98:街道にて
ケースマイアンから王都までは、ルートにもよるが概ね300km前後。
両者をつなぐ街道は2本あり、ほぼ最短距離で結ばれた(正確には、王都からケースマイアンを掠めて諸部族連合領に向かう)西ルートと、大きく迂回しながら皇都と王都を結ぶ東ルートだ。
俺たちが走っているのは東ルート。こちらの方が道が整備されていて見晴らしもいい。以前ハンヴィーで王都に向かう途中、イエルケル村で騒動に巻き込まれて引き返すことになったルートがこれだ。
「今度こそ無事に王都まで到着したいとこだな」
「大丈夫じゃ。もう邪魔する者もあるまい」
村の人間に裏切られて皇国軍に捕まっていたイエルケルの同胞を救出できたのだから、あのときの結果には満足しているんだけどね。
街道を走っていると、何度か避難民とすれ違う。こちらのバイクを見て驚く者もいるが、ほとんどは何の関心も見せない。そんな余裕はないのだろう。彼らは大きな荷物を抱えて、子供や老人の手を引き乳飲み子を抱えて、脇目も振らず黙々と道を進むだけだ。
「余計なことを考えるでないぞ」
「え?」
サイドカーで周囲を警戒しながら、ミルリルがチラリと俺を見る。怒ったような、真剣な顔で。
「あの者たちを不幸にしたのは自分ではないか、などと考えておるのであれば筋違いじゃ」
「ああ……いや、でもさ」
「例え結果的には事実であってもじゃ。おぬしがどれほど生温く優しく美しく甘っちょろい世界で生きてきたのかは知らんが、わらわが知る限り、この世の選択肢はふたつにひとつ。“敵を殺すか、味方を殺すか”じゃ」
極論といえば極論なんだろうけど、ミルリルの言葉はなんとなくスルリと腑に落ちた。
敵に情けを掛けると、仲間や味方を殺すことになる。死なないまでも、危険に晒すことになるのだ。いままで上手くいってきたのは、結果的にであれ敵対者を殺してきたからだ。それを否定する気はない。
下手な迷いは、自分のみならずミルリルやケースマイアンの住人までも巻き込む。それだけは、絶対に受け入れられない。
「敵国の民まで虐げろとはいわんがのう。あれは、“向こうから殺しに来た敵を討ち、わらわたちが生き延びた結果”じゃ。受け入れよ」
「……ああ、そうだな。その通りだ」
俺は、たぶん自分が下した決断の責任を取りたくなかったんだろう。
元いたのが優しく甘っちょろい世界というのは、半分正しい。俺が三流サラリーマンとして重ねてきたのは、全方位に嫌われず問題を先送りにしてリスクを最小限にしようという生き方だった、気がする。
そんな選択は、もう存在しない。社会も人間もプリミティブなこの世界で、利害はぶつかるものだ。
相反する利害を調整することが出来るのは、強大で絶対的な力を持った者だけ。俺は、まだその力も覚悟も足りない。
前方で悲鳴と泣き声が上がり、ミルリルが溜息を吐く。
「いうてる傍から、面倒事じゃな」
街道脇に馬車が突っ込んでいて、その後部から引き摺り下ろされた女性が草むらに押し倒されている。馬車の横では商人らしい男が俯せに倒れたまま頭から血を流し、7~8歳くらいの男の子を守ろうと抱え込んでいる。
「ガキを黙らせろ、殺すぞ」
薄汚れた革鎧に剣をぶら下げた男たちが5人、甲冑姿で馬に乗った男が蛮行を冷めた目で見下ろしている。
わかりやす過ぎてゲンナリするような画ヅラだ。この世界来てからリアルで見たことはなかったな。冒険者ギルドはないくせに、こういうのはあるのかよ。
「仕方がないのう。ヨシュア、そのまま進むのじゃ」
ミルリルさんは側車でUZIのボルトを引いた。ムスッと不機嫌な顔を演じてはいるものの、なんだかすごく、嬉しそうだ。
いや、さっきいうてたこととやってることが違いますやん。
「魔王陛下の威光を見せつけてやるくらいなら、よかろう?」
「……御意、妃陛下」
元は正規兵だったらしい男たちは、こちらに反応する暇もなかった。ウラルの排気音に気付くより早く、45口径拳銃弾は男たちの股間を撃ち抜いている。
目玉と違って即死はしない。とはいえ苦しみ抜いて結局助からないという、むしろ殺すより無慈悲なのだけれども。悶絶して悲鳴を上げ続ける男たちの惨状に、残った騎兵が固まったまま戦慄く。
「なッ」
振り上げようとした手槍が吹き飛ぶ。異変を察して持ち上げた右手の指がクシャクシャになっているのを見て、男が息を呑んだまま震えだした。視認して初めて痛みが襲ってきたのだろう。あるある。
俺がウラルを馬の前に停めると、ミルリルさんが立ち上がって、大袈裟にこちらへと手をかざした。
「控えよ。魔王陛下の御前であるぞ!」
……いや、無理無理。前フリなしにそんなんいわれて、反応できるわけないですやん。商人親子とかキョトンとして状況ビタイチ頭に入ってないし。
上官らしい騎兵なんてワケわからんまま5人の部下を2秒で全滅させられて、こちらが敵だと判断できただけでも立派なもんよ。
「……ま、おう?」
騎兵は腰の剣に手を伸ばすが、左手だけではそもそも抜けないことに気付いていない。
気付くより先に、無慈悲な弾丸が手首を撃ち抜く。
「ひょッ、ぉお、ぉ……」
既に心は折れていたのか、上げられた悲鳴は意外にも弱々しく、か細いものでしかなかった。
「貴様は、殺さずにおいてやろう。愚かな決断を下した者どもへと伝えよ。ケースマイアンに降臨した魔王陛下は、眷属どもに手を掛けようとした王国に、闇の鉄槌を下すとな!」
こちらをチラッと見て“なんかいわんか”て顔するけど、やめてくれるかな。そんなん何もいうことないわ。ミル姉さんムチャ振りすんなし。
呆然と見送る商人たちをスルーして俺はウラルを発進させる。
「商人を襲う暇があったら王城でも襲わんか、腑抜け! そんなんじゃから、野盗にまで落ちぶれるんじゃ!」
……いや、それもどうかと思うよ? ていうか、わざわざ振り返って叫ばんでもさ。襲ってた本人は、たぶんもうショックか出血多量で死んでるし。
「国が亡びる瀬戸際だというのに、内乱を鎮めるでも民を守るでもなく商人の妻を襲うとか、どうかしておるわ!」
「おい、文句は後だ。前向けミルリル」
前方200m。森のブラインドコーナーを抜けて、王国軍の騎兵8騎に護衛された4頭立ての馬車が現れた。いまの王国北部であんなもんに乗ってるのは、たぶん内乱の首謀者か、首謀者側についた大物貴族かなんかだろうな。
向こうから来ちゃったよ、亡国の原因が。




