他人の心配など、汲み取れないのが普通
「何それ?」
テーブルの上に置かれた紙きれを見つめて、残念な少年は尋ねた。
「紹介状じゃ」
「何の紹介状?」
「カジノ」
「カジノ?」
短い問答をする残念な少年とゴブリン爺ちゃん。最後の言葉を聞き、キョトンとした顔で首を傾げてしまう残念な少年。
「儂が若い頃、まだ魔術師団長をしとった時にある功績を挙げた事に対する褒賞として手に入れたものでな。この辺りで王国の公認を得ておるカジノの紹介状じゃよ」
「へぇ~。ホントこの世界って何でもあるなぁ~」
「まあ、単純に金を消費したいというならギャンブル以上の方法もないじゃろう。儂が生きとる間に使うこともないじゃろうし、遠慮なく持っていけ」
「おぉ! ありがとう爺ちゃん!」
「……婆さんにバレたらえらい事になるじゃろうから、絶対に隠し通すんじゃぞ……」
カジノへの紹介状という紙きれを手に取りながら、嬉しそうにお礼を言う残念な少年。それを見ながら、カジノなどというものを紹介したことで、自分にまた雷を落とす妻である皺くちゃの魔女の姿を幻視し、小さい声で注意を促すゴブリン爺ちゃん。
「それより、そんな昔に貰った物なのに効果ってまだあるの?」
そんな不安になっているゴブリン爺ちゃんの態度など無視しに、思ったことを口にする残念な少年。
「ああ、たぶん問題ない。カジノは今も経営を続けとるし、その紹介状の期限は無制限で、儂の認めた者なら誰でも使用できたはずじゃ。紙面にも、書いてあるじゃろ?」
「……うん、確かに」
ゴブリン爺ちゃんに促されるように紙きれを眺めた残念な少年は、納得したように頷く。
「それじゃ、早速行ってみるな!」
「……のう、せめて貯金するという選択肢はないか?」
「ええぇ~。だって、元はスケルトンの遺産だったわけだし、持ってたら呪われそうじゃん」
「いや、まあ、うん。お主がそれでよいならいいんじゃが……」
「そ。じゃあ行ってきます‼」
「……行ってらっしゃい」
その紙きれに書かれていたカジノに早速向かおうとする残念な少年を、どこか納得のいかない様子で呼び止めるゴブリン爺ちゃん。
しかし、最後には諦めた様に残念な少年を見送った。そして、少年の後ろ姿を見ながらため息を吐く。
「……はぁ~。ホント、自分が異世界から来た勇者だという自覚があるのかのぅ……」
異世界であるがゆえに身寄りもない身で、少しでも資金があった方がいいんじゃないかと心配する中で、そんな老人の不安を余所にどこまでも能天気な少年を思いながら、ゴブリン爺ちゃんはまたも深いため息を吐く。
そこには、少年がこれ以上誰かに迷惑を掛けないかという不安な気持ちも含まれていた。
こうして、残念な少年はカジノへとやって来ることになった。そして、誰かに迷惑を掛けないかという老人の不安は、見事に的中することになる……