97:広がる夢と冷酷な現実
「おうヨシュアと嬢ちゃん、お出かけか?」
「王国まで偵察じゃ。4~5日で戻る」
側車付き単車に乗って、俺はケースマイアンのスロープを降りる。
平野部の工事は恐ろしい勢いで進み、早くも居住地区と商業地区の区画整備と建物の建築が始まっていた。ミルリルも俺も、徐行しながらキョロキョロと周囲を見渡す。最初に聞いたときには露天に毛が生えたようなものを想像していたんだけど、木造と石造りとコンクリ製と構成は様々だがどれもしっかりした作りの恒常的建造物だ。
各区画の中心部になる十字路にコンクリ製の建物が配置されているのは、侵攻を受けた際の攻撃防衛拠点にする発想なんだろうな、たぶん。
商業を行うという話が出たので、俺は収納に死蔵していた銀貨と銅貨をすべて放出した。その量、実に3バーレル(360リットル。何枚かは知らん)。最初は王国通貨を使用するが、どうせ破綻国家の貨幣だ。鋳潰してケースマイアン硬貨を作るのもいいかもしれない。
「ほぇええ……なんか、知らん町に迷い込んだ気分だ」
「なにをいうておる。胸を張って見よ、どれもおぬしの作り上げた成果であろう?」
「俺たちの、だろ?」
外周部には有刺鉄線付きの柵が設置された。外からの侵入よりもまず住人保護の意味が強い。外堀には危険な生物が泳ぎ回っているのだ。
「ああ、そういやミルリル、やっぱあれ、蛟竜だとさ」
「あれ、というのはあのデカい水棲魔獣か?」
「そう。鑑定掛けたら、あれ面倒臭い生き物みたいだぞ」
鑑定に出た情報によると、人語を解して、戯れに人を殺し、変化の術を使い、怒ると毒を吐く。ホントかどうか知らんけど、事実だとしたら完全な化け物である。
水棲の蛇の魔獣が何百年か成長して蛟竜になり、さらに何百年か成長すると空を飛ぶ巨大な龍になる、とかなんとか。やめろ。そんなの外堀に群れてるとか冗談にもならん。
皇国軍兵士の死体処理に使ったのを少し後悔している。人肉の味を覚えさせてしまったのではないかと。
「それは、いまさらじゃの。しかし、ミズチやらいうのは東方の魔物というておったが。なんでこんなところにおるのじゃ?」
「知らん。それは鑑定には出なかったから、ハイマン爺さんに聞いてくれ」
「人語を解するのであれば、本人に聞いてみればよかろう」
「そうかもしれんけど、毒吐くとか戯れに食うとかいう魔物に接触したくはないな……」
そんな話をしながらウラルを走らせていると、暗黒の森以外で唯一の出入り口となる平野部の南端に出た。
橋の袂には、すっかり大人っぽい表情になった人狼少女メイファちゃんが背筋を伸ばして立っていた。彼女の背後にはメイファちゃんの部下といった感じのチビッ子人狼部隊が儀仗兵のように整列している。
彼らが肩に掛けたM4カービンは有翼族による試験運用で有効性が証明されたため、体格の小さな獣人用に大量導入したものだ。これからはたぶん、M4が主力になりM1903は予備兵器扱いになる。
「魔王陛下に、敬礼!」
「「「「ハッ!」」」」
精一杯の敬意を表明してくれた彼らに、俺は手を上げて応える。
「行ってくる。留守を頼んだぞ、メイファ!」
「はい、お任せください!」
褒められて嬉しいのか、急にふにゃりと子供っぽい笑顔になる。人狼部隊も揃ってブンブンと尻尾を振っているのが可愛い。
「なんじゃヨシュア、締まりのない顔をしよって。おぬしそれでも魔王か?」
「そういうなって。俺な、子供が幸せそうな顔してるのが良い国だと思うんだよ」
「うむ、その通りじゃな。魔王国は、良い国じゃ!」
「落ち着いたら子供欲しいな」
「ゲフッ!?」
不意を衝いてしまったのか、ミルリルが激しく噎せ始めた。真っ赤になって身悶えながらモニョモニョいってるが、拒否している様子もないのでそのうちふたりで考えよう。
ああ、その前に結婚か。こっちのひとたちは、結婚式とかすんのかな。ご両親は亡くなってるみたいだけど、妹のミスネルには話しとかなきゃな。あと新婚旅行とか。行く先に困るが。
新居は……そもそもケースマイアンには、まだ個人の家という発想がないな。いま造成中の居住区には単身者向けの集合住宅みたいなのを作ろうと思ってたんだけど、そういうのとは別にこじんまりした庭付き一戸建てを並べて、そこには家族持ちを住まわせて、子育て支援とかもしたい。教会を保育園にするとか。ショッピングモールとか公園とかもあるといいよな。ああ、そうだ学校も作って、教育は大事だし……。
うん、夢が広がるな。
「ミルリル、夢はないのか?」
「な、なんじゃ、そ、いきなり!?」
ミル姉さんってば、まだ顔が赤い。噛み噛みだし、潤んだ目が泳いでいる。かわええなあ、もう。
「夢だよ。平和になって幸せになって、なんか夢があるとやる気が出るだろ。そういうのがあるんなら、ふたりで叶えたいと思ってさ」
「う~む……急にいわれても、思い付かんのじゃ。そもそも、同胞らと平和に暮らすというだけでも見果てぬ夢と思っておったしのう」
「それもそうか。急がなくてもいい、これからゆっくり見つけていけばいいさ」
「おぬしは、その……コッ、コココココ、子を成す以外になんぞ、あるのか?」
ミルリルさん、噛みまくりで鶏みたいになってますけど。夢か。夢ねえ……
「そうだ、冒険者になりたい」
「は?」
「冒険者ギルドに登録して、ミルリルとパーティ組んでさ。剣と魔法で魔獣を狩って、レベル上げて伝説のSランクとかSSランクになるんだよ」
のじゃロリ姉さんが首を傾げるのを見て、俺は急速に不安になった。
「ちょッ、待ってミルリル。冒険者ギルド、って……あるよね?」
「わらわは、聞いたことがないの。少なくとも、王都にはそんなものはないはずじゃぞ?」
……うそん。俺の見果てぬ夢、見る前から破れてるやん。
ヨシュア「ま、まだ皇国でワンチャンある!」
リンコ「気持ちはわかるけど、冒険者自体、聞いたことない。皇国で魔物狩りは兵役の一部だし」
ヨシュア「しょ、諸部族連合領なら……」
ミスネル「小さな独立統治領の集合なので、各領地の間を跨ぐ組織そのものがないですね」
ヨシュア「ダメじゃん!」
そのとき、ハイマン爺さんからひと筋の光明が!
(つづく!)




