幕間 毒舌鬼メイドと純粋な孤児たち
「――――――ねぇ、ハルト兄ちゃんをイジメちゃだめだよ?」
とある教会の中庭。話し込んでいる三人の邪魔にならないようにと場所を変えた紫色の髪をしたメイドに向かって、一人の幼い少女が話かけた。
「別にイジメているわけではありませんよ」
「ホント?」
どこか機械のようにも感じる笑顔を張り付けたような表情を相手に向けながら、無和崎色の髪をしたメイドは返事をした。
それに、幼い少女はコテンと小さく首を傾げると、メイドの方を見つめながら問いかける。
「ええ、本当です。どうしてそう思われたのですか?」
「だって、お姉ちゃん。ずっと怖そうな顔してるから……」
「え?」
幼い少女の発言を聞き、驚きのあまり目を丸くする鬼メイド。
「それは―――」
「シスターアンジェが言ってたよ、お姉ちゃんみたいに表情がわかりにくくても、たまに眉間に皺のよる人は実はすっごく怒ってるんだって!」
「…………」
幼い少女の指摘に、言葉を詰まらせてしまう鬼メイド。
「お姉ちゃんは、なんで怒ってるの?」
「…………お嬢様には関係のない話ですから……」
幼い少女の頭を撫でながら、やんわりと話を逸らす鬼メイド。
すると、そこに一人の幼い少年がやってきて口を開く。
「お前、何言ってんだよ? このお姉ちゃんは怒ってるんじゃなくて、誰かにイジメられてるせいで苦しんでんだよ」
「っ!」
「そうなの?」
突然現れた幼い少年の発言に、思わず顔を引きつらせてしまう鬼メイド。その横で、不思議そうな顔をして無邪気に質問をしてくる幼い少女。
「ああ。だって、金貸しの貴族にイジメられてた時のスケルト牧師や、イジメられて一人ぼっちになって、この教会で拾われたばかりの頃の俺達とおんなじ顔してるもん!」
「…………」
胸を張って自信満々に言う幼い少年の方を見つめて、沈黙してしまう鬼メイド。
「……違いますよ」
「ホントに?」
「……ええ」
絞り出すようにして声を出しながら、幼い子供達の考えを否定する鬼メイド。
「じゃあさ、もしお姉ちゃんが誰かにイジメられた時のために、ハルト兄ちゃんから教わったとっておきの方法を教えてあげるよ!」
「え?」
元気よく言った幼い少年の発言に対し、思わずキョトンとした顔になる鬼メイド。
「あのね。もしも誰かにイジメられて辛くなったら、そのいじめっ子をイジメ返せばいいんだって!」
「…………は?」
幼い少年の発した予想外の答えに対し、マヌケな表情を晒してしまう鬼メイド。
「ハルト兄ちゃんが言うには、イジメられた分の倍以上の恨みを込めてイジメると、ちょうど良いらしいよ!」
「……それ、いつもみたいに、ハルト兄ちゃんの出まかせじゃないの?」
少年の言葉を聞き、幼い少女が反論をする。そこに、また一人の幼い少年がやって来た。
「いや、多分嘘じゃないと思う。だって、僕もその話聞いたんだけど、その時にハルト兄ちゃんが僕達と同じ年の頃にいじめっ子を縛り上げて、よく木とかに吊るしてたって自慢してたから」
「………………プッ」
新たにやってきた幼い少年の発した衝撃的な発言を耳にし、孤児達の話している横で、つい吹き出してしまう鬼メイド。
すぐにハッとし、誰かに聞かれていないかと、口元を手で押さえたまま素早く周囲を確認する鬼メイド。どうやら、話に集中していた幼い子供達にも気づかれてはいなかったようである。
「確かに、ハルト兄ちゃんならやってそうだよね?」
「うん。絶対にやっていると思う」
「シスターアンジェもよく言ってたけど、ハルト兄ちゃんは碌な環境で育ってないから、周囲に迷惑をかけるのが当たり前なんだと思ってるらしいよ」
「………………」
孤児達から碌な奴じゃないという確固たる信頼を得ていたらしい残念な少年。幼い子供達のそんな話に聞き耳を立てながら、必死で笑いを堪える鬼メイド。
「あ! そういう事か!」
「ん? どうかしたのか?」
「今ね、メイドのお姉ちゃんがハルト兄ちゃんをイジメてた理由が分かったの!」
「……はい?」
何かに気付いたように両手を叩いて嬉しそうにしている幼い少女。それを見つめながら、何度も目を瞬かせる鬼メイド。
「いじめっ子をイジメるのが辛い思いをした時の対策なんだよね?」
「うん。ハルト兄ちゃんはそう言ってたけど?」
「たぶんね、メイドのお姉ちゃんもその方法を知ってたから、あの中で一番のいじめっ子だったハルト兄ちゃんをイジメようとしてたんだよ!」
「???」
喜色満面になりながら言った幼い少女の発言に、頭に幾つものクエスチョンマークを浮かべてしまう鬼メイド。
「そっか! ハルト兄ちゃんはこの世界で一番のいじめっ子だってよく言ってるもんね!」
「そうそう! この前も『フハハハッ! この世に存在する全てのいじめっ子共は、最強のいじめっ子であるこの俺様がイジメ倒してくれるわ!』って変な笑い方しながら言ってたしね!」
「うん! そのあと、スケルト牧師とシスターアンジェに『あれは悪いお手本だから、絶対にマネしちゃだめだよ』ってすっごく言われたから、よく覚えてる‼」
「………………ぷっ。あははははは!」
「「「っ!」」」
孤児達の衝撃的な話を耳にして、笑いを堪え切れなくなった鬼メイドは、ついに笑い出してしまう。
その笑い声を聞き、話をしていた三人だけでなく、色々な遊びをしていた周囲の孤児達まで一斉にメイドの方に視線を向ける。
「……お姉ちゃんが笑った!」
「…………あ」
どこからか聞こえてきた幼い少女の明るい声が耳に入ったのか、ようやく現状に気付き、しまったとでも言いたそうに困った顔をつくる鬼メイド。
その後、なぜかテンションを上げた幼い子供達の大群に襲われるような形で、その周囲に群がられてしまう鬼メイド。
必死で燥いでいるそんな子供達を相手にいている間、鬼メイドには最初に浮かべていた作り笑いも、いつもの無表情も浮かべている余裕はなく。
そこには、その気持ちや状況によってコロコロと表情を変える、年相応に幼く見える、ごく普通の少女の姿しかなかった。