90:ロック&ロール
「魔物って……あれ、ゴーレムじゃん」
「なにをいうておる、ゴーレムは魔物ではないか。倒すのもゴーレムじゃ、ちょうど良かろう?」
暗黒の森を見下ろすスロープの上で、俺たちは徘徊する巨大なゴーレムを眺めている。
騎乗ゴーレムは野生種を人為的に改造したものだというが、その姿かたちは想像以上に違っていた。
皇都との行き帰りで見たロボットっぽいシェイプではなく、どことなく埴輪っぽい。全高は4mほどで材質は石。鉱石質ではなく苔生した岩石。岩石質ゴーレムといったところか。手には棍棒……というか長さ3m近い木そのもの。キョロキョロと何かを探している。
「わらわたちを探しているのであろうな」
「ミルリル、なんかやったのか?」
「森で採集をしていた獣人たちを、逃がす必要があったのでな。45口径を目玉に叩き込んでやったわ。さすがにビクともせんかったがのう」
「当然だけど、ショットガンもダメ。“そうどおふ”じゃタマが上半身にも届かないし。渓谷上から30-06を撃ってもらったけど、それも弾かれた」
ミルリルとミーニャが悔しげな様子もなく話す。最初から、倒せるとは思っていなかったのだろう。
それはそうだ。拳銃や散弾銃や小銃は、岩を砕くような用途のものではない。
まあ、それはRPGもだけどな。
「よし、それじゃヤダル、最初にいってみるか?」
「おおおお、撃っていいのか!?」
収納から弾頭を取り出して、発射筒に差し込む。奥まで入ったことを確認し、ヤダルの背後から獣人たちを避難させた後で手渡す。
「安全装置確認、スコープ光点点灯」
「せーふてぃ確認、れてぃこー確認」
「撃鉄起こせ」
「はんまー起こした」
「標的を横棒の中心、縦棒の一番上に合わせろ」
「標的、合わせた」
「後方確認後、安全装置解除」
「後方確認、せーふてぃ解除」
「撃て!」
ボシュン!
案外、音は大きくない。発射筒の後方からすごい爆炎は出るが、それによって反動は軽減され実際ほとんどショックもない。ただし飛翔速度は、戦争映画などで見るより遥かに速い。
ゆっくり動いていた岩石質ゴーレムの左脇腹に当たると、鈍い響きとともに抉られ左腕がもぎ取られた。
「……スゲー、なんだあの威力」
悲鳴も上げず怒りも見せず、ゴーレムは俺たちに気付いてこちらに歩き始める。
「次は誰だ? 時間はあんまりないぞ、急げ」
「俺がやる」
手を上げたのは、熊獣人のビオーだ。ゴーレムの迫る足音が聞こえる。真面目で冷静なタイプなので丁度いいか。彼の巨体が持つとRPG-7が、えらく小さく見える。トリガーガードが窮屈そうだが、問題はなさそうだ。
一連の安全確認をこなし、弾頭がセットされた発射筒を構える。
ボシュン!
咄嗟にゴーレムが身を捻り、わずかに狙いが逸れる。右肩に着弾して爆発。両腕を失ったゴーレムは怒りを示すように小さく足踏みをした。
「なあミルリル、ゴーレムに感情はあるのか?」
「それは知らんが……魔物といえども生き物じゃ、ないともいい切れんのう」
コミュニケーションが可能なレベルの知能なら罪悪感もあったのかなと、頭の片隅でしょうもないことを考えたりする。
3万以上の“人間”を殺しておきながら、いまさらそんな綺麗事をいったところで何の意味もない。
突っ込んで来ようとしてバランスを失ったゴーレムは、倒れて起き上がれなくなる。古いコントのようだが、そこにコミカルな印象は微塵もない。
ゴーレムは這いずりながら身悶え、膝立ちになり、また突進しようと身構える。
「次は……じゃあペルン、お前だ」
「おう」
機関銃座でハイマン爺さんの護衛を務めた人狼族の青年。修羅場を潜ったせいか元々の性格なのか、どこか飄々として肝が据わっている。
手早く的確に安全確認を終えると、彼は発射筒を構える。
「撃て!」
ボシュン!
真っ直ぐに飛んで行った弾頭は、抉れた左脇腹に突き刺さる。ヤダルの初弾で既に崩れかけていた空洞の奥をゴッソリと吹き飛ばして腰から上を千切り取った。そこに魔珠があったのか四肢との接続が切れたのか、岩石質ゴーレムは倒れたまま動かなくなった。
「いいぞ、後のみんなは別の的を選ぼう」
「雌雄協働で襲ってくることが多いと聞いたことがあるのじゃ」
「え? 雌雄って……ゴーレムにオスメスあんの!?」
「さすがに生殖はせんと思うがのう。大小2体でいることが多いので慣習として“番”と呼んでおるだけじゃ」
いまのがオスかメスか知らんけど、たしかに暗黒の森の奥で樹冠が揺れ、メキメキと樹木を薙ぎ倒す音が響いてくる。
「ヨシュア、大型のゴーレムを仕留めるに、3発は要るということかのう?」
「いや、2発で倒せるな。股関節とか腰とか、特定部位を狙えれば、1発でも可能かもしれん」
とはいえ最初は無理をせず、前線に立つのは多くて3人に留め、弾頭も総数10発くらいは持った状態で向かいたい。
少人数にするのは、安全管理上の問題でもある。なにせこの兵器、発射するたびに発射炎がムチャクチャ目立つのだ。弾頭の威力より敵の目を引く方が有名で、撃った後に集中砲火を浴びることから自殺用兵器と呼ばれてる、なんて話があるくらいに。
甲冑すらない剥き身の友軍に、そんなもんを持たして前線に出したくなんかない。だから、俺がサポートする。
俺がいなくなった後のケースマイアンでは、RPG-7の出番がないことを祈ろう。




