93:内懐に掛かる手
「光栄ですわ」
ケースマイアンの崖っぷちで笑みを浮かべているのは、有翼族のお姉さんズ。ルヴィアさんとメイヴさん、オーウェさん。
3人とも飛ぶためのシェイプなのか揃ってすらりと細身で長身のモデル体型で、なんかこう……必要以上に落ち着いた大人っぽさを感じさせるんだけど、それが種族特性なのかリーダーのルヴィアさんに似てきた結果なのか他の有翼族を知らんので判断できない。
女性慣れしてない俺は、なんとなく敬語調になってしまうのが難点だったりする。
ともあれ、昨日お姉さんズも無事に試射は済ませたのだが、彼女たちは雌型(仮称)ゴーレムに対して独自のフォーメーションを試したせいで少し手間取った。
その結果みんな手応えはあったようで、RPG-7に対して信頼と愛着が感じられる。
「ルヴィアさん、その装備編成は?」
発射筒を持っているのは流れるような長い黒髪をなびかせたルヴィアさんと、栗色のセミロングをゆるいポニテにしたメイヴさんだけ。
跳ね気味のクセ毛をベリーショートにしたオーウェさんはM4アサルトライフル装備で、3人分の弾頭ケースを肩から前掛けにしている。オーウェさんの分の発射筒はルヴィアさんが両肩に担いでいる。
「わたくしたちなりに考えた結果です。その成果は、必ずご満足いただけると思っております」
ひとりを護衛に回したフォーメーションか。遮蔽が望めない空を戦場にしている彼女たちなりの考えがあったんだろう。俺は頷き、その判断を尊重することにした。
「では、魔王陛下。行ってまいります」
ひょいと飛び降りると翼を開いて滑空しながら羽ばたき、すぐにグングンと高度を上げてゆく。
舞い上がった有翼族の姿は敵からも見えていたらしく、すぐにいくつか遮蔽の陰から攻撃魔法の炎弾が上空に打ち上げられる。くるりと旋回して難なくそれを躱すとオーウェさんは点射で5.56ミリ弾を撃ち込んで歩兵に牽制を行う。
レシプロ機並みの速度で飛び回り、回避機動を取りつつ当ててゆくオーウェさんの射撃は、ほとんど曲芸レベルの精度だ。
距離があって負傷の度合いはハッキリしないが、彼女が射撃を加えるたびに倒れて転がる歩兵とそれを遮蔽に運び込む仲間の姿が見える。エネルギー量が少なく殺傷力の低い小口径弾の嫌らしさだ。戦闘中の敵への負担は、即死させるより遥かにキツい。
いまは後回しにしているものの、あいつら歩兵を倒し切るまでが戦争だ。
「ミルリル、ゴーレムを倒したら平野に降りて残敵の掃討を行う。一緒に来てくれるか?」
「無論じゃ」
返ってきたのはそのひと言だけ。でもそれでわかる。いつでもどこでも待ち受けるものが何であっても、彼女には俺と向かう用意と覚悟ができてるんだって。なんだか少し、泣きそうになる。
残っていた粘土質ゴーレムや歩兵たちが遮蔽を縫って突撃してくるが、エルフ射手たちに撃ち抜かれて倒れてゆく。平野部の敵は俺たちの姿をろくに視認することもできないまま、状況は既に掃討戦に入っていた。
ゴウン、ゴッ……
鈍い響きとともに大型鉱石質ゴーレムの後背部から展開していた翼のようなパネルが発光を始める。
「なんじゃ、あれは。翼のように見えるが……リンコ、何かは知っておるか?」
「さあ……あんなの皇国軍内でも関係者以外完全シャットアウトされる案件だからね。でも、飛ぶってことはないんじゃないかな……」
たしかに、あれが何かはわからんけど、ここにきて飛行能力を出したところでデカい的にしかならん気がする。ゴーレムに求められているのが破壊と恐怖を撒き散らす圧倒的な戦闘能力だとしたら……
「魔導兵器、なんだろうな」
パネルは帯電するように火花を散らしながら光を強め、同時に機体の前面へと青白い壁を発生させる。
「魔導障壁……視認できるほど分厚いのは初めて見た」
「これは、避難した方がいいか?」
「無駄。ここまで高出力な魔導兵器の攻撃なら、多少の距離や遮蔽は意味がない」
通常状態でも戦車砲を弾く魔導障壁を張っていたのに、さらに防御を固める意味はなんだ?
「もしかして、いま機体そのものに魔導障壁は張れない?」
「うん。攻撃魔法と防御魔法、二重に張ると干渉しちゃうみたい」
リンコが、機体から離した位置に展開された障壁を指す。
「あの障壁も魔力充填までの間、前からの攻撃を弾くためのものだからね。攻撃直前は消すことになるし、いまでも開口部は無防備だよ。あのお姉さんたち、もしかしたらやってくれるかも」
珍しく弾んだ声で指を振るリンコ。
その指が示す先、遥か高空で身を翻したルヴィアさんとメイヴさんが翼を畳んで垂直に落下してゆくのが見えた。着水寸前の飛び込み選手のように細く絞られた身体は驚くほどの速度で真っ直ぐに突っ込んでゆく。
……おい、大丈夫か!?
そのままゴーレムに叩き付けられるかと思うほどの低空で翼を開くと、ふたりは3本のRPG-7を発射して飛び去った。展開していた後背部に突き刺さった弾頭が、わずかな間を置いて爆発する。
ゴオオオオォ……ッ!
巨大ゴーレムは背骨をへし折られた獣のように仰け反って咆哮に似た軋みを上げた。攻撃魔法の残滓か溢れ出した魔力光か、青い光が周囲を巻き込んで炸裂する。
衝撃で転がった人型鉱石質ゴーレムが身を起こし、殻竿を構えてこちらを見る。
考えていることはわかった。惨敗のまま死を覚悟した兵が、せめて一矢報いるといったところか。
シモノフ対戦車ライフルとKPV重機関銃が火を噴くが、鉱石質ゴーレムには弾かれる。ダメージが入っていないこともないが、倒すには足りないようだ。
「関節部を狙え!」
「もう遅い、来るぞ!」
鉱石質ゴーレムは殻竿で周囲を薙ぎ払い、遮蔽に組まれた馬車の残骸を打ち砕き、カチ上げる。
弾き飛ばした破片を周囲に撒き散らすのは、上空を旋回する有翼族への牽制だと気付く。
ルヴィアさんたちは距離を取り回避機動に入っているため被害はないが、その隙に青白い光を帯びたゴーレムが跳ね上がるように飛び出し、渓谷目掛けてダッシュし始める。
体高10m近い巨体であれば、馬防柵も有刺鉄線も関係ない。低く構えて胸部の動力魔珠を守りながら、殻竿をフルスイングでこちらに投擲する。十数トンはあるだろう重金属の塊が唸りを上げて飛んでくるさまは恐怖を感じさせるのに十分だが、
「収納!」
その目的が別にあることは明白だった。
走り込んできた鉱石質の巨人は爪先を崖の中腹に叩き込むと、そこを支点に思いきり踏み込んで上空に身を躍らす。
崖っぷちに、手が掛かる。エッジを大きく崩しながらも、巨大な手は自重を支え切る。
「本丸まで、手を掛けやがった……」
城壁前に、鉱石質ゴーレムが姿を現した。




