99:新たな問題
「ミルリル、待て」
前方200m、それは既にUZIの――設計上はどうあれ少なくともミルリルのUZIの、射程には入っているのだ。
馬車はゆっくりと速度を落として停止し、御者が御者台で立ち上がって両手を上げた。
距離は150mほど。意外なことに騎兵8騎も停止して下馬する。手槍と剣は地面に置かれ、8名全員が両手を見える位置に出したまま片膝をついて控えた。
「……なんの真似じゃ、あれは」
「わからんけど、なにか用があるんだろう。魔王に」
まず間違いなく厄介事に違いないが、偵察といいつつ死体を積み重ねることになると覚悟していた俺は少しだけ違う展開に期待していた。
御者がこちらに頭を下げてから馬車の横に走り、扉を開ける。攻撃の意図はないから主人の登場を待てといっているのか、降りてきたのは、白い軍服を着た金髪の女性。年の頃は20代半ばといったところか。馬車を見る限り王国貴族なのだろうが、どういう立場なのかはわからん。
「お、お逃げくださいぃーッ!」
ウラルの横をヨタヨタと駆け抜けた馬は、先ほどの野盗に堕ちた騎兵のものだ。血塗れでひん曲がった両手で必死に手綱を操り、馬車へと近付いてゆく。
「エルケル卿、この蛮族は油断なりませぬ! おかしな魔道具を使ってきますゆえに、騎士の足止めに……って、ぶ」
騎兵は揺らいで、落馬する。地面に叩き付けられた身体から、ころりと首が転がる。
「失せろ、下郎」
大した腕だ。エルケル卿とやらが手しているのは、何というのか知らんけどフェンシングで使うような細刃の剣。不快そうに見下ろした女性は、血振りをした後で鞘に収め、御者に渡す。
両手を上げて丸腰であることをアピールすると、良く通る声で彼女はいった。
「……失礼した。テケヒューヨシュア殿。少し話がある。そちらへ行ってもよろしいか?」
正体バレてますやん。おかしな読み方してるけど、何度か自らそう名乗った記憶もあるから、どこ経由の情報かわからん。
俺はミルリルと顔を見合わせる。のじゃロリさんは好きにしろとばかりに肩を竦め、UZIのセイフティを掛けて側車の足元に置いた。ショルダーホルスターに“発射可能状態で安全装置掛けた”のM1911コピーが入っているから緊急対処は可能なのだけど、相手に対して(主に礼儀として)警戒を解くポーズを示したのだ。
さて、問題はこの軍服姿の貴族様だが……正直、どう対応すべきか迷う。
とりあえず俺は、こちらも武装解除したというようなポーズで両手を広げた。来ても構わないという意思表示だ。収納から銃を出して射殺するまで2秒と掛からないのだから、文字通りの儀礼的行為でしかないのだが。
わかっているのかいないのか、馬車や護衛の兵士たちをその場に残して、エルケル卿とやらは背筋を伸ばしてこちらに歩いてくる。
「お初にお目に掛かる。わたしは、カイリー・エルケル。若輩ながら、王国南部で侯爵領を継いでいる。……念のためにいっておくが、内乱の前からだ」
「侯爵殿が、わたしに何の用です」
「用というほどのことはない。我々南部の貴族はケースマイアンに敵対する気はないということを伝えるのが役目だ。願わくば王国への不干渉を、というくらいだが、それについては個人的な意見だ」
「構いませんが、もしこちらが拒否した場合は、どうするつもりだったんです?」
「なにも。我ら南部貴族は先の軍事衝突に領軍を出していないが、その不幸な結末も、そちらの武力も、大方は把握している。貴殿らがなにをしようとこちらに止める術はないし、止める気もない。当然わかっていると思うが、互いに干渉したところで、なんの利益などないのだからな」
たしかに、恨みもない上に得るものもない王国南部貴族領に手を掛けたところで、リスクとコストとデメリットはあっても、さほどのメリットはない。まして相手方からしてみれば、ほぼ自殺行為だ。
「それだけのために内戦下の王国を縦断してケースマイアンを目指したのですか?」
「個人的な興味もあったことは否定せんが、いまさらだ。ここまで拗れては収拾など付かん。貴殿らが王国になにを求めるのかは知らんが、この亡国の際で、せめて決着がつくまで待ってもらえるだけでいい」
おかしなことになった。互いに不干渉を求めることで利害は一致しているが、その反面この先を含めて両者の関係にはなんの利益もない。こうなると逆に対処に困る。
「ケースマイアンと亜人に手を出さない限り、こちらからも危害を加えるつもりはありません。求めるものがあるとすれば、王国内に逃れた亜人の保護と引き渡しですが」
「把握している限りの亜人は、我が領地に避難してもらっている。比較的安全な場所にいるし、いつでも引き渡しは可能だが、そのためには戦場を跨がねばならん」
大型軍用トラックの方のウラルなら、収納に入れてある。となると、収容可能な人数かどうかだ。
「人数は」
「97名だ。ふたり妊婦がいるとは聞いているが、健康状態に問題はない。傷病者もいない」
トラック1台での輸送は、無理があるかな。距離によってはギュウ詰めで我慢してもらうことも考えたけど、立ってもらっても97人なんて乗れない。そもそも南部領っていうからにはそんな生易しい距離にあるとは思えない。
「ここから侯爵領まで距離はどれくらいですか」
「300哩といったところか。馬車で最短10日ほどだ」
うん、完全に無理だな。500km近い。トラックで5~6回に分けたピストン輸送か、ケースマイアンに戻ってハンヴィーやトラジマ号と輸送隊列を組むかだ。
今度こそ偵察だけのつもりだったんだけどな。
「それで、彼らの引き渡し条件はなんです?」
「条件? こちらが条件を付けられる立場だとでも?」
「これまで聞いてきた話からも見てきた状況からも、王国貴族がいままで亜人たちの保護を行ってきたとは思えない。ケースマイアン討伐軍が全滅したのを見て、保護が必要だと考えたのでしょう。知りたいのは、その理由です」
若き侯爵カイリー・エルケルは沈んだ顔で笑みを浮かべて首を振る。
「理由……か。敢えていえば、贖罪ということになるのだろうな。保護が必要と考えたのは、もう少し前だ。少し、問題が起きてな。我らはその間違いを認め、許しを乞うているのだ」
侯爵の言葉に俺たちは首を傾げる。
彼女の表情を見る限り、口にしているのは単純な綺麗事ではなさそうだ。ケースマイアンの民が力を付けたから媚びて友好関係を取り持とう、というような打算は感じられなかった。なにかが起きて、彼らは自分たちなりの判断を下し行動してきた。
問題はそれが、なにかということだが……。
「罪を償うための保護? 間違いというのは誰による、どんな間違いに対してです」
「……実は、保護できたのは97名だけだが、以前の南部領にはその数倍の亜人がいたのだ。だが王家からの触れが回り、南部貴族領から亜人たちが王都に送られた。最初は厄介払いができたと考えている領主も多かったと思うが、次第に違和感を持つようになった。王都に向かった亜人たちは誰ひとり戻らず、便りも届かなくなったからだ。不安や不信感で南部貴族領の亜人たちは人間に対して攻撃的になった。関係は悪化し、頻繁に衝突が起きるようになった。力で押さえつけるしかなかったのだが、それでも限界はある。気に食わないからと殺し尽くすわけにもいかん。貴殿らからどう思われているかは察しは付くが、少なくとも表面上、王国法では亜人も人間に等しい扱いを受ける権利が保証されているのだからな」
「面倒な前置きは結構じゃ。王都に集められた亜人たちに、なにがあった」
ミルリルの追及に、エルケルは暗い目をして俺たちを見た。
「2月ほど前のことだ。わたしは、密偵から報告を受けた。亜人たちは、英雄召喚の贄にされたと」




