87:巨人に乗って
「ああ、くそッ!」
クレインは耳鳴りと頭痛に罵り声を上げながら首を振りながら、粘土質ゴーレムの騎体ごと爆発地点を振り返る。
爆発の後で火が出たのか樹木質ゴーレムはバラバラになって燃えている。吹き飛んだ胸部ハッチの奥で炭化した棒みたいな物が優男のベテラン躁騎兵カーデッグ、地べたで蹲ったまま燻っている塊がチェルスカだろう。
他に4体いた粘土質ゴーレムは散開していたせいもあって被害は少ない。最もダメージが大きいのは最前列にいたクレイグの乗騎だ。
魔力の通りが悪いものの、動けないほどではない。背を向けたことで胸部ハッチに座っていた従兵ザルパも無事だ。噴き上げた炎に炙られて髪の毛が焦げた程度。
「あの炎も、仕掛けられた罠の一部です。砲から上がったのを見ました」
「そんなもん見てる暇があったら伏せてろよ、焦げてんじゃねえか」
「爆発と同時に敵襲がある可能性を考えていました」
「お前、本当に新兵かよ。猟師としてのクセか」
「猟師としてもそうですが、祖父が亜人掃討戦に徴用された傭兵だったんです。生き延びるためにどうするかは散々に叩き込まれましたから」
「そうなると、能力は歩兵向きか。魔導師の適性が認められたのは不運だったかもしれんな。地位も給料も、巷の噂ほど良いもんじゃねえぞ」
いいながら、クレインは点呼と状況確認を行う。
先行したアーマイに魔導通信でチェルスカ戦死の報告をすると、“野戦任官とはいえ、昇進おめでとうございます、部隊長殿”という返答が戻ってきた。
准将はともかく樹木質ゴーレムの躁騎兵だった愛すべき男カーデッグの死を悼む言葉も。
「魔王軍相手に突っ込む寸前だってのに、とんだケチがついちまった。厄落としにデカい戦果でも上げねえとな」
クレインは残った兵をまとめて、アーマイたちの待つ森に向かう。
しかし、本当はわかっていたのだ。これが運の問題ではなく、戦端が開くまでに積み上げ準備してきた策と意識と物資の差であると。
◇ ◇
「ヨシュア、上空監視の有翼族によれば、罠に掛かった敵は樹木質ゴーレムが1体だけじゃ。どうも独断専行した阿呆が死んだだけのようじゃのう」
残念そうにいうけど、そんな暴走が許されるのは部隊の上位者だろう。それも、おおかた常習者だ。
そういうタイプには、2種類いる。よほど強大な戦力を持った馬鹿か、よほど高い地位の馬鹿だ。
願わくば、前者であらんことを。
「総員、戦闘用意!」
「「「「応!」」」」
「リンコ、ちょっと訊きたいんだけど」
俺は傍らにやって来たマッドサイエンティストな元女子高生に、考えていたプランを打診する。
「転移で飛んでゴーレムの操縦者を射殺するのは可能?」
「無理。戦闘中の騎体は魔導障壁で覆われている。ハッチも内部からしか開かない」
「収納で武器やゴーレム自体を奪うとしたら、何か方法はないかな」
「なにか、とは?」
「収納で、生き物は対象外なんだ」
「だったら難しい。ゴーレムは人為的に改変した魔物で、大まかな括りでいうと人造生命体だから。分解したボディパーツや武器はいけると思う」
俺は首を振る。やっぱ戦闘中は無理か。
砲を収納で奪うことは可能、だけど目視が必要なので状況次第だ。200mくらいあれば、対象指定で収納可能なはず。
試したいところだが、いま臼砲は森のなかで目視はできない。
「魔導障壁は、何をどの程度まで無効化する?」
「躁騎兵と騎体の……というか動力魔珠の出力に依存するけど、粘土質や樹木質で破城槌程度はものともしない」
「鉱石質は?」
「皇国軍の実験で、臼砲の破裂弾頭は弾かれた。そもそも、騎体の強度が桁違い。ぼくは戦車砲の威力がどの程度か知らないけど、もしかしたら貫くのは難しいかも」
やばい、不安になってきた。
戦車が無効だった場合、いまの俺たちには対抗手段がない。仕掛け爆弾か。ゴーレム本体が壊れなくても、搭乗員にダメージを与えることは出来るはず。
平地の人員配置を調整する必要があるか。いや、連携や習熟を重ねたものを直前で動かすのは得策じゃない。
「ヨシュア!」
苦悶している俺に、ヘッドセットの片耳を外したミルリルが告げる。
「デカい鉱石質ゴーレムが来るぞ、東じゃ!」
めきめきと森の木々を薙ぎ倒しながら突進してくる巨大な影。だがそれは森のなか、目測で5kmほどを残して止まる。戦車砲の射程内ではあると思うんだけど、射線が通っているかどうかはこちらからでは判断できない。
「あやつの周囲には、鉱石質ゴーレムがもう1体と、粘土質ゴーレムが10体ほどおるそうじゃ。残りは南から鉱石質ゴーレム2体、樹木質ゴーレムが3体と粘土質ゴーレムが10体、散開しながら回り込んできておる」
全戦力集中投入で包囲殲滅か。皇国軍、本気だな。
「……あれ? たしか、随伴歩兵がいたんじゃなかったか? そいつらは、どこから攻めてくるんだ?」
「どこもここも、以前おぬしのいっておった、例のあれじゃ。死なば諸共、という……」
おい、冗談だろう!? あいつら……
「跨乗突撃か!?」




