92:燃え上がる執念
「ヨシュア、敵砲弾、来るぞ!」
ミルリルの声に顔を上げた俺は、森から飛来する10個の円筒を視認する。前回より前進したのか射出角度を変えたのか、低い軌道で奥まで飛んできている。もう少し入り込まれたら、城壁まで届きそうだ。
「収納!」
個別指定を駆使して最初の10個は収納したが、立て続けにもう10発、そしてまた10発が打ち上げられる。収納しきれなかった4~5発が平野部の中心で爆発。人的被害はなかったが、遮蔽として置かれていた馬防柵が有刺鉄線を引き千切って飛び散る。
その爆発を合図に、外延部の森から粘土質ゴーレムが南側・東側各5体ずつ、殻竿を振りかぶって突っ込んでくる。その後ろから、鉱石質ゴーレムが3体。南から1体、東から2体。東側のうち1体は虫のような動きをする大型だ。
彼らの狙いはT-55だ。南側から来る人型鉱石質ゴーレムはカレッタ戦車長の2号車に突進してくる。
白いT-55の車体左から横に向けて黒煙が上がった。エンジンを吹かしたのだろう。戦車壕から飛び出して後方に動き出すと、地面の下にあった全貌が明らかになる。その場で車体を回すと、ゴーレムたちの動きが一瞬だけ鈍った。戦車という得体の知れない物、超信地旋回する見慣れない動きを前に怯んだのか、その迷いが生死を分ける。
ドン!
人型鉱石質ゴーレムは真正面から対戦車榴弾を浴びて、腰からくの字に折れる。鉱石と爆炎と蒼白い光を後方に撒き散らしながら、上半身と下半身がバラバラになって転がった。
ドゴン! ドゴン!
戦車砲の衝撃が醒めやらない戦場で、ケーミッヒが狙撃を開始する。
14.5ミリの対物ライフル弾は粘土質ゴーレムの胸部に次々と着弾し、内部を抉って後方に抜ける。
当たったのが動力魔珠か乗員かは不明だが、淡い光を撒いてくたりと前のめりに倒れ、あるいは後方に尻もちをついたまま動かなくなった。
周囲のゴーレムたちは撃たれていることに気付いて即座に散開し、それぞれに殻竿を振り回す。
重金属の塊が叩き付けられたときにはT-55は既に後方まで移動し、同軸機銃を撃ちまくりながら距離を取る。主砲同軸の7.62×54R弾は粘土質ゴーレムに突き刺さるものの、低く身構えガードを固めた腕に遮られて致命傷には至っていない。銃弾が弾かれ火花が散っているところを見ると、左腕には盾的な機能を仕込んであるようだ。
7.62×54Rで無理なら、エネルギー量が近い30-06でも通らない可能性が高い。
「T-55各車、下位の標的でも構わん、撃て!」
“了解じゃ!”
カレッタ爺さんの2号車から対戦車榴弾が発射され、重なっていた2体の粘土質ゴーレムが粉微塵に吹き飛ぶ。流れ弾か破片か巻き添えを食った樹木質ゴーレムがバランスを崩すが、味方の損害を気にせず青白く淡い光を引いて全力で走り始めた。
フルパワー機動時の魔力光ならエルフでなくとも視認できるようだ。というより、それほど過負荷を掛けているということか。
距離は1km強、あの速度なら渓谷の端まで20秒と掛からない。
「KPV、射撃開始!」
「応!」
ケーミッヒの声に、エルフ射手が重機関銃を発射し始める。耳を弄する轟音と発射火炎、真っ直ぐこちらへと駆けてくる樹木質ゴーレムの胸部に弾頭が吸い込まれると、爆炎とともに白い光の粒が飛び散る。
「あれが、魔導障壁……?」
「馬鹿野郎、撃ち続けろ!」
「応!」
樹木質ゴーレムは腕を弾き飛ばされ、頭を撃ち砕かれても速度を緩めず突進し続ける。銃弾が撃ち込まれるたびに焼夷徹甲弾の炎と白い魔力光が煌めき飛び散って魔力と物理ダメージが鬩ぎ合っているのがわかる。
「くそッ、まだ倒れないのか……!?」
樹木質ゴーレムが低出力とか火に弱いとか聞いてはいたが、あくまでも“ゴーレムのなかでは”、という意味だったのだと思い知る。
航空機や軽装甲車両を破壊するほどの重機関銃弾を、30発は耐え抜いだろうか。渓谷まで400mほどのところまで来て、ようやく樹木質ゴーレムの足が止まる。
ゆっくり歩きながら、それでも近付いて来ようとするが、その巨体が燃え始めていた。魔導障壁の限界か乗員の限界か、松明のようになった内部から甲高い悲鳴のような声が聞こえ、膝をついたまま炎上してゆく。
「ヨシュア! 東側からデカブツじゃ!」
見ると、巨大な6本脚の鉱石質ゴーレムが堀を越えて平野部まで侵入していた。
相手は徹甲弾を弾いた化け物だ。緑のT-55、1号車は既に懐に入られ、戦車壕から出て後退しながら戦車砲を撃ち込んでいるところだが、他の鉱石質ゴーレムの倍近くはある巨体は動きこそ鈍ってはいるようだが、角度が悪いのか魔導障壁が強力なのか弾かれて決定打を与え切れていない。
「ハイマン爺さん、全速後退! 距離を取って南東側の人型鉱石質ゴーレムを警戒、東側6脚ゴーレムへの砲撃は停止!」
“了解じゃ!”
全速力で後退するT-55の車体を、鉱石質ゴーレムは追おうとはしない。見ると被弾したらしい左側の脚部が歪んで傾いている。辛うじて立ってはいるが、機動には支障が出ているようだ。
「擲弾兵、出番だ!」
まずはヤダル・ビオー・ペルンの3人を集合させて、弾頭を配る。弾頭が3本が刺さった布製の背負い式ケースだ。
「装填後、転移を行う。撃鉄は発射直前に起こせ。射線と後方の安全確認を忘れるな」
「「「応!」」」
3人を固まらせて、塹壕内の発射地点に転移する。位置は大型鉱石質ゴーレムの右前方、まだこちらを捕捉してはいないようだ。
幸い、ハイマン爺さんのT-55が後退したことで射線上には敵しかいない。
「各自の判断で発射、直後に転移を行う」
ボシュボシュン、ボシュンと連続で発射。標的への着弾を確認する間もなく転移した。飛んだ先は反対側、平野の東の外れ、ほとんど塹壕線の終端だ。
大型鉱石質ゴーレムから見ると左後方。撃ち込んだ位置と逆側にいるためダメージがどれほどかは不明だが、首を下げ機体から白煙を上げてもがいている。
「安全装置確認、弾頭再装填!」
「「「応!」」」
各自に弾頭の装填を行わせ、その間に残った人型鉱石質ゴーレムの位置を探る。遮蔽に隠れたか倒されたか、視認範囲にはいない。
見回していた俺は、背後におかしな気配を感じた。
……まずい!
「安全装置そのまま、動くなよ!」
RPG-7を構えようとしていた獣人射手たちを抱え込み、再び転移する。大型鉱石質ゴーレムの腹の下に出ると、直前までいた場所が爆発炎上するのが見えた。
「なッ、なんだあれ……」
「ゴーレムの随伴歩兵だ。平野に入り込んだのは知ってたけど、思ったより厄介な連中みたいだな」
「いまの攻撃は魔導師がいるのか……いや、攻撃用の魔導兵器を持っているのかもしれんな」
ビオーの見立てでは後者らしいが、確認などできない。ヤダルは周囲の警戒をしながら武器を持ってこなかったことを悔やんでいる。いや、ここで歩兵相手にマチェット振り回してたらゴーレムに踏み潰されて終わりだからね。
「向こうは後で対処する。優先順位はこいつだ」
俺は頭上で震える鉱石質の腹を指す。脚のダメージが蓄積されたか出力が低下しているのか、ずいぶんと低くなっている。このまま腹を着いたら俺たちは潰されてしまう。
ヤダルたちを軽く抱えると、今度は大型鉱石質ゴーレムの右後方に転移。自軍ゴーレムを攻撃するのは躊躇ったらしく、最前までいた位置への攻撃はなかった。転移してすぐ塹壕に隠れたため、敵歩兵はこちらを見失ったようだ。
“ヨシュア、歩兵を引き連れた人型鉱石質ゴーレムがそちらに向かっておるぞ!”
潮時だ。ミルリルからの警告に、俺は一旦撤収すると伝える。
獣人擲弾手を城壁前まで転移で運んで、平野部を見ると腹這いに潰れた大型鉱石質ゴーレムが、あちこちから煙を吹きながら後背部のパネルを展開していた。最後の攻撃を仕掛けようとでもいうのか、それを守るように人型の鉱石質ゴーレムが巨大な殻竿を構えて周囲を警戒している。そのまわりに展開している豆粒のようなものが随伴歩兵だろう。
T-55は両車両とも後退したせいで遮蔽の陰になって狙えない。
「魔王陛下、後は我々にお任せいただけますか?」
その涼し気な声を聞いて、俺は新しい戦術を試すチャンスだと意見具申を受け入れる。
「T-55両車そのまま待機、対処するのは視界に入った標的だけでいい」
“了解じゃ”
“しかし、まだ鉱石質ゴーレムが何かしようとしておるぞ?”
「心配ない。ケースマイアンの最強戦力が行く」
男なら誰もが抱く、厨二心をくすぐるフレーズ。準備万端で断崖絶壁に立つ彼らに、俺は敵標的を指して告げる。
「“ケースマイアン急降下擲弾兵”がな」




