96:王国崩壊
「皆の者、ご苦労であったな」
教会前に設えた木製の大テーブル。会議はドワーフのハイマン爺さんが発した、どこか芝居掛かった勝利宣言から始まった。
ケースマイアンの戦勝報告会。正確にいうと、これからの計画を立てるのだから“作戦会議”あたりが正しいのかもしれないが、そこは気分の問題だ。
戦争には勝ったんだもの。
「わしが予想していた通り、いやそれ以上の圧勝であったわい。なによりも、ひとりの犠牲も出さずに済んだのが何よりの成果じゃ。わしらは寡兵じゃからのう。人は何より大切な資産じゃ」
寿命の極端に長いエルフや、エルフほどでもないが人間よりは長寿なドワーフは元々出生率が低い。成長にも時間が掛かる。その分、身体は丈夫で能力も高いが、国家間の戦争を前提にするとそれは明らかな弱点になる。
数の暴力は偶然の死を招く。一騎当千、というのはつまり、その兵を失えば千の雑兵を失うに等しいということにもなりかねん。
獣人は逆に多産で成長も早い。多種族国家ケースマイアンを支える重要な人材だが、寿命も人間よりわずかに短いようで、その分どうも生き急ぎ死に急ぎがちなのが欠点だ。
「本音をいえば乾杯でもしたいところじゃが、その前に状況を確認しておきたいんじゃ。優先順位と、対処方法を決める。祝い事は、それからじゃ」
たしかに3万の王国軍は破った。皇国軍騎乗ゴーレム部隊の猛攻も防ぎ切ったが、依然として孤立無援のまま全方位を敵対国家・敵対組織と人を寄せ付けない魔物の森に囲まれ、さらに逃げ落ちた同胞たちを救出誘導する義務を抱えていることに変わりはないのだ。
「では、わたくしから」
最初に報告してくれたのは有翼族を率いるルヴィアさん。上空偵察と監視は紛れもなくケースマイアンを支える命綱だ。
彼女たちの報告によれば、皇国軍の騎乗ゴーレム部隊は全滅。皇都を含めて稼動状態のゴーレムは存在しない。王国討伐部隊(王国には向かいもしなかったが)の生き残りは、戦線放棄した随伴歩兵と輜重兵だけ。武器も装備も捨てて散り散りバラバラに皇都目指して逃げ延びてゆく彼らは総数で22名。逃げ隠れしながらとなると街道を外れて暗黒の森を通ることになるため、無事に辿り着けるかどうかは未知数だ。
「彼らの敵はケースマイアン軍や王国軍だけではありませんから」
「魔獣や獣か?」
「はい。加えて、いまでは皇国軍もです」
人質やら魔法やらで兵を縛るらしい皇国のこと、辿り着いたところで生き延びられるのかはまた別の問題である。
「現状で敵影は?」
ケースマイアン防衛軍の長、ケーミッヒがルヴィアさんに手を振る。
「ケースマイアンから50哩圏内に敵影ありません。しばらく監視は継続しますが、少なくとも皇国はしばらくケースマイアンに関わっている余裕はないはずです」
ドワーフとエルフたちがが納得して頷くなか、怪訝そうに首を傾げ周囲に目を向ける獣人族の族長たち。ルヴィアさんが説明する前に、ミルリルが事前偵察の結果を話す。
「見聞きした限り、皇国軍は魔導師と魔道具を中心にした軍なんじゃ。歩兵や騎兵は矢弾避けの捨て駒でのう。少数精鋭といえば聞こえはいいが、その精鋭が倒されたらたちまち戦力はガタ落ちする。おそらく数年は領土を守るのが精一杯になるはずじゃ」
「そうだね。ぼくから付け加えると、魔導師はほとんどが貴族だし、貴族は派閥闘争から逃れられない。ということはつまり、騎乗ゴーレム部隊がほぼ壊滅して外征を主張してきた将軍派が発言権を失い、内政拡充を掲げる宰相派が台頭する」
リンコからの追加情報も獣人たちには難しいか興味がないかでめぼしい反応はない。ドワーフとエルフの一部が少しだけ興味を持ったようだが、それも他人事としてだ。
「皇国の南征はお預けで、棚上げしていた北部の港湾部開発じゃないかな」
ルヴィアさんが手を挙げたので、俺が発言を促す。
「王国軍の内戦も、王都以北ではほぼ決着しまして、南部貴族領での戦闘に移行しております。王都周辺は難民と脱走兵でスラム化が進んでいますが、ケースマイアンに攻め入るような戦力構成は不可能です。有翼族の上空監視としては、以上です」
「ルヴィアさん、ありがとうございます。お疲れ様でした」
皇国と王国については、喫緊の課題はないと。そこでミルリルが少し眉をひそめる。
「そういえば、王国が経済破綻しかけておるという話は、その後どうなったんじゃ」
「それはわたしが」
手を上げたのは人狐族商人のメレルさん。魔法による商人同士の情報ネットワークがあるらしく、信憑性は自己判断だというけど情報収集が必要なときには参考にさせてもらっている。
「王国内での商取引自体が減少していますが、それについては経済破綻によるものというよりは内乱による治安悪化が原因でしょう。ただ、農村や小規模集落では貨幣を受け取らず物々交換を要求されることが増えているようです。農産物や畜産物と引き換えに、塩や武器、それに金が人気ですね」
「金貨ではなく?」
「はい。そもそも王都以北で金貨・銀貨は流通自体が滞っていますから」
俺のコメントに苦笑するメレルさん。うん、たしかにそれは俺の責任だけどさ。もうサイモンに渡しちゃったから、王国に流通することはないよ。
「高騰を見越して富裕層が溜め込んだり南部貴族領に資産を移したりといった動きが出て、王都周辺の経済は既に破綻しています。窃盗や強奪、略奪も激増しているようですから、それを警戒して農民や商人の出入りが減ると、市場に出回る生活必需品がさらに減ります」
「王国自体の経済破綻も時間の問題かのう」
「いいえ」
ミルリルの言葉に、メレルさんは首を振る。
「南部貴族領で最大の商都は南端の貿易港メテオラなのですが、そこに逃れていた国王と王妃、王女が拘束されました。処刑を待つのみだと聞いています。王権は簒奪され、王家の資産は没収。そうなると、対外的に貨幣自体の価値を担保する者が消えるのです」
う〜ん、いまいち話がよくわかんなくなってきたぞ。経済とか疎いし。いや待て、それ以前の問題か。
「もしかして、金貨や銀貨の価値が、地金のそれより高く設定してたからってこと?」
「はい。国の経済基盤と信用が失われるのです。もう回復は見込めません。商人の目から見ると、王国の政治・経済、いえ国自体がもう完全に破綻しています」




