魔力』を体内に持ち、一般の動物より凶暴で変異した個体に付けられる総称だが、魔族とは規定水準以上の知恵を持った魔物の総称で、魔界に住む種族の事である。その力は、人族を含めた他種族を遥かに凌ぐ潜在能力を持っている。その魔族の王が魔王である。
「ミネルヴァは鬼族を知っているかい?」
「……はい。たしか、私達人族の迫害に遭い滅んだ種族です」
第一王子の質問に意気消沈して答える魔術師団長。
「正確に言うと、どの国にも属さない離れ小島で生き残りが暮らしているのだけど、実はその鬼の目撃情報も始まりの街にあって、始まりの街の魔族の情報と被っているんだ」
「え?」
目を丸くする魔術師団長。
「因みに、鬼族が迫害された理由をミネルヴァは知っているかい?」
「もちろんです。確か―――」
発言の途中で何かに気付いたように目を見開く魔術師団長。
「僕は目撃された魔族は鬼族ではないかと思っている」
「しかし、確証はないですよね?」
満足そうに微笑む第一王子に対して疑問を口にする魔術師団長。
「まあね。所で騎士団長殿は何か言うことはないの?」
目的地を聞いてからずっと頭を抱えている騎士団長に、第一王子は尋ねた。
「彼を師匠の所に預けるつもりですね」
騎士団長の言葉を聞き、第一王子の口角が上がる。
「流石ラインハルト。話が速い」
「え、何、どういうことですか?」
唯一人、話の流れについていけない魔術師団長。
「簡単に言うと、ラインハルトの師匠とミネルヴァのご両親に青葉春人君を預けてみようという話だよ」
「…………ええぇぇぇー‼」
開いた口が塞がらない魔術師団長。
「何をどうしたらそういった考えになったのかお聞かせいただけますか?」
今だ、混乱しているのか、まくし立てるように話す騎士団長。
「そうだね。理由はいくつかあるけど、一番の理由は先行投資ってやつかな」
「はい?」
第一王子の発言に首を傾げる騎士団長。
「取り敢えず、確認なんだけど。この部屋の結界は機能してる?」
第一王子は魔術師団長に質問する。
王族の部屋全てには同じ仕掛けがあるのだが、第一王子の私室には外部の者が盗み聞きできない様魔術による防音の結界が施されているのだ。
「はい。機能しています」
「ありがとう。ミネルヴァ」
「既に聞かれると不味い話を散々した後で確認ですか」
「まあ、あれぐらい聞かれても何とでも出来るからね」
朗らかな笑みを湛えながら事も無げに言う第一王子に、内心で恐怖する騎士団長。
「真面目な話なんだけど、二人はこの国をどう思う?」
真剣な表情で語る第一王子に対して、言葉に詰まる二人。
「唐突ですね」
「確かに突拍子無かったね。でも、出来れば真面目に答えてほしい」
緊迫した空気を出す第一王子。
「私は、この国が好きですよ。ハル君や騎士団の皆。魔術師団の皆や城下に住む人達。リナリス様、シリウス様、城に住んでいる皆。上手く言えないですけど、私にとって特別で、大切なものが沢山ある国だと思っています」
照れた様に頬を赤らめて語る魔術師団長。
「何より、魔術の才能がなかった私を魔術師団長として受け入れてくれたこの国の民の為に、出来ることは全てしたいです!」
胸を張って語る彼女の澄んだ目には、民の為に尽くそうとする信念が見えるようだった。
「私がこの国にいるのは、元々戦争孤児で身寄りのなかった私を受け入れてくれた師匠への恩返しである気持ちが強いです。ですので、俺にはミネルヴァの様な愛国心はありません」
俯きながら語る騎士団長。
「ですが、何の後ろ盾もないにもかかわらず、騎士団長としての席を私に下さったシリウス王子には、既に騎士として私の命を預けています。貴方様が望むのなら、国を守る盾にも、民を脅かす敵を斬る刃にもなりましょう!」
第一王子を見据える真っ直ぐな瞳には、彼の中にある絶対的な忠誠心が見えるようだった。
「そうか、二人ともありがとう」
朗らかな笑みを浮かべて頷く第一王子。
「それで、この質問の意味は何だったんですか?」
当然の疑問を口にする騎士団長。
「うん、それはね」
「……」
「……」
「…………ただ聞いてみたかっただけ」
たっぷりと間を開けて口にした第一王子の物言いに、膝から崩れ落ちる二人。
「二人とも大丈夫。まだ若いのに足腰弱くなった?」
「シリウス様‼」
「そういった冗談はやめてください!」
威勢のいいツッコミを入れる騎士団長と魔術師団長。
「ごめん。リラックスさせようと思って、つい」
睨みを利かせる二人。
「今度こそ本題。実は城内に内通者がいます」
「「……はい?」」
言葉を失う二人。
「流石幼馴染。生きぴったりだね」
「そういう問題じゃないでしょ! 何ですか内通者って?」
あっけらかんと言う第一王子に、捲くし立てる様に尋ねる騎士団長。
「僕にも詳しいことは分からない。ただ、城内によからぬことを企む連中が紛れ込んでいるのは確かだ」
「何を根拠に?」
「それは秘密」
人差し指を口元に当てる第一王子。
「ただ、はっきりしているのは、奴らを放っておくと、この国に災厄を招く可能性があるということだ」
真剣な顔で語る第一王子に、本当の話なのだと納得してしまう騎士団長。
「……その為の投資ですか」
「そう。流石ラインハルト。勇者の称号にかけてみるのも悪くないと思ってね」
喜色を浮かべ答える第一王子。
「本音は違いますよね」
「うん?」
「貴方の事だ。本当は、身近に危険が迫るこの国に、異世界から来た若者達を巻き込まないための処置でしょ」
「……ばれてたか」
騎士団長の物言いに、苦笑いを浮かべる第一王子。
「まあ、その方が、話が速い。取り敢えず二人には僕の言ったことを念頭に置いて、四人の勇者達を見守っていてほしい」
「え、どういうこと?」
「はい。しかし、その内通者は放っておいていいんですか?」
「ちょっと待って、勝手に話を進めないでください」
「うん。正直、どれだけの規模で何処まで侵食しているかわからない。下手に動くととんでもないしっぺ返しを食らいそうだしね。この手の事はプロに頼んでいるから、二人は気にせず、目先のことに集中してほしい」
一人置いてきぼりを食らう魔術師団長。
「ミネルヴァ、後で説明するから静かにしていてくれ。……それで、プロというのは?」
落ち込む魔術師団長を無視し、騎士団長は尋ねた。
「ギルドマスターさ」
朗らかな笑みで答える第一王子。何故か騎士団長の顔が引き攣る。
「というわけで話はおしまい、話しすぎて疲れた。後は手筈通りに頼むよ」
「色々と言いたいことはありますが、分かりました」
額に青筋を浮かべて言う騎士団長。
唯一人、状況についていけない魔術師団長が部屋の隅で静かに泣いていた。