意外と長い、奴隷の購入 パート5
「――――――あの、申し訳ありませんが、手続きを再開してもらえませんか?」
その時、先程から話を脱線させて雑談を続けていた二人を黙って見守っていたサングラスをかけたディーラーが堪り兼ねた様に会話を断ち切った。
「……ああ、わりぃわりぃ。手間を取らせたな」
「いえ。出過ぎたマネをしてしまい申し訳ありません」
慇懃な態度で礼をしているサングラスのディーラーに対して、申し訳なさそうに言葉を返すカジノのオーナー。少し粗野ではあるが、その低姿勢ともとれる部下に対する所作は、マフィアのボスのような風貌からは想像もできないものであった。
「とりあえず、その契約書を確認して、問題が無けりゃそこにサインしてくれ」
「オーケーオーケー……」
ようやく手続きの進行を再開すると、契約書を読んだ残念な少年はオールバックの男に示された箇所に名前を記入した。
そして、残念な少年は、サインをした契約書と一緒にチップの入ったケースを丸ごとオールバックの男に渡した。
「……ぷっははははは! お前、ホント面白れぇよな!」
「……ここでは静かにしなきゃいけないんじゃなかったの?」
チップの入ったケースを手に取りながら大笑いするオールバックの男。それに対して、自分の事を棚に上げた、今更な注意を口にする残念な少年。
「……ふう。とりあえず、これで手続きは終わったから、奴隷との顔合わせでもするか」
「おぉ、いよいよですか」
オールバックの男が契約書とチップの入ったケースを懐から取り出した装飾のついた箱にしまうと、二人は席から立ち上がった。
「……それで、肝心の鬼娘はどこに?」
「もうすでに変なニックネームをつけてんじゃねぇよ。……魔術による奴隷契約は終わっても、潰した喉の治療とか、表で他人の目に触れても問題ないようにある程度見た目を誤魔化すための方法とか、色々と用意が必要になるから地上にある別室に移したんだよ」
「……え? こんな短い時間に?」
キョトンとした顔で疑問を口にする残念な少年。
「というか、誰がそんなことしたの?」
「そりゃお前、その奴隷をのぞいたら俺ら三人しかいねぇんだから、できるのは一人しかいねぇだろ?」
「ええ? 三人ともずっとそばにいたよね?」
素早く周囲を見回し始める残念な少年。
「あれ? グラサンの人は?」
「だから、そいつが地上まで奴隷を連れて行ったんだよ。ここに居るわけねぇだろ?」
「いやいやいや! ついさっきまでいたじゃんか!」
残念な少年に戦慄が走る。本当に先程まで傍にいた筈のサングラスをかけたディーラーの姿は、少年の周囲にはなかったのだ。
「兄ちゃん。幻でも見たんじゃねぇか?」
「ええぇ! だって会話してたじゃんか!」
「は?」
納得がいかないとでも言いたげに叫ぶ残念な少年。そんな少年を訝し気な目で見るオールバックの男。
「……まあいい。もうここに用もねぇし戻るぞ」
「えええぇ~……。何で、どういうこと? 謎過ぎる……」
プチパニックを起こして頭を抱えてしまう残念な少年。そんな少年を気にせずに、いつの間にかランタンを手にしたオールバックの男は最初に降りてきた階段を目指して歩きだしていた。
ふらふらとした足取りでその後になんとかついていく残念な少年。
そんな混乱している残念な少年の方からは見えない程遠く離れたところ。サングラスをかけたディーラーは暗闇の中で、唯一の光源であった蝋燭の光を一人で黙々と消して回っていた。