88:ゴーレム特攻
騎乗ゴーレム部隊指揮官クレインは粘土質ゴーレムを操り、人間の倍ほどしかない騎体を生かして樹木の間を走り抜ける。ハッチは閉め、従兵のザルパは狭い操騎席の隅に押し込んであった。
南寄りに斜行するうちに、いきなり視界が開ける。前方では先行していたアーマイの6脚歩行型鉱石質ゴーレムが樹木を薙ぎ倒しながら樹冠に開口部を作り、砲撃用の仰角を確保していた。
5騎の粘土質ゴーレムがそれぞれに膝をついて砲を抱え、ケースマイアンに曲射を送り込む準備に入っている。
「アーマイ!」
「隊長、いつでもいけます!」
粘土質ゴーレムが4体、クレインたちを追い越してゆく。砲撃直後に行われる突入を支援するためだ。
四半哩ほど離れた南西位置でも、樹冠が揺れている。そこでも人型鉱石質ゴーレムが同様に展開し、粘土質ゴーレムが砲門を並べているのだ。ケースマイアンの南側に回った2騎の鉱石質ゴーレムも、今頃は同様に砲撃準備を行っているはずだ。
「ザルパ、砲撃用意! 騎体間魔導通信、回線開け!」
「いつでも!」
命令を発しかけて、クレインはハッと小さく息を呑む。
わずかに開けた視界の先、ゴーレムの視覚補正で木々の間を通して確認するとケースマイアンの平野部が垣間見える。
そこにあるのは、砂壁のような遮蔽物。柵が巡らされているのは騎兵対策か。棒の刺さったおかしな盛り土と……
「盛り土が、回っている……?」
クレインは一瞬そこから奇妙な危機感を抱く。戦場で剣を持って向き合ったときの殺気に似た、なにか。
違和感ともいえないほど弱くかすかな感覚に思わず躁騎席で身じろぎした瞬間、光が見えた。
「総員退避! 伏せろ!」
倒れ込むように飛び退いた騎体の左腕が、グシャリともぎ取られて後方に飛び去る。
それが敵の撃ち出した飛翔体によるものだと認識するより前に、轟音を立ててアーマイのゴーレムが傾いてゆくのが見えた。
「鉱石質ゴーレム、アーマイ騎、被弾!」
巨体の前部で青白い光が弾け、淡く輝いて飛び散ってゆく。
「魔力光が……ウソだろ、双発動力魔珠の魔導障壁が抜かれたのか!?」
クレインは愕然とするが、そんな猶予はないと思い直す。自分たちは待ち伏せを受けているのだ。最初から相手が上手だったのだと……自他ともに認める皇国軍最精鋭部隊であったはずの自分たちは、ずっと後手に回っていたのだと、思い知る。
「ああ、くそッ! 全砲門着火、撃て! 撃て! 撃て!」
◇ ◇
“徹甲弾、弾かれました!”
“次弾、対戦車榴弾! 装填急げ!”
東向きに配置されたT-55、1号車の戦車長ハイマン爺さんが罵り声を上げる。
俺は城壁前の断崖絶壁で、ミルリルと平野部を見下ろしていた。
まだ森の奥にいるらしいゴーレムの姿は、こちらからは見えない。だが通信機越しにハイマン爺さんの声を聞きながら、皇国軍鉱石質ゴーレムの重装甲ぶりに呆れていた。
俺のいた世界でこそ型落ちの予備戦力とはいえ、この世界では完全な超常的技術である100ミリの戦車砲弾を、弾くか。
“敵大型鉱石質ゴーレム、傾いて機能停止! 跳弾が粘土質の1騎を巻き込んだようです!”
“次弾装填良し!”
“発射待て、敵砲弾来るぞ!”
ああ、クソが! すげえな敵指揮官、あの状況で反撃までしてくるか!?
上空に見えている黒い影はリンコの開発した臼砲の炸裂砲弾だ。東から5発、南からも7発が時間と角度に差をつけて――というよりもタイミングを合わせられなかった結果か――計12発が弧を描いて飛来する。
砲弾の設計上、着弾と同時にしか爆発しないのが幸いするか災いするか。
王国軍の矢でやったみたいに飛んで来た砲弾を収納してもいいんだけど、距離的に全部は厳しそうなのと収納後の砲弾(着火済み)を収納に入れっぱなしっていうのが危な過ぎて怯む。
ああ、もう……どうにでもなれ!
「収納!!」
ステータスが上昇した成果か、同時に個別指定を駆使して、なんとか12発中6発は収納に成功。それは城壁から見て比較的近い、平野の中心近くにまで飛んで来たものだけだ。残る6発は平野の隅に着弾して爆炎を上げる。
大丈夫だ、問題ない。そこは人員を配置していない場所なので、盛土と遮蔽用の馬車を跳ね上げただけで終わった。
“東側のゴーレム、視界外! 森の奥で遮蔽に入っています”
“くそッ、あのデカブツを仕留め損ねたか!”
東に向けた1号車のハイマン爺さんは、まだ初弾のみ。
南に向けた2号車の戦車長カレッタ爺さんは敵影が視界に入っていないのか、発砲待機状態のままだ。
“粘土質ゴーレム突撃してきます! 東側4!”
“南側からも敵の突撃、粘土質ゴーレム5、樹木質ゴーレム3!”
上空監視中の有翼族たちからの報告。数km離れていても巨大なゴーレムだけに、その姿は城壁前で見ている俺からも視認できた。こちらの武器が銃砲だと知っているのか、各ゴーレムはひと塊にはならず距離を置いた状態で走ってくる。
距離があり過ぎて、俺の視力では双眼鏡を使っても跨乗しているはずの随伴歩兵の姿は見えない。
樹木質ゴーレムの肩と腰の辺りに横長の翼、というか棚のようなものが展開されている。そこにあるのが人影のように見えなくもないが……うん、わからん。
「ヨシュア、こちらは準備完了じゃ」
ミルリルが緊張した面持ちで俺を見る。片手に双眼鏡、片手に通信機を持った俺はドワーフ娘に頷く。
いま南側の橋は展開して外され、平野部は外延部を幅と深さが4mある空堀が取り巻いている。
それでゴーレムの突進を防げればいいが、そう上手くいくとは思わない方がいいだろう。
「カレッタ爺さん、正面左20度だ」
“なんじゃと……よおし、見えたぞ!”
俺が鉱石質ゴーレムの位置を告げると、2号車カレッタ戦車長が砲塔を回しながら吠える。戦車はハッチ閉めると視界が狭いからなあ……。
空堀前で少しは躊躇するかと思ったが、ゴーレムは全騎が減速する素振りすら見せず全力疾走のまま飛び越える。
“発射ァ!”
2号車の車長カレッタ爺さんが命じる。一斉に飛んだゴーレムたちが空中にあるうちに、T-55の2号車が発砲。カレッタ爺さんの初弾選択は対戦車榴弾だったらしく、ほぼ正面から突っ込んできた鉱石質ゴーレムは、青白い光を放って粉微塵に爆散する。
え、えげつねえ……
強靭な重金属の塊である戦車の装甲に穿孔を開き、内部に灼熱の爆風を注ぎ込むのがその特徴だが、鍛造しているわけでもない鉱石質ゴーレムの硬度はせいぜいが軟鉄程度だろう。そんなもんで徹甲弾を弾く東側の個体が異常なのだ。
あっという間の出来事で、俺には魔導障壁があったのかなかったのかもわからない。
“次弾装填! もう1発、対戦車榴弾じゃあ!”
幸か不幸か、動力魔珠を狙うなんていう悠長な戦い方にはならなかった。怒涛の勢いで攻め込んでくる敵をどう凌ぎどう防ぐか。ゲームでいえば完全なタワーディフェンス型だ。
“装填完了”
“ああ、くそッ! 発射待て!”
装弾手の仕事はなかなかの速度だったが、そのときには残る鉱石質ゴーレムが2号車の射界から外れていた。敵の移動が速すぎるのだ。
粘土質ゴーレムと樹木質ゴーレムは正面にいるが、そちらへの対処は戦車の役割ではない。
「4-1、4-3、5-2、安全装置解除!」
着地した勢いのまま走ってくるゴーレムたちがIED埋設区画に入るのを見て俺はミルリルに叫ぶ。
「4-1、4-3、5-2、準備良しじゃ!」
「ハイマン、カレッタ両戦車長、衝撃に備え!」
““了解じゃ!””
「……よし、点火!」
「点火じゃ!」
粘土質ゴーレム2体と、樹木質ゴーレム1体がくるくると宙に舞い、バラバラになって平野いっぱいに降り注ぐ。無数に飛び散る細かい粒子のようなものはたぶん、跨乗していた随伴歩兵の残骸だろう。
ゴーレムの機能停止など、誰も確認しない。動力魔珠がどうであれ、もう動けるわけがないのだ。
現状、南側から侵入を許してしまったゴーレムは鉱石質1体と樹木質が2体、粘土質が3体。
まだ姿を見せないが、東側にも鉱石質2体(うち1体は6脚タイプの大型)と粘土質が10体いるはずだ。
戦闘は始まったばかりで、削れた戦力はわずか。おまけに、もう大半がケースマイアン領内に入り込んでいる。このまま城壁側まで到達されたら、詰みだ。
あんなもんに突っ込まれたら、俺たちは仲良く揃って挽肉になるしかない。
「東側からの突撃はどうなった?」
“粘土質ゴーレム4体、掘に降りたところで停止、兵を平野側に送り込んでいます”
“1号車ハイマン、こちらからでは確認できん!”
「構わない、戦車は鉱石質ゴーレムだけを仕留めてくれればいい」
“敵の臼砲が砲撃準備中、東側と南側に各5基、それぞれ粘土質ゴーレムが操作しています”
粘土質の総数は20とかいってたな。吹き飛ばしたのは2体だけ。平野に入ったのは3体だが、周囲の森や堀のなかでは他にまだ15体が健在なわけだ。
「やっぱり向こうの指揮官は、上手いな」
この辺りは素人魔王と職業軍人の違いか。思わず呟いた俺に、ミルリル参謀が呆れ顔で首を振る。
「感心しておる場合ではないのじゃ。……しかし、わらわも同感ではあるのう。王国の阿呆どもとは違って、用兵に慣れを感じるのじゃ」
そうだ。脅威度が低いとこちらが軽く見ていた粘土質ゴーレムと随伴歩兵を、戦力として組み込み有効活用している。
貴族以外の兵力を“主戦力のための壁や囮”としか考えていなかった風な王国とは違う。
“東側、動きません。大型鉱石質ゴーレムに何か問題が発生しているようです”
弾いたとはいえ、戦車砲弾が当たって無傷とはいかなかったか。あれで平然としていたら、こちらには打つ手がない。
平野部に入り込んだゴーレムも外堀に潜ったままのゴーレムも、遮蔽に取り付いて、こちらの攻撃に備えている。
突入してきたゴーレムに砲持ちは見当たらないが、それぞれ腰に何か棒のようなものを装備していた。素材は鉄か、少なくとも何かの金属。体躯の差からサイズこそ違うが、鉱石質樹木質も粘土質も同じ形の武器だ。
「なあ、ミルリル。ゴーレムが持ってる武器は何だ?」
「……ふむ、麦打ち棒じゃな。ほれ、収穫後に籾殻を外す、あれじゃ」
あれじゃ、といわれても見たことないから知らんけど、それでわかった。脱穀用の農具から生まれた武器、俺のいた世界じゃ殻竿なんて呼ばれていたものだ。
すげえな。巨大人型兵器の主武装がフレイルって、あんまロマンないけど質実剛健つうか少なくとも実用的ではある。
リーチも威力も、間違いなくハンパない。あんなもんで薙ぎ払われたら人間なんか一瞬で肉片になるし、戦車だって思いっきり叩かれたら無傷じゃ済まない。
とはいえ、このまま内懐に入られた状態で膠着状態になったら危険性が増すばかりだ。
じりじりと詰められてケースマイアン城壁が臼砲の射程内にでも入ってしまえば、その時点でかなりの被害が出る。避難する先も有効な防御策もない以上、ここは打って出なければいけない。
「ケーミッヒ!」
「応、任せろ。最後は全部こっちで持つ」
その言葉で少しだけ気が楽になる。ミルリルが苦笑しながら、俺の背を励ますように叩いた。
「よおし、では獣人族諸君。用意は良いか?」
「「「「応!」」」」
俺は、振り返って歪んだ笑みを浮かべる。
まるで、出来損ないの魔王みたいに。
「……行くぞ、狩りの時間だ」




