86:魔王の罠
いつもご覧いただき、また多くのご評価ご感想いただきありがとうございます。大変励みになり、大変参考になります。が、直し始めると止まらなくなりそうなので行けるところまで更新優先で進めてゆく予定です。
「俺、この戦争が終わったら、故郷に帰って誤字脱字と表記ミス直すんだ」
チェルスカ准将を肩の跨乗ステップに乗せた樹木質ゴーレムが森を掻き分ける。
樹木質ゴーレム1体と粘土質ゴーレム5体、それに随伴歩兵が10名。
王国の歩兵なら100名相手でも蹂躙できる布陣だ。
「……馬鹿げてる」
騎乗ゴーレム部隊の野戦指揮官、クレイン騎兵隊長は溜息を吐いた。
いまは自ら粘土質ゴーレムに乗り込み、前開きになった胸部ハッチに従兵ザルパを座らせている。
お飾りの部隊長チェルスカの自己満足に付き合う気にゲンナリしていた彼は、周囲を警戒する粘土質ゴーレムの統率、という名目でザルパに搭乗させるはずだったゴーレムを取り上げ、後続集団の先頭にいた。
「前進、そのまま!」
低能のチェルスカは、なんでか出す必要もない指示を偉そうに叫ぶ。拠点に詰めていたらしい自分の弟に聞かせ、救出に来た自分の雄姿を誇りたいのか。
――阿呆が。
何があったかは不明ながら、連絡を絶ったのはせいぜい15名ほどの設営部隊に過ぎない。拠点の留守居ごときにこんな過剰戦力を回すなど、事後の戦闘を考えていないとしか思えない。
物資の回収が必要なのだとしても、敵陣攻撃前に、こんなことをしている場合ではないのだ。
早急に対処すべきは行方不明者の捜索ではなく“魔王”の討伐だ。
ケースマイアンに蝟集しつつある亜人どもを束ねて、王国軍を撃退した人間。断片的情報によると、王国が召喚した異界の魔導師ともいわれる。
皇国では“魔王”と呼ばれているが、まだ真偽のほどはわかっていない。敗れた王国軍の兵力が数千とか数万とか、情報が錯綜して裏付けが取れていない。状況の調査に向かった皇国軍の先遣隊も相次いで連絡を絶っているため、焦れた皇帝陛下が最強戦力を送り出したというのが現状だ。
チェルスカのお遊びに付き合っている場合ではないため、騎乗ゴーレム部隊の主力をケースマイアンの包囲に向かわせている。鉱石質ゴーレム4騎と、樹木質ゴーレム3騎、粘土質ゴーレム15騎。
後でクレインたち別働隊が合流しだい、攻撃を開始する予定だ。
「さっさと終わらせてもらえねえと、アーマイが手柄を総取りしちまうじゃねえか……」
「だといいんですが」
従兵ザルパが、緊張した顔で周囲を見渡す。操騎兵見習いの若造だが、たしか生まれも育ちも西部辺境領、魔物狩りの経験もあると聞いた。
というよりも、暗黒の森と接する西部域では森から押し寄せる魔物を討伐し続けるしか生きる道がないのだ。
「なにがいいたい?」
「これだけの数のゴーレムや人間が入ってきたというのに、森が静まり返っています。おそらく拠点に人はいません」
「死んでるってことか?」
「いえ、それはわかりません。ただ、死体があれば血の匂いで獣や魔物が寄ってきているはずです。そういうやつらが姿を消しているということは、我々より前に何かがここに来たんです。獣や魔物が怯えるような、何かが」
クレインは部下たちの粘土質ゴーレムに散開して周囲を警戒するよう命じる。
――しかし、なあ……。
何もない。生き物の気配も、魔力の反応も。察知でも索敵でも探知魔法でも、それらしいものは見つかっていない。
「潜んでいる気配はないぞ。もう、ここにはいないんじゃないのか?」
「ええ、たぶん。でも、そうする理由がわかりません。殺して、死体を処分して、姿を消す。それは、この場所が用済みってことです。なのに、最も大事な要件のハズのあれが残ったままです」
チェルスカを跨乗させた樹木質ゴーレムが、教会の廃墟に近付いてゆく。
その地上階に並んでいるのは、皇国軍が開発した“破裂弾射出砲”だ。画期的な武器だが、開発者は例の崩落で行方不明になっている。
「ああ、くそッ……おい待て! 随伴歩兵、チェルスカを止めろ! そいつに近付くなと……」
遅かった。樹木質ゴーレムが退避行動に移り、その肩でチェルスカが慌てて飛び降りようとする姿が見える。間に合うわけがないのに。
「総員退避! 伏せて衝撃に備えろ!」
クレインは粘土質ゴーレムに背を向けさせ腕を地面について衝撃に備える。
落雷のような音が轟き、地響きと悲鳴と甲高い金属音。周囲が一瞬で燃え上がる。
魔力感知に引っ掛からない、攻撃魔法のような広範囲攻撃。報告にあった、これが。
「……魔王軍の、爆炎魔法か!」




