病弱な王子は愚王の尻拭いをするそうです
「勇者達の経過はどうだい?」
寝室。天蓋付きの大きなベッドが中央に置かれた絢爛豪華な部屋。ベッドに横たわる金髪の青年は身を起こし、傍に立つ騎士団長に尋ねた。
「はい。今の所、訓練は順調に進んでいます」
「そうか」
僅かに顔を綻ばせる青年。
「どうされましたか?」
「いや。ただ、順調と言う割に、約一名、面白いことになっているよね?」
喜色を浮かべながら、騎士団長に見せるよう人差し指を立てて言う金髪の青年。
「あれですか?」
「そう、あれ」
青年の言葉に苦笑いする騎士団長。
「彼のやる事にはいつも笑わせてもらっているよ。仮にも王国最強の剣士を人殺し呼ばわりして城中を駆け回った時は、本当に可笑しかった」
「笑い事ではありません」
「あはは」
頭を抱える騎士団長の姿が面白いのか、更に口角を上げる金髪の青年。
「最近は、初めの頃の軟弱さが嘘の様に腕を上げたせいで私以外の騎士では手に負えなくなっているのですよ」
「召喚されてからまだそんなに日が経っていないのに、凄いよね」
「他人事だからって、簡単に流さないでくださいよ。シリウス様」
終始笑顔を湛える金髪の青年。彼の名はシリウス・ペンドラゴン。王様の五人いる子供の一人で、この国の第一王子にして次期国王とされている人物。太陽の光を集めた様な金色の髪、空の色を移した様な、澄んだ青い瞳を持った美男子である。
今は、少々頬がこけ、病的に青白くなった肌が端正であろう顔立ちを台無しにしていたが、瞳の奥に強い熱を秘め、理知的な空気を纏った青年であった。
「ごめんよ。ただ、勇者召喚の話を聞いた時は色々と心配していたのだけど、彼の話を聞いて少し安心したんだ」
「指導する側である我々としてはそれどころではありませんよ。城内では問題児扱いです」
嘆息する騎士団長。
「でも、君の幼馴染の指導は問題なく行われているのだろう? 彼女からは自身の失敗の事しか聞いていないよ。むしろ百年に一人の秀才だと騒いでいた位だ」
首を傾げながら尋ねる第一王子。実は、魔術師団長と騎士団長は幼馴染なのである。
「正直、普段の態度を見ていると信じられませんよ。潜在能力の検査の結果も酷かったので、最初は期待していなかったんですよ。それが、今では、泣き言が多いのは相変わらずですが、私の訓練も軽々とこなしている節があります」
「本当、恐ろしい成長速度だね」
「ええ。ですが、何より質が悪いのは、本人に自覚がない事なんですよ」
騎士団長の発言にキョトンとする第一王子。
「自覚がない?」
「はい。最近は、彼の成長速度に合わせて訓練内容を厳しいものに頻繁に変えているのですが、本人は虐めだととらえています」
「……」
「その癖、あっという間に訓練内容を終えてしまいますし、放っておくと遊び始めますから残りの時間何をするのかその場で考えさせられて、苦労させられていますよ」
「……ぷ」
「シリウス様!」
必死で笑いを堪える第一王子。
「ごめん。つい、手のかかる子供をあやしている姿を想像してしまってね」
「まったく。何をどうすればあんな男が育つのか、親の顔が見たいですよ」
「あはは」
「シリウス様‼」
堪えきれずに笑いだしてしまう第一王子。
「まあいいじゃないか。他の勇者達も問題なく貴族達との交流を深めているのだろう?」
「ええ。シリウス様のお考えの通りに動いていますよ」
第一王子の問いに淡々と答える騎士団長。
実の所、貴族達に勇者の情報を流し、交流会が行われるよう誘導したのは第一王子なのである。自国や勇者達自身に不利益なこともあるが、この国の中の限られた人間としか関りを持たない勇者達に世界を知るきっかけを与える為に動かしたのだ。
「そう拗ねないでよ。昔から君が好意を寄せている幼馴染が厚意にしているからって嫉妬するのはお門違いだよ」
「何言ってるんですか! 話をすり替えないでください!」
顔を赤くして怒鳴る騎士団長。
「それよりも、今は陛下の事です」
「……ああ」
今迄の楽しげな会話が嘘の様に緊張した面持ちを見せる二人。
「まったく。父上には困ったものだよ。勇者召喚もそうだけど、最近の行動は目に余る」
深い溜息を溢しながら第一王子は言う。
「現在、我が国と他国との間には緊張状態が続いています。どのようなきっかけで戦争に発展してもおかしくない状況です」
「禁術とされている勇者の召喚を我が国の独断で行ったんだから仕方ないよね。それで、父上達はこのことに気付いてる?」
「いえ。残念ながら」
「だろうね。リナリスにも困ったものだ」
勇者の召喚は発動が困難な魔術に指定されているだけでなく、発動すること自体してはいけない禁術とされ、世界全土で禁止しているのだ。
これは、異世界に住む人間の尊厳を尊重することと同時に、国が無暗に戦力の増強をし、人界にある国のバランスを崩すことを避ける為に決められていたのだ。
「一応聞いておくけど、魔族の動向は?」
「はい。今迄通り、我が国に影響はありません」
「だよね」
確かに魔物や魔族が人界に迷惑をかけることはあるが、それは、人界に住む者がしている事と大差はない。魔族の大半は自分達が住む魔界のことで手一杯だ。あえて被害と言うなら、領土拡大を狙った一部の魔族の進行位だが、異世界から人を呼ぶ程困っているわけではない。
なのに、何故、勇者を召喚したかと言うと、自国の保身のためだ。
「そんなに過去の栄華が恋しいのかな」
「現国王がお生まれになった時代と比べれば、確かに国力は落ちていますからね」
自国が世界の歴史に語られる勇者を所有することで失われた国の力を誇示し、他国や魔界との交渉や侵略を円滑に行おうと国王は考えているらしい。
「息子の僕が言うのもあれだけど、流石愚王だね」
他国の間では、この国の現国王は国政に全く関わらず、偶に関われば問題を起こし、面倒なことは全て家臣に任せきりにしている姿から『稀代の愚王』と呼ばれていた。
「シリウス様。不敬にあたりますので、陛下を愚弄する発言はお控えください」
「そういう意味じゃなかったんだけど、流石に軽率だったね。ごめん」
苦笑いを浮かべる第一王子。
「父上はやれば出来る人なんだけどね。普段やらないだけで」
「いい年の大人に対して子供みたいなことを言わないでください」
「あはは。でも、他種族の文化に排他的だった我が国がここまで発展できたのは父上が国王になったおかげだと思わない?」
「……それは、まぁ」
元々この国は人族至上主義で、建国の時から人族以外に対して排他的であったが、他種族の文化に寛容な考えを持っていた現国王が幼い頃に就任したことで、他種族はもちろん、異世界の人間である勇者達の文化を取り入れたことで発展してきたのだ。
「国なんてものは繁栄と衰退を繰り返すものなんだ。百年以上も続けば十分だと思うんだけどなぁ」
「シリウス様。ですから、そういった発言はお控えください」
「本当に真面目だよね、ラインハルト」
朗らかな笑みを浮かべる第一王子。
「何より大事なのは人民だからね。取り敢えず、外交に出ている二人と連絡が取れ次第、前に決めた方針で続けてくれる」
「畏まりました」
騎士の見本のような綺麗な礼をする騎士団長。それを見て表情に影を落とす第一王子。
「こんな時、周りに頼ってばかりで、自由に動くことも出来ないこの体が歯痒くて仕方ないよ」
「シリウス様」
光沢を放つ高級なシーツにはっきりと見て取れる皺が出来る程握りしめる第一王子。
王族として高い資質を持つ第一王子だが、生まれつき体が弱く、殆ど部屋を出ることが出来ないのだ。その為、外交など多くの事を他の者に任せていた。
ふと、騎士団長が扉に視線を向けると、突然、外が騒がしくなり、寝室の扉が勢いよく開かれる。
「シリウス様!ご相談が―――」
息を切らせて入ってきた魔術師団長は、何かに躓き転倒した。
「……ミネルヴァ」
頭を抱える騎士団長。
「王子。申し訳ありません。止めたのですが聞き入れてもらえず」
「構わないよ、そのまま警備を続けてくれ」
申し訳なさそうに様子を窺っていた騎士に返事を返す第一王子。扉が閉められると、立ち上がり身なりを整える魔術師団長。
「お恥ずかしい所をお見せしてしまい申し訳ありません」
「いいよ。何時もの事だから」
恥ずかしさに顔を俯ける魔術師団長。
「所で、慌てていたみたいだけど、どうしたの?」
「そうでした、シリウス様にご相談したいことがあるのです!」
第一王子の疑問に慌てて答える魔術師団長。
「落ち着けミネルヴァ。ここはシリウス様の私室だぞ」
「あ。ハル君も来てたんだ」
能天気に笑う魔術師団長に目を向け、溜息をつく騎士団長。
「その呼び方はやめろ。立場というものがあるだろうが」
「もしかして、ハル君照れてる?」
「照れてない!」
顔を赤らめて怒る騎士団長。
「二人共、いちゃつくのは後にして、質問に答えてくれないかな?」
優しい言葉尻とは裏腹に、今迄の朗らかな印象が嘘の様な鋭い眼光で二人を戒める第一王子。
「「はい。申し訳ありません」」
「別に謝罪はいいから。相談があるんだよね?」
「はい。実は、青葉春人君のことでご相談が」
名前の挙がった人物に眉を顰める騎士団長と第一王子。
「まさか、ミネルヴァも例の噂を聞いたのか?」
「え?噂って何?」
騎士団長の問いに首を傾げる魔術師団長。
「実は、父上が彼を排除する計画を立てているらしいんだ」
第一王子の発した一言で、室内に重苦しい空気が立ち込めた。