89:ロボットと擲弾兵
話は開戦直前まで遡る。
実は昨日、ゴーレムの出迎えが必要かと、急遽サイモンを呼び出したのだ。
「RPG-7、ですか? もちろん在庫はありますが、どのくらい必要です?」
「持たせたいのは最低10名だ。後は値段次第かな」
「現在の市場価格は、5百~7百ドル前後。発射筒と弾頭3発で、だいたい千2百ドルくらいからですね。以前に比べると、ずいぶん上がっています。ダブついていた頃には、中国製の最安で1発150ドルくらいまで落ちていたこともあったんですが」
すげえ乱高下だな。まあ、生産数は多いみたいだし需要もあるとなれば、そのときの消費者ニーズ次第か。
とりあえず弾頭3発付き発射筒を20セットで見積もってもらう。
「ヨシュア様でしたら2万……いえ、1万5千ドルくらいにできますが、もっと高性能の新型はいかがですか? RPGでも16や22、29もあります。威力も性能も遥かに高いですよ」
様付けで呼ばれると背中がむず痒くなるが、それはまあいい。
以前など、世間話で状況を伝えると“魔王陛下”とかいい出したんで本気でやめさせたのだ。
「当然わかってると思うけど、敵軍に戦車はいない。相手はゴーレム、土や樹や鉱石でできた巨大な操り人形だ。最前線に出るT-55が撃ち漏らしたのを、低コストで対処したい」
サイモンは首を傾げて笑う。また訳のわからんものを相手に戦っているな、というような面白がっている表情だ。
ビジネス上の必要から慇懃な態度を身に付けてはいるが、サイモンの本質は変わってない。
「なるほど。質より数で押すと」
「さらにいえば、破壊しきらず鹵獲できるとベストだ。だから、最新型だと強力すぎる」
頷くサイモンの顔には、“泥人形を鹵獲?”と書いてある。
さすがに俺も泥や樹のやつは要らんのだが、やはりまだサイモンの内面がビジネスマンになり切れてはいないのを知ってホッとする。
「例えば、落とし穴かなんかではダメなんですか?」
「それはもう試した。なかに乗っているのが魔導師、魔法使いだから難物でな。魔導障壁とかいう魔法的な保護もあって、ちょっとやそっとじゃ出てきてくれない。そんときは立て込んでたこともあって、IEDで吹き飛ばしちまった」
「今回もそうしては? 鹵獲してどうするつもりかわかりませんが、目的は叶うでしょう」
「お前は、ジャパニーズがどんなもんか全然わかってない。事なかれ主義で大概のことは譲歩するけどな、飯とロボットに関しては譲れないんだよ」
「……ロボット?」
俺は、鉱石質ゴーレムの脚を収納から出してサイモンに見せる。
「ほら、そんとき奪ってきた脚だ。元は魔物かなんからしくて、本体は収納できなかったんだけどな。鹵獲したいのは、それなんだよ。バラバラになったんじゃなく、動かせるやつをだ」
人間の10倍近い巨大な脚は、重量100kgはある。その意匠はアニメのメカデザイナーが引いたようなスマートな線ではなく、蒸気機関車と建設用重機をミックスしたように武骨で古臭いものだ。
なにかの軽合金でできているらしい銀色の関節部と、黒光りする外部装甲のコントラストが実にダサ恰好良い。
「これは……すごい」
「だろ!? ひとが乗り込んで動かす身長10mだかのゴーレムだぞ? 無傷で……少なくとも再生可能な状態で、手に入れたいと思うのが当然じゃねえか!」
それも、理由のひとつではある。しかし、RPG-7を選んだ最大の理由は、“俺がいなくなった後の”ケースマイアンでも運用可能かどうかだ。しかしそれは、サイモンに伝える話ではない。
「それは、本気で?」
「……ああ、もちろん」
サイモンは真面目な顔を保とうと必死だったようだが、盛大に顔を歪めると吹き出し、しまいには大声で笑い出した。
「OK、ブラザー。わかった。RPG-7くらい、好きなだけ調達してやる」
いつの間にやら、“素のサイモン”に戻っている。
飽きたのか疲れたのか知らんけど、そのキャラ作り、けっこう無理してたのね。別に俺は、どっちでもいいけどさ。
「その代わり、といっちゃなんだけど、これを売ってくれないか? RPG-7の発射筒20に弾頭を100、それに……そうだな、最近手に入ったKPVを付ける」
「KPV……って、おいマジか!?」
KPVはエルフの巨漢ケーミッヒが愛用しているシモノフ対戦車ライフルと同じ14.5×114ミリ弾を連射出来る重機関銃だ。
西側の代表的重機関銃であるM2より強力(エネルギー量5割増し)という凄まじい威力を誇る。
ゴーレムの脚にどんな商機を見出したんだか知らんけど、そんなお宝と引き換えなら、しばらく死蔵するしかないと思ってた鉱石質ゴーレムの脚くらいホイホイ渡しちゃう。
かくして、我らがケースマイアン防衛軍は思ってもみない重武装(ながら防御は相変わらずのほぼ剥き身)で騎乗ゴーレム部隊を待ち構えることになったのだ。脚はたしか、もう一本あったしな。
◇ ◇
「というわけで、RPG-7がお前たちの新しい武器だ。当たりどころによるが、鉱石質ゴーレムでも貫く。粘土質や樹木質など話にもならん。なので、そっちはケーミッヒたちが担当する」
サイモンからRPG-7を調達してきた直後、俺は獣人の志願者たちを前にレクチャーを行っていた。
いきなり飛び出した“ゴーレムなんてワンパン”発言に、緊張した面持ちの獣人たちがざわつき始める。いままでの実績から俺が嘘をいっていると思う者こそいないはずだが、だからといってハイそうですかと受け入れられる内容でもない。
「心配しなくても、証明する機会はすぐに訪れる。ゴーレム部隊は、着実にこちらへと迫っているからな!」
俺は笑い顔を見せるが、乾いた愛想笑いが返ってくるだけだ。
それはそうだろう。なにしろ彼らにとってRPG-7は見るのも聞くのも初めての代物だが、ゴーレムの恐ろしさの方は既に誰もが知っている既定事実なのだから。
「実戦の前に、ひとり1発ずつ試射を行う。危険性が小銃の比じゃないから、勝手に撃つなよ」
「「「「応!」」」」
会敵直前に強力な火砲を入手したところで、問題になるのは陣地構築がギリギリで訓練の時間が取れないことと、安全な場所から平野側を撃つと射線上に自軍のT-55が入る可能性だ。
後者については、ドワーフの職人ハイマン爺さんがある程度の対処をしてくれた。
俺は城壁前で、平野部を見下ろす。そこにはドワーフ工兵部隊(とはいっても戦車兵と兼任なのだが)苦心の作である塹壕が走っていた。
幅と高さが2mほど。大きく回り込む形で2本、南方向と東方向に伸びている。戦車の配置位置との兼ね合いだということは爺さんから説明を受けたし、上から見てもそれはひと目でわかる。
最初のプランでは戦車が擱座した場合の脱出用だったらしいのだが、戦車が味方増援部隊の射界に入らず、こちらも戦車の射界や戦車砲の衝撃波影響圏などに入らず、逆に戦車を狙う敵を迎撃できるという優れもの。
東に伸びるのが戦車1号車を支援する“ルート1”で、南側に向かっているのが2号車の支援を行える“ルート2”だ。
「各自、発射筒だけ持て。弾頭の装填は後で教える」
俺は収納からRPG-7の発射筒だけ出して、擲弾手に志願した獣人たちに渡してゆく。
みんな興味津々ではあるが、勝手に操作する馬鹿はいない。銃砲火器は危険なもので、下手に扱えば簡単に死ぬ(こともある)という事実は周知徹底されている。脳筋であろうと、いや脳筋であればあるほど、強大な力の有効性と危険性は紙一重だとわかっている。ケースマイアンで安全確認は血の掟なのだ。
まず最初に、ロケットというもののザックリした説明を行い、後方噴射炎の危険性と後方確認の徹底、特に味方や可燃物や遮蔽物がないかを絶対に確認しろと厳命した。塹壕内で伏せて仰角を取ると、仲間ごと丸焼きになることもだ。
威力と殺傷力は最初に詳細に伝えたので、獣人たちも真剣に聞いている。当然だ。敵ゴーレムを倒したところで味方や自分が焼け死んでは冗談にもならない。
「では、次にこれだ。引き鉄のところにあるボタンを押すと安全装置が掛かる。ロック確認しろ」
「「「「確認!」」」」
続いて、銃のグリップのようになった部分を持ち、その上部にあるトグルスイッチを入れる。
「これでスコープに光点が入るはずだ。確認して、光らないやつがいたら教えろ」
「「「確認!」」」
それぞれにスコープを覗かせ、T字型になった目盛りの中心部分に標的を合わせると教えた。
現実には至近距離、おそらく100m前後からの発射になるので、それほど細かくは伝えない。
狙撃するような武器でもないし、俺もそんなに詳しくは知らん。
「発射前に撃鉄を起こす。引き鉄後方の、ここだ、確認しろ」
「「「「確認」」」」
安全装置を解除させ、空撃ちを行わせる。これでひと通りだ。東側兵器はシンプルでタフが身上だからな。
「よおし、それじゃあ試射だ。的は……と」
何か壊して問題にならなそうな硬くてデカいもの、と目を泳がせていると、ミルリルとミーニャが駆け込んでくるのが見えた。
騎乗ゴーレム部隊の到着までにはまだ間があるはずだが、なんだか嫌な予感がする。特に、ふたりの顔に浮かんだ満面の笑みあたりに、すごく。
「暗黒の森に、阿呆ほどデカい魔物が出おったぞ! あれは“あーるぴーじー”の的にピッタリじゃあ!」




